「投手の器」
一回裏。
ワンアウト一塁。
打席には、城北高校三番・恵比寿。
鋭い目つき。
無駄のない構え。
上田が、マウンドで小さく舌打ちした。
「……あの野郎」
久保が怪訝そうに顔を向ける。
「知り合いか?」
上田は帽子を深く被り直した。
「元チームメイトだ」
その一言で、久保は察した。
強豪シニア。
上田が、まだ〝天才外野手〟と呼ばれていた頃の話だ。
恵比寿もまた、打席から上田を見つめていた。
懐かしさと、どこか複雑な感情が入り混じった視線。
(――変わらねぇな)
脳裏に浮かぶのは、かつての上田。
強肩、強打。
誰よりも野球センスに恵まれた男。
外野から放たれる送球は、まるでレーザービームのようだった。
だが、その才能をもってしても、どうにもならないものがあった。
気性の激しさだ。
ある試合で、上田は起用法を巡って監督と激しく衝突した。
「なんでオレを下げるんだ!」
「勝つ気あんのかよ!」
結局、上田はシニアを辞めた。
いや、正確には――居場所を失ったと言うべきかもしれない。
決まっていた強豪校への推薦も、当然のように消えた。
野球も辞める。
周囲は、そう思っていた。
だが。
西北高校に入学した上田に、同学年の板橋がしつこく声をかけた。
『辞めるの、もったいねぇって』
『見学だけでも来いよ』
『来たなら、とりあえず入部な』
半ば強引に、野球部へ連れて行かれた。
最初は、どうでもよかった。
どこにでもある弱小野球部。
まともに守れない内野陣。
打てない打線。
繰り返される凡ミス。
上田は、すぐに嫌気が差した。
――だったら。
――全部、三振に取ればいい。
――自分でホームランを打てばいい。
そうして上田は、エースになった。
だが、恵比寿は知っている。
上田は本来、外野手だ。
野球センスは本物。
肩も強い。
打撃も一級品。
それでも――。
投手としての適性は、決して高くない。
恵比寿が静かにバットを構え直す。
上田は、全力で腕を振った。
ズドォッ!!
渾身のストレート。
球速は、143km/h。
だが。
恵比寿は、いとも簡単にバットを合わせた。
カキィッ!!
鋭い打球が、三遊間を真っ二つに破る。
「っ!!」
レフト前ヒット。
球場がどよめいた。
ワンアウト、一・二塁。
上田は険しい顔で帽子を取った。
一方、恵比寿は一塁ベース上で、静かに呟いた。
「お前、やっぱ投手向いてねぇよ」
その一言が、上田の神経を逆撫でした。
「……んだと、コラ」
マウンドへ、久保が歩み寄る。
その後ろから、寛人も静かに歩いてきた。
久保の表情は、真剣そのものだった。
「上田」
一拍置いて、告げる。
「悪いが、交代だ」
空気が凍りついた。
上田の目が、信じられないものを見るように見開かれる。
「……は?」
「まだ一回だぞ!?」
久保は、真正面から上田を見返した。
「監督から全権委任されてる」
「これはオレの判断だ」
上田の拳が震えた。
「ふざけんな……!」
「オレが抑えるっつってんだろ!!」
それでも、久保はひるまなかった。
「感情で投げんな」
「相手はもう、お前の球に合わせてきてる」
上田は悔しそうに歯を食いしばった。
マウンドに立つ寛人は、何も言わなかった。
ただ静かに、上田を見つめている。
慰めるでもなく、責めるでもなく。
その沈黙が、かえって上田の苛立ちを煽った。
「チッ!!」
上田は、ボールを思い切りマウンドへ叩きつけた。
乾いた音が、球場に響く。
そして、怒りを隠そうともせず、一塁側へ向かって歩き出した。




