「化け物」
一回裏終了。
西北高校ベンチ。
志保が、ほっとしたように寛人を見つめた。
「さっきの……危なかったね」
脳裏に浮かぶのは、左ポール際へ飛んだ西郷の大ファウル。
あと少しで、試合の流れが決定的に傾いていたかもしれない。
寛人はタオルで汗を拭きながら、苦笑した。
「……あそこまで飛ばされるとは思わなかった」
少し間を置いて、グラウンドへ視線を向ける。
「あいつは、プロになれるだろうな」
志保が、きょとんとした。
「そんなにすごいの?」
「ああ」
寛人は静かに頷いた。
「でも――」
「プロになれても、そこで生き残れるのは一握りだ」
「本当に厳しい世界だよな」
その言葉に、志保がくすっと笑った。
「寛人って、時々プロ野球選手みたいなこと言うよね」
寛人は、ほんの少しだけ目を細めた。
「……そうかもしれないな」
どこか意味深な返事。
志保は不思議そうに首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
その頃。
ベンチの端では、上田が久保に声をかけていた。
「おい」
「お前の作戦とやら……」
上田は、グラウンドの向こうに立つ三田を睨んだ。
「あいつに通用すんのか?」
久保は、すぐには答えなかった。
そして、正直に口を開く。
「はっきり言って――」
「あんな化け物だとは思わなかった」
その間にも、試合は進んでいた。
西北の五番・西川が、三田の投球に空振り三振。
これで、四者連続三振。
三田は、マウンド上で小さく笑った。
「ザコどもめ」
その様子を見た西郷が、マスク越しにため息をつく。
「飛ばしすぎだ」
「まだ初回だぞ」
三田は答えない。
ただ、余裕の笑みを浮かべていた。
一方、久保は上田へ視線を戻した。
「……でも」
「お前のホームランは大きかった」
「まぐれ当たりとはいえ、助かったよ」
上田が、眉をひそめる。
「褒めてんのか」
「けなしてんのか」
「どっちかにしろ」
そこへ、板橋が勢いよく割り込んできた。
「細けぇこと気にすんなって!」
「粘ればなんとかなる!」
「オレたち、ここまで来たんだぞ!」
根拠があるのかないのか、よくわからない言葉。
それでも、その明るさに、張り詰めていたベンチの空気が少しだけ和らいだ。
久保も、思わず小さく笑う。
だが――。
グラウンドの向こうに立つ三田の姿は、やはり圧倒的だった。
六番・保坂。
七番・西。
二人も続けて空振り三振。
三田は、淡々とアウトを積み重ねていく。
上田のホームラン以降、西北打線はヒットどころか、走者を一塁に出すことさえできていなかった。
そして、二回裏。
再び、上田がマウンドへ向かう。
その表情には、先ほどまでの怒りとは違うものが浮かんでいた。
焦りでもない。
諦めでもない。
勝負師の目だった。
(――今度は、こっちの番だ)
久保と寛人だけが知っている。
三田を攻略するための、次の一手。
上田はボールを受け取ると、ゆっくりと帽子を被り直した。




