第45話「お帰り」
病室には、
静かな機械音だけが響いていた。
窓の外は、
もう夜になっている。
志保は、
寛人の手を握ったまま、
俯いていた。
涙は、
もう止まっていた。
でも。
胸の奥の苦しさだけは、
消えなかった。
「……寛人」
小さく、
名前を呼ぶ。
返事はない。
規則的な電子音だけが、
静かに鳴っている。
その時だった。
――ぎゅっ。
志保の指先に、
かすかな感触が伝わる。
「……え?」
志保が、
顔を上げる。
寛人の指が。
ほんのわずかに、
動いていた。
「寛人……?」
志保は、
息を呑む。
ゆっくり。
本当にゆっくりと。
寛人の瞼が、
少しだけ開いた。
ぼやけた視線。
焦点が合わない。
それでも。
確かに、
志保を見ていた。
唇が、
かすかに動く。
「……し、ほ……」
志保の目に、
涙が浮かぶ。
寛人は、
苦しそうに呼吸をしながら、
途切れ途切れに言葉を出した。
「……なん、で……」
「……ここ、に……」
志保は、
泣きそうな顔で笑った。
そして。
寛人の手を、
優しく握り返す。
「……遅かったね」
涙が、
頬を伝う。
でも。
その声は、
とても優しかった。
「お帰りなさい」
寛人は、
ぼんやりと志保を見つめる。
その表情が、
少しだけ緩んだ。
窓の外では。
静かな夜風が、
カーテンを揺らしていた。
そして。
長い夏が、
ゆっくり終わりを迎えていた。
――エピローグへ。




