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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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36/53

「投手の器」

一回裏。


ワンアウト一塁。


打席には、城北高校三番・恵比寿。


鋭い目つき。

無駄のない構え。


上田が、マウンドで小さく舌打ちした。


「……あの野郎」


久保が怪訝そうに顔を向ける。


「知り合いか?」


上田は帽子を深く被り直した。


「元チームメイトだ」


その一言で、久保は察した。


強豪シニア。


上田が、まだ〝天才外野手〟と呼ばれていた頃の話だ。


恵比寿もまた、打席から上田を見つめていた。


懐かしさと、どこか複雑な感情が入り混じった視線。


(――変わらねぇな)


脳裏に浮かぶのは、かつての上田。


強肩、強打。

誰よりも野球センスに恵まれた男。


外野から放たれる送球は、まるでレーザービームのようだった。


だが、その才能をもってしても、どうにもならないものがあった。


気性の激しさだ。


ある試合で、上田は起用法を巡って監督と激しく衝突した。


「なんでオレを下げるんだ!」


「勝つ気あんのかよ!」


結局、上田はシニアを辞めた。


いや、正確には――居場所を失ったと言うべきかもしれない。


決まっていた強豪校への推薦も、当然のように消えた。


野球も辞める。


周囲は、そう思っていた。


だが。


西北高校に入学した上田に、同学年の板橋がしつこく声をかけた。


『辞めるの、もったいねぇって』


『見学だけでも来いよ』


『来たなら、とりあえず入部な』


半ば強引に、野球部へ連れて行かれた。


最初は、どうでもよかった。


どこにでもある弱小野球部。


まともに守れない内野陣。

打てない打線。

繰り返される凡ミス。


上田は、すぐに嫌気が差した。


――だったら。


――全部、三振に取ればいい。


――自分でホームランを打てばいい。


そうして上田は、エースになった。


だが、恵比寿は知っている。


上田は本来、外野手だ。


野球センスは本物。

肩も強い。

打撃も一級品。


それでも――。


投手としての適性は、決して高くない。


恵比寿が静かにバットを構え直す。


上田は、全力で腕を振った。


ズドォッ!!


渾身のストレート。


球速は、143km/h。


だが。


恵比寿は、いとも簡単にバットを合わせた。


カキィッ!!


鋭い打球が、三遊間を真っ二つに破る。


「っ!!」


レフト前ヒット。


球場がどよめいた。


ワンアウト、一・二塁。


上田は険しい顔で帽子を取った。


一方、恵比寿は一塁ベース上で、静かに呟いた。


「お前、やっぱ投手向いてねぇよ」


その一言が、上田の神経を逆撫でした。


「……んだと、コラ」


マウンドへ、久保が歩み寄る。


その後ろから、寛人も静かに歩いてきた。


挿絵(By みてみん)


久保の表情は、真剣そのものだった。


「上田」


一拍置いて、告げる。


「悪いが、交代だ」


空気が凍りついた。


上田の目が、信じられないものを見るように見開かれる。


「……は?」


「まだ一回だぞ!?」


久保は、真正面から上田を見返した。


「監督から全権委任されてる」


「これはオレの判断だ」


上田の拳が震えた。


「ふざけんな……!」


「オレが抑えるっつってんだろ!!」


それでも、久保はひるまなかった。


「感情で投げんな」


「相手はもう、お前の球に合わせてきてる」


上田は悔しそうに歯を食いしばった。


マウンドに立つ寛人は、何も言わなかった。


ただ静かに、上田を見つめている。


慰めるでもなく、責めるでもなく。


その沈黙が、かえって上田の苛立ちを煽った。


「チッ!!」


上田は、ボールを思い切りマウンドへ叩きつけた。


乾いた音が、球場に響く。


そして、怒りを隠そうともせず、一塁側へ向かって歩き出した。

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