↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/53

「プロの残像」

一回裏。


ワンアウト、一・二塁。


球場には、まだざわめきが残っていた。


まさか、初回から上田が降板するとは。


そして今、マウンドへ向かうのは――

ファーストを守っていた白石寛人だった。


ベンチから、志保が不安そうに見つめる。


挿絵(By みてみん)


(――大丈夫なの……?)


左肘の痛み。


痛み止め。


それでも無理を押して投げようとしていることを、志保だけは知っていた。


寛人は、静かに投球練習を始めた。


低い位置から、ゆっくりと腕が振り出される。


独特な左サイドスロー。


そのフォームを見た瞬間、打席の西郷がわずかに目を細めた。


「……あのフォーム」


ネクストバッターサークルにいる五反田が、鼻で笑った。


「なんだ、あれ」


「球、おせーし」


「これ、一回コールドまであるんじゃね?」


西郷は答えなかった。


ただ、寛人の投球フォームをじっと見つめていた。


(――似てる)


脳裏に浮かんだのは、横浜シーホースの虹原。


プロの世界でも異彩を放っていた、あの左サイドスロー。


まるで、生き写しのようだった。


試合再開。


久保がミットを構え、サインを出す。


――まずは慎重に。


寛人が小さく頷いた。


ゆっくりと、腕が振られる。


ふわり。


ボールが、空中を漂うように進んだ。


まるで風に乗っているかのような、奇妙な軌道。


球場がざわつく。


「遅っ……!?」


ボールは、久保のミットにストンと収まった。


「ストライク!」


スコアボードに球速が表示される。


『76km/h』


どよめきが広がった。


五反田が、思わず吹き出す。


「ははっ!」


「なんだそれ!」


だが、西郷だけは笑っていなかった。


二球目。


内角へのシュート。


わずかに外れる。


「ボール!」


西郷の目が、鋭くなった。


(――球は遅い)


(――だが、軌道がおかしい)


ただ遅いだけのボールではない。


こちらの狙いを見透かしているかのような、巧みな配球。


三球目。


外角いっぱい。


ストライクゾーンをかすめるように、スライダーが逃げていく。


西郷が、ここぞとばかりに踏み込んだ。


フルスイング。


カキィン!!


鋭い打球がレフト方向へ飛んでいく。


大きく切れていく打球。


左翼ポールのすぐ外側を、かすめるように通過した。


ファウル。


三塁コーチャーズボックスの板橋が、顔を引きつらせた。


「あっぶねぇぇ……!」


ベンチの志保も、思わず胸を押さえる。


一方、寛人は打球の行方を見届けながら、静かに考えていた。


(――やっぱり)


(――さすが、プロ注目の選手だ)


本当は、こんな早い段階から使いたくなかった。


左肘への負担が大きい、あの魔球。


シンカー。


だが、ここで止めなければ、試合が壊れる。


(頼む……最後までもってくれ)


寛人は、小さく息を吐いた。


マスクの奥で、久保が静かに頷く。


四球目。


寛人の腕が、再び振られた。


西郷が鋭く踏み込む。


捉えた。


そう確信した瞬間――


ボールがストライクゾーンの手前で、急激に沈んだ。


「っ!?」


西郷のバットが、空を切る。


いや、かろうじてバットの先がボールを拾っていた。


打球は力なく、ショート前へ転がる。


高校野球では、ほとんどお目にかかれない軌道。


シンカー。


西郷の表情が、一瞬だけ歪んだ。


「ショート!」


保坂が前進して捕球すると、素早く二塁へ送球した。


「セカンド!」


平石がベースを踏み、間髪入れずに一塁へ送球する。


「ファースト!!」


西郷が駆け抜けるよりも早く、上田のファーストミットにボールが収まった。


――6、4、3。


ダブルプレー。


「チェンジ!!」


西北ベンチが沸いた。


志保は、張り詰めていた息をようやく吐き出した。


(――よかった……)


一方、一塁ベース付近。


上田は、悔しそうな顔で立ち尽くしていた。


自分が抑えたかった。


自分の力で、このピンチを切り抜けたかった。


(――クソッ!!)


上田は無言でマウンドへ近づいていく。


そして。


バシッ!!


ミットで、寛人の尻を叩いた。


「いってぇ!?」


寛人が驚いて振り返る。


だが、上田は何も言わず、そのまま歩き出した。


数歩進んだところで、ぼそりと呟く。


「……やっぱムカつく野郎だ」


その声には、まだ悔しさが滲んでいた。


けれど。


ほんの少しだけ、嬉しそうでもあった。


さらに、風に紛れてしまいそうな小さな声で。


「……サンキュな」


そして、少しだけ間を置いてから。


上田は振り返らずに言い放った。


「でも次はオレが抑える!」


こうして、激闘の幕が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。