番外編 水族館
休日。
板橋と由希は県内でも有名な水族館を訪れていた。
巨大水槽の前で、由希は目を輝かせる。
「すごいです……」
イワシの群れが銀色の帯となって泳ぐ。
その姿に見入る由希を見て、板橋は少し笑った。
「魚よりお前の方が楽しそうだな」
「だって本当にきれいです」
由希は嬉しそうに答える。
その後も二人はイルカショーを見たり、ペンギンを見たりして楽しんだ。
カワウソのコーナーでは。
「かわいいです!」
「板橋先輩に少し似てます」
「どこがだよ」
板橋は即座に否定した。
由希は楽しそうに笑った。
穏やかな休日だった。
歩き疲れた二人は館内のカフェに入る。
窓際の席。
冷たい飲み物を飲みながら休憩していると、店内のテレビからニュースが流れてきた。
『甲子園決勝は城北高校が勝利――』
優勝旗を掲げる西郷たちの姿が映る。
「あ……城北高校ですね」
由希が画面を見ながら言った。
板橋もテレビへ目を向ける。
少しだけ懐かしかった。
「でも板橋先輩、本当にすごかったです」
「は?」
「三田投手からヒットを打ちましたし」
「ピッチャーとしても抑えましたし」
「私、本当にすごいと思いました」
板橋は照れ臭そうに頭を掻く。
「今さらだろ」
「でも本当です」
由希は真っ直ぐ言った。
「私、あの試合を見て改めて思いました」
「板橋先輩ってすごい人なんだなって」
板橋は居心地が悪そうに目を逸らした。
しばらくして。
由希が何気なく尋ねる。
「そういえば」
「寛人先輩と志保先輩ってお付き合いされているんでしょうか」
板橋が思わずむせる。
「おい」
「なんですか?」
「その話はやめとけ」
「でも気になります」
「やめとけって」
「きっと仲良しですよね」
「由希ちゃん」
後ろから声がした。
由希の体が固まる。
恐る恐る振り返る。
そこには。
顔を真っ赤にした志保。
そして隣には苦笑いする寛人が立っていた。
数秒の沈黙。
由希の顔も真っ赤になる。
「す、すみません!」
板橋は頭を抱えた。
「だから言ったろ……」
志保は恥ずかしそうに笑う。
「たまたま聞こえちゃって」
寛人も困ったように笑っていた。
「お二人もデートですか?」
由希が話題を変える。
志保が頷く。
「うん」
「寛人の記憶が少しなくなっちゃったから」
「昔行った場所を一緒に回ってるの」
寛人は苦笑する。
「でも全然思い出せないんだよな」
「焦らなくていいよ」
志保は優しく言った。
そして。
「次は観覧車に乗る予定なの」
そう笑った。
少し立ち話をした後。
帰り際。
志保が少しイタズラっぽく笑った。
「今日のこと」
「他のみんなには内緒にしておくね」
板橋が顔をしかめる。
「勘弁してくれ」
由希はまだ恥ずかしくて顔を上げられない。
寛人と志保は手を振って去っていった。
二人が見えなくなった後。
板橋がぼそりと言う。
「なあ」
「俺たちって周りからどんな風に見られてるんだろうな」
由希は一瞬固まる。
耳まで赤くなる。
「えっ……」
「それは……」
「その……」
言葉が出てこない。
そして。
「み、見たい服があるので行きましょう!」
勢いよく立ち上がった。
板橋は苦笑する。
「話変えたな」
「変えてません!」
「変えただろ」
「変えてません!」
由希は真っ赤な顔で言い返す。
そんな二人を包むように。
窓の外では穏やかな午後の日差しが降り注いでいた。
長い夏は終わった。
けれど。
彼らの日常は、これからも続いていく。




