第36話「まわりを信じろ!」
続く六番・黒田。
五反田が、ベンチへ戻りながら舌打ちする。
「なんか気持ち悪ぃ球だったな」
西郷が、静かに聞く。
「動いたか?」
「……少しだけ」
「でも大したことねぇよ、あんな棒玉」
そう言いながらも、どこか納得していない。
一方、マウンドの上田は、まだ落ち着かなかった。
――三振じゃない。
――でも抑えてる。
久保のサイン。
また低めツーシーム。
上田は、露骨に嫌そうな顔をする。
――またアレかよ。
久保はそこに投げろ!と言わんばかりにミットを動かない。
上田は、小さく舌打ちして投げ込んだ。
カキィッ!!
黒田の打球は、レフト前へ落ちそうな浅いフライ。
久保の指示であらかじめ前進していた高島が、猛然と滑り込む。
パシッ!!
「アウト!!」
西北ベンチが沸く。
「ナイス高島ー!!」
上田が、呆然とレフトを見る。
――またアウトだ。
今までなら、抜けていた打球。
一塁前、寛人が、小さく笑う。
「ほら、ちゃんと守ってくれるだろ?」
上田は、少しだけ顔をしかめた。
「……調子狂うぜ」
その様子を西郷は、じっと見ていた。
――変わったな。
最初の力任せの投球じゃない。
動くボールで意図的に芯を外している。
打たせて取っている。
しかも西北の守備陣が、それに応え始めている。
西郷が、静かに息を吐く。
「面白くなってきたな」
三田は、つまらなそうにあくびをする。
「情けねえピッチングだな」
だが西郷だけは、そう思っていなかった。
二死、七番・真壁。
久保が、再び低めへ構える。
上田は、今度は迷わなかった。
シュート気味のツーシーム。
真壁が振り抜く。
カツッ!!
鋭い打球。
三遊間、今度こそ抜ける――。
間一髪で板橋が、横っ飛び!
「っしゃぁ!!」
土煙の中、グラブに収め、そのまま素早く一塁送球。
「アウト!!」
チェンジ。
西北ベンチが、大きく盛り上がる。
「ナイス板橋ー!!」
板橋が、ニヤッと笑う。
「だから言ったろ」
「オレたちもいるって」
上田は、少しだけ口元を緩めた。
「……打たせて取る…か」
ベンチへ戻る途中。
久保が、小さく言う。
「三振だけが野球じゃない」
上田は、何も答えない。
ただ、その言葉は、妙に胸へ残っていた。
城北ベンチ。
西郷は、静かに西北ベンチを見る。
その視線の先には。
一塁に佇む寛人。
「たぶん――」
「あいつだな」
三田が、あざ笑う。
「あの一塁のヒョロい奴か?この浅知恵授けたのは」
西郷は答えない。
ただ寛人の目だけを、じっと見ていた。
――あの目。
高校生の目じゃない。
ずっと修羅場を潜ってきたそれの目だった。




