第37話「食らいつく」
三回表。
西北高校の攻撃。
城北のマウンドには、絶対的エース・三田。
スコアボードには、常時150km/h台の表示が並ぶ。
応援スタンドの空気も、どこか諦めに近かった。
「次も三振か……」
そんな空気の中。
ネクストバッターサークルから、板橋がゆっくり歩いてくる。
バットを、いつもより短く持っていた。
それを見た上田が、少し眉をひそめる。
「お前、ホームランでも狙ってたんじゃねぇのか」
板橋は、ニヤッと笑った。
「弱者には弱者なりのやり方がある」
「まぁ、見てろって!」
そんな板橋と上田のやりとりに、ベンチでも笑いがおこる。
だが、板橋の目だけは、真剣だった。
――絶対に塁へ出る。
その気迫だけだった。
打席へ入る。
三田は、露骨につまらなそうな顔をした。
「下位打線か」
「さっさと終わらせるぞ」
西郷は、静かにサインを出す。
初球、ズバァン!!
154km/h。
板橋は、必死に振り遅れながらファウル。
球場がどよめく。
普通なら、バットに当てるだけでも難しいボール。
二球目。
またファウル。
三球目。
低めフォーク。
これも、食らいついてカット。
三田が、少し眉をひそめた。
「……チッ」
四球目、高速スライダー。
板橋は、体勢を崩しながらもファウル。
ベンチ内、久保が、小さく呟く。
「すげぇ……」
寛人も、静かに目を細める。
「完全に気持ちでいってるな」
五球目。
六球目。
七球目。
板橋は、泥臭く食らいつき続ける。
息は荒い。
汗が、土へ落ちる。
それでも、バットを短く持ち直す。
応援席で、由希は、手を胸の前で握りしめていた。
「頑張って……先輩」
自然と、声が漏れる。
板橋は、決して天才じゃない。
上田みたいな才能もない。
寛人みたいな配球や癖を読む力もない。
でも、誰よりも、諦めが悪い。
十球目。
十一球目。
ついに、三田が、苛立ちを隠さなくなる。
「うぜぇ……!とっとと、三振しやがれ!!」
渾身のストレート。
板橋は、のけぞりながらもカット。
どよめくスタンド。
西郷の目も、変わっていた。
――こいつ。
――折れない。
十四球目。
フルカウント。
球場全体が、静まり返る。
三田が、力任せに投げ込む。
だが、わずかに高い。
「ボール!!」
フォアボール。
球場から拍手が起こる。
板橋は、大きく息を吐く。
派手なガッツポーズはない。
ただ、ゆっくり一塁へ歩いていった。
その途中。
応援席が視界に入る。
由希は、少しだけ涙ぐみながら、笑っていた。
板橋は、少し照れくさそうに頭をかく。
ベンチでは。
上田が、ニヤッと笑った。
「泥くせぇ野球しやがって」
だが、その声は、少し嬉しそうだった。




