ラストエピソード 春の便り
十二年後。
春。
西北高校野球部グラウンドには活気が満ちていた。
去年。
西北高校は創部以来初となる甲子園出場を果たした。
監督室には祝福の花が並んでいる。
監督席に座る男は、一通の封筒を手に取った。
差出人は志保。
虹原隼人は懐かしそうに微笑む。
封を開く。
中には手紙と数枚の写真が入っていた。
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虹原さんへ
甲子園出場、本当におめでとうございます。
ニュースで見ました。
西北高校のユニフォームが甲子園で躍動する姿を見て、思わず泣いてしまいました。
今日はみんなの近況をお知らせしたくて手紙を書いています。
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まず板橋くんと由希ちゃん。
二人は結婚して、今では二人の子供のお父さんとお母さんです。
板橋くんはスポーツ用品店に勤めながら、休日には少年野球のコーチをしています。
写真には子供たちに囲まれながら笑う板橋の姿が写っていました。
昔の鋭い表情は少し柔らかくなっていて、とても良いお父さんをしています。
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久保くんは不動産会社のデータアナリストになりました。
海外出張ばかりで、世界中を飛び回っています。
この前もシンガポールからオンラインで参加していました。
相変わらず理屈っぽいですが元気です。
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そして上田くん。
大学では外野手に専念し、ドラフトで横浜シーホースへ入団しました。
今では主軸打者として活躍しています。
この前、由希ちゃんの息子さんがサインをお願いしたそうです。
上田くんは相変わらず無愛想で。
何も言わず帽子にサインを書いて、そのまま子供の頭にかぶせてくれたそうです。
由希ちゃんは、
「やさしいですね」
と言っていました。
本人は絶対認めないと思いますけど。
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そして私たちです。
私は幼稚園の先生になりました。
でも今は退職して、寛人と一緒に実家のバッティングセンターを継いでいます。
毎日忙しいです。
でも楽しいです。
近所の子供たち向けに野球教室を開いたり。
親子イベントを企画したり。
野球の楽しさを伝えられる仕事ができて幸せです。
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寛人も元気です。
大学で肩を壊して選手は引退しました。
でも本人は全然後悔していないみたいです。
今でも子供たち相手に嬉しそうにバットを振っています。
この前も。
「野球って楽しいな」
って笑っていました。
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虹原さん。
みんな元気にしています。
だから安心してください。
そして。
いつか時間ができたら。
ぜひ遊びに来てください。
みんな喜ぶと思います。
もちろん私たちも。
待っています。
志保
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手紙はそこで終わっていた。
虹原は静かに目を閉じる。
監督室の窓からグラウンドを見る。
白球を追う高校生たち。
その姿は。
どこか懐かしかった。
机の上の写真を手に取る。
笑顔の仲間たち。
あの夏を戦った仲間たち。
誰も知らない。
あの夏に何があったのか。
知っているのは自分だけ。
それでも。
それでいい。
みんなが笑っている。
それだけで十分だった。
虹原は小さく笑う。
その時。
グラウンドから声が聞こえた。
「監督ー!」
「バッティングピッチャーお願いします!」
虹原は窓の外を見た。
元プロ野球選手。
だが。
もう全力で走ることも。
ノックバットを振ることもできない。
それでも。
できることはある。
教えること。
見守ること。
背中を押してやること。
虹原は机の横に立てかけてあった松葉杖を手に取った。
「今行く」
静かに立ち上がる。
グラウンドでは。
未来を夢見る球児たちが白球を追っている。
その姿を見ているだけで。
不思議と力が湧いた。
春風が吹く。
虹原は少しだけ空を見上げた。
そして。
ゆっくりとグラウンドへ向かっていった。
白球を追う日々は。
これからも続いていく。
―完―




