第43話「目を閉じたまま」
準決勝から、
二日後。
病院の個室には、
機械音だけが響いていた。
規則的な電子音。
白い天井。
消毒液の匂い。
そして。
ベッドの上で、
白石寛人は静かに眠っていた。
口元には、
人工呼吸器。
左腕には点滴。
まるで、
別人のようだった。
病室の前には、
西北野球部の部員たち。
久保。
板橋。
上田。
志保。
由希。
誰も、
うまく言葉を出せない。
医師が、
静かに頭を下げる。
「命に別状はありません」
「ただ――」
空気が、
重くなる。
「脳へのダメージもあり、
意識が戻るかどうかは、
まだ分かりません」
沈黙。
上田が、
勢いよく立ち上がった。
「は……?」
「分かんねぇって、
どういう意味だよ」
医師が、
困ったように答える。
「現時点では、
なんとも……」
上田が、
胸ぐらを掴みそうな勢いで詰め寄る。
「なんとかしろよ!!」
「医者だろ!!」
「助けろよ!!」
「上田!!」
板橋が、
慌てて止める。
上田は、
荒い息を吐いたまま、
拳を震わせていた。
そして。
病室の寛人を睨みつける。
「あの野郎……」
「こんなんでくたばったら、
マジで勘弁しねぇぞ……」
吐き捨てるように言うと、
病室を出ていった。
板橋が、
追いかけようとする。
だが。
久保が、
静かに肩へ手を置いた。
「……ほっといてやれ」
「上田も、
あいつなりに心配してる」
板橋は、
悔しそうに唇を噛んだ。
病室の空気は、
重いままだった。
その時。
頼子が、
みんなへ頭を下げる。
「みんな、
来てくれてありがとうね」
目は少し赤い。
それでも。
笑おうとしていた。
志保は、
その姿を見て、
胸が締めつけられる。
夕方。
窓の外が、
オレンジ色へ変わっていく。
頼子が、
優しく言った。
「みんな、
もう遅いから帰りなさい」
「本当にありがとう」
由希が、
小さく頭を下げる。
板橋も、
無言で帽子を取った。
久保は、
最後に寛人を見つめる。
「……また来る」
みんな、
静かに病室を出ていく。
だが。
志保だけは、
動かなかった。
頼子が、
少し驚いた顔をする。
「志保ちゃん?」
志保は、
寛人を見つめたまま、
小さく言った。
「……私」
「寛人が目を覚ますまで、
ここにいたいです」
病室が、
静かになる。
頼子は、
少しだけ目を丸くしたあと。
ふっと、
優しく笑った。
「……そっか」
「ありがとう」
そして。
「じゃあ、
何かご飯買ってくるね」
そう言って、
病室を出ていった。
静かに、
扉が閉まる。
病室には。
寛人と、
志保だけ。
機械音だけが響く。
志保は、
ゆっくり椅子へ座った。
ずっと。
我慢していた。
みんなの前では、
平気なふりをしていた。
でも。
もう限界だった。
震える手で、
寛人の手を握る。
冷たかった。
その瞬間。
張り詰めていた感情が、
崩れた。
志保の瞳から、
涙がこぼれる。
静かに。
声を押し殺すように。
「……やだよ」
「寛人がいないの、
やだよ……」
返事はない。
志保は、
寛人の手をぎゅっと握る。
「まだ、
約束守ってないじゃん……」
「無理しないって、
言ったのに……」
涙が、
ぽたりとシーツへ落ちた。
「ねぇ……」
「起きてよ……」
夕焼けが、
静かな病室を染めていた。




