第41話「最後まで」
九回表。
スコアは、4対2。
西北高校、最後の攻撃。
球場全体が、城北高校の勝利を予感し始めていた。
だが、西北ベンチの誰も、まだ諦めていなかった。
打席には、四番・高島。
ここまで三打数ノーヒット。
打率一割五分。
散々ネタにされながらも、今日は必死に食らいついていた。
ベンチで、板橋が叫ぶ。
「高島先輩!!せめて一本、打ちましょうっ!!」
高島は、ヘルメットのつばを上げる。
「うるせぇ!!」
その顔には、珍しく余裕がなかった。
何としてでも塁に出てやる!
そんな気迫が前面に出ていた。
マウンドの三田は、静かに構える。
もう油断はない。
西北は弱小じゃない。
ここまでの戦いを見て、三田は、それを理解した。
だからこそ。
全力で叩き潰す。
初球ストレート。
154km/h。
高島は、振り遅れる。
二球目。
高速フォーク。
空振り。
「ストライクツー!!」
球場が、城北ムードへ傾く。
高島は、ゆっくり息を吐いた。
――四番なのによ。
――オレ、何もしてねぇ。
脳裏に浮かぶ。
試合前。
「四番レフト高島」
あの瞬間、自分でも驚いた。
久保の作戦。
最初は、引退する3年生への花向けかと思った。
でも今は違う。
自分の出塁率。
そこに久保は賭けてくれた。
絶対に、塁に出るんだ!
三球目。
外角ストレート。
かろうじてファール。
そして四球目。
西郷のミットが、内角深くへ構えられる。
三田が、全力で腕を振った。
ズバァッ!!
インコース。
ギリギリ。
避ければ、ボール。
だが、高島は、避けなかった。
ゴッ!!
鈍い音。
「デッドボール!!」
球場がどよめく。
高島は、顔をしかめながらも、一塁へ歩く。
三田が、露骨に苛立つ。
「あの野郎……」
「当たりにきやがった」
西郷が、静かに返す。
「それだけ相手も必死ってことだ」
高島は、一塁上でニヤリと笑った。
「見たか!これが四番の仕事ってやつだ」
西北ベンチが、少しだけ盛り上がる。
だが続く五番・西川。
三振。
六番・保坂。
こちらも三振。
ツーアウト。
あと一人。
球場の空気が、完全に城北勝利へ傾く。
打席には、七番・西。
三田は、至って冷静だった。
初球ストライク。
二球目もストライク。
追い込まれる西北ベンチ。
誰もが、祈るように見つめていた。
三球目。
低めフォーク。
西が、必死に食らいつく。
カツッ!!
ピッチャー前のボテボテのゴロ。
三田が前へ出る。
「これで終わりだ」
誰もがそう思った。
だが西は、全力で一塁へ飛び込む。
ヘッドスライディング。
土煙。
一塁審判が、両手を広げる。
「セーフ!!」
西北ベンチが、一気に沸く。
「うおおおお!!」
だが、西は、立ち上がれなかった。
一塁ベースの横で、苦しそうに足を押さえている。
板橋が、顔色を変える。
「西!?」
志保も、慌てて駆け寄る。
西は、悔しそうに歯を食いしばった。
「す、すみません……」
久保が、すぐにベンチを見る。
「代走!」
その時。
静かに立ち上がる影。
寛人だった。
志保の顔が、強張る。
「……寛人?」
久保も、驚く。
「お前はもう休んでろ」
寛人は、笑った。
少し疲れたような、それでも穏やかな笑顔。
「最後くらい、走らせてくれよ」
そして、左手で、そっとポケットへ触れる。
そこには、志保からもらったお守り。
「大丈夫」
「これがあるから」
志保が、小さく息を呑む。
その笑顔が、なぜか。
少しだけ、遠く感じた。
胸の奥が、ざわつく。
――どうして。
――そんな顔するの。
寛人は、ゆっくり一塁へ向かう。
そして、ベースへ立った。
ツーアウト。
一塁二塁。
打席には、八番・板橋。
西北の夏は、まだ終わっていなかった。




