第35話「打たせて取る」
二回裏。
城北高校の攻撃。
打席には、五番・五反田。
さっきネクストで、寛人の超スローボールを笑っていた男だ。
バットを肩へ乗せながら、ニヤついている。
「へぇ」
「またお前かよ」
マウンドへ戻ってきた上田を見て、露骨に笑う。
「一回もたなかったクセに」
「今度は何球で降りんの?」
サードの板橋が、イラッとした顔をする。
「うわー……感じ悪っ」
だが上田は、意外なほど冷静だった。
帽子を深く被り直す。
久保が、ミットを低く構えた。
外角低め。
上田が、小さく眉をひそめる。
――マジでやるのか。
さっきベンチ裏で、寛人に言われた言葉を思い出す。
『握りを少し中心からずらして投げてみろ』
『たぶん自然に沈む』
『は?』
『適当すぎんだろ』
『まあ、上田の球威なら打ち損じるよ、大丈夫だ』
『……ムカつく言い方だな』
だが今は、試すしかない。
上田が、大きく振りかぶる。
五反田は、完全にストレート一本に山を張っていた。
フルスイングの準備。
――遅ぇ球ならぶっ飛ばす。
そんな顔だった。
上田が投げる。
ズバッ!!
ボールは、途中でわずかに沈んだ。
「ん?」
五反田のタイミングが、微妙に狂う。
バットの先。
ゴンッ!!
鈍い音。
打球は、ボテボテのセカンドゴロになった。
平石が前へ出る。
落ち着いて捕球。
一塁送球。
「アウト!!」
球場が、少しざわつく。
五反田が、一塁前で振り返る。
「……は?」
今の感触は、完全なホームランボールだった。
上田も、少し驚いた顔をする。
――なんだ今の。
久保が、マスクの奥でニヤッと笑った。
「使えるじゃないか、ツーシーム」
上田は、不機嫌そうに吐き捨てる。
「ただの偶然だ」
だが、その表情は、少しだけ安堵へ変わっていた。
城北ベンチで西郷が、静かに目を細める。
「……なるほど」
「そう来たか」
一方の西北ベンチ。
「寛人のアドバイス、素直に聞いてくれたんだ」
志保は、少し安心したようにホッと胸をなで下ろす。
一塁守備から、寛人は、静かに上田の背中を見ていた。
――ちゃんと使えたな。
上田は、まだ気づいていなかった。
全部三振を取らなくても勝負できることに。




