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第1話「知らない体で、一塁に立っていた」

目を覚ましたとき、知らない天井だった。

それだけなら、まだよかった。

問題は――この体が、自分のものじゃなかったことだ。


俺はプロ野球チーム「横浜シーホース」の投手だったはずなのに、

なぜか高校のグラウンドで、一塁に立っていた。


 


「おい白石! ぼーっとすんな!」


 


怒鳴り声が飛んでくる。


 


振り向くと、マウンドに立つ男――エースらしき投手が、苛立った表情でこちらを睨んでいた。


 


白石?


 


(誰だ、それ)


 


 


次の瞬間、打球が飛んできた。


 


反射的に体が動く。


 


グラブを出す。

ボールを捕る。

ベースを踏む。


 


「アウト!」


 


 


――体が、勝手に野球をしている。


 


 


ざわりと、背中に冷たいものが走った。


 


(なんだ今の……)


 


 


頭では何も考えていないのに、体だけが完璧に動いた。


 


 


「ナイス白石!」


 


 


ベンチから声が飛ぶ。


 


 


やはり“白石”と呼ばれている。


 


 


(……俺じゃない)


 


 


 


そのとき、頭の奥に違和感が走った。


 


 


知らない記憶が、流れ込んでくる。


 


 


西北高校。

野球部。

6番ファースト。


 


白石寛人。


 


 


(……は?)


 


 


思わず空を見上げる。


 


 


(なんで、こんなもんが分かるんだよ)


 


 


 


俺は――夢原東矢だ。


 


プロ野球チーム「横浜シーホース」のワンポイントリリーフ。


 


左の変則投手。


 


 


……だったはずだ。


 


 


 


そこまで考えて、止まる。


 


 


(最後、どうなった?)


 


 


 


試合だった。


 


ダークウイングス戦。


 


 


左打者を抑えるためにマウンドに上がって――


 


 


「――っ!」


 


 


頭の奥に、鈍い痛みが走る。


 


 


白いボール。


 


一直線に飛んでくる軌道。


 


 


避けられない。


 


 


そのまま――


 


 


(……思い出せない)


 


 


 


息が浅くなる。


 


 


 


そのとき。


 


 


「交代だ!」


 


 


 


マウンドから声が飛んだ。


 


 


 


「白石、下がれ!」


 


 


 


 


気づけば、試合は動いていた。


 


 


 


 


ベンチへ戻る。


 


 


 


足が、勝手に動く。


 


 


 


 


(なんなんだよ、これ……)


 


 


 


 


ベンチに座ると、周囲の会話が耳に入ってくる。


 


 


 


「さっきの動きよかったな」


 


 


 


「でも相変わらず打てねえなあ、あいつ」


 


 


 


 


全部、“白石寛人”の話だ。


 


 


 


 


(俺じゃない……)


 


 


 


 


そのはずなのに。


 


 


 


 


この体は、確かにここにある。


 


 


 


 


手を見る。


 


 


 


 


少し細い指。


 


 


 


 


プロのそれじゃない。


 


 


 


 


(……入れ替わってる?)


 


 


 


 


ようやく、そこに行き着く。


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


(なんでそんなことが起きる)


 


 


 


 


 


「なあ白石」


 


 


 


突然、声をかけられる。


 


 


 


振り向くと、ショートの選手――板橋が立っていた。


 


 


 


「さっきの守備、珍しく良かったじゃん」


 


 


 


軽く笑っている。


 


 


 


 


「……ああ」


 


 


 


 


とりあえず、適当に返す。


 


 


 


 


板橋は少しだけ首を傾げた。


 


 


 


 


「なんか今日、お前変じゃね?」


 


 


 


 


ドクン、と心臓が跳ねる。


 


 


 


 


(バレたか……?)


 


 


 


 


だが板橋は、それ以上追及してこなかった。


 


 


 


 


「まあいいや。次、守備頼むぞ」


 


 


 


 


そう言って離れていく。


 


 


 


 


 


一人、ベンチに残る。


 


 


 


 


 


(……どうする)


 


 


 


 


現実を整理する。


 


 


 


 


・俺は夢原東矢

・プロ野球選手だった

・今は高校生の体

・名前は白石寛人


 


 


(意味が分からねえ)


 


 


 


だが――


 


 


一つだけ、はっきりしていることがある。


 


 


 


(このままじゃ終われねえ)


 


 


 


プロとしての人生。


 


 


まだ、途中だった。


 


 


 


そのとき――


 


 


 


「――その通りじゃな」


 


 


 


 


不意に、声がした。


 


 


 


 


顔を上げる。


 


 


 


 


誰もいないはずのベンチの奥。


 


 


 


 


そこに――


 


 


 


 


一人、座っている。


 


 


 


 


見たことのない老人。


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


どこか、普通じゃない。


 


 


 


 


「誰だ、あんた」


 


 


 


 


 


老人は、にやりと笑った。


 


 


 


 


「野球の神様、とでも言っておこうかの」


 


 


 


 


 


(……は?)


 


 


 


 


頭が追いつかない。


 


 


 


 


だが、その存在から目が離せない。


 


 


 


 


 


「お主は今、二つの魂を抱えておる」


 


 


 


 


 


静かに、告げられる。


 


 


 


 


 


「このままでは、どちらかが消える」


 


 


 


 


 


空気が、凍る。


 


 


 


 


 


「だが――」


 


 


 


 


 


神様は、ゆっくりと笑った。


 


 


 


 


 


「選ぶことはできる」


 


 


 


 


 


 


喉が、乾く。


 


 


 


 


 


「……どうやってだ」


 


 


 


 


 


 


その問いに、神様は答えた。


 


 


 


 


 


「善行を積め」


 


 


 


 


 


「野球で、人を繋げ」


 


 


 


 


 


「そうすれば――道は開ける」


 


 


 


 


 


 


意味は、分からない。


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


胸の奥に、引っかかるものがあった。


 


 


 


 


 


「……ふざけてんのか」


 


 


 


 


 


そう言いながらも。


 


 


 


 


 


視線は逸らせなかった。


 


 


 


 


 


 


神様は、立ち上がる。


 


 


 


 


 


そして、最後に一言だけ残した。


 


 


 


 


 


「時間は、そう長くないぞ」


 


 


 


 


 


 


気づいたときには――


 


 


 


 


 


もう、誰もいなかった。


 


 


 


 


 


 


グラウンドの声だけが、響いている。


 


 


 


 


 


 


白石寛人――いや、夢原東矢は、


 


 


 


 


 


静かに、拳を握った。


 


 


 


 


 


(繋ぐ、だと……?)


 


 


 


 


 


 


その意味を、まだ知らないまま。


 


 


 


 


 


 


だが。


 


 


 


 


 


 


一つだけ、決めた。


 


 


 


 


 


 


――このまま終わるつもりはない。


 


 


 


 


 


 


その瞬間、試合の続きが始まる。


 


 


 


 


 


 


そして――


 


 


 


 


 


 


彼の“もう一つの人生”も、動き出した。

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