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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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35/53

「一度きりのトラップ」

一回裏。


城北高校の攻撃。


先頭打者の神薙が、セーフティーバントで出塁した。


一塁上。


神薙は、ニヤニヤと笑いながら大きくリードを取る。


「へぇ」


「やるじゃん、弱小公立」


マウンドの上で、上田が露骨に嫌そうな顔をした。


「……うぜぇ」


その横で。


ファーストの寛人は、静かに神薙を観察していた。


足の位置。


呼吸の間隔。


肩に入った力。


一つひとつ、目に焼きつけていく。


そして――


神薙の両手が、ぶらぶらと揺れ始めた。


(……来る)


寛人の目が、わずかに細くなる。


だが、神薙はまだ本気で走る気配を見せていない。


これは、ただの盗塁ではない。


相手を揺さぶるための「疑走」。


一球目に必ず見せる、神薙の癖だった。


その瞬間。


寛人は、さりげなく久保へサインを送った。


久保の目が、わずかに見開かれる。


(……マジか)


(ここで使うのか)


おそらく、この手が通用するのは一度きり。


見破られれば、次からは逆に利用されるかもしれない。


それでも。


寛人は、静かに頷いた。


久保は小さく息を吐き、サインを出す。


それを見た上田が、思わず顔をしかめた。


(――はぁ!?)


一球目から、ウエスト。


しかも、神薙が動くと読んでの選択。


完全なギャンブルだった。


「ふざけんなよ……」


上田は小声で悪態をつく。


だが、そのとき。


一塁の寛人と、一瞬だけ目が合った。


静かな目。


迷いがない。


まるで、すべて見えているかのような確信があった。


上田は舌打ちし、腹をくくった。


「……外したら殺すぞ」


打席では、二番打者が送りバントの構えを見せていた。


揺さぶり。


走者を進め、確実に得点圏へ送ろうとする。


いかにも城北らしい、いやらしい攻撃だった。


だが、久保は動じない。


上田が投球動作に入る。


そして――


捕手の構えから大きく外れたコースへ、ボールを投げ込んだ。


ウエスト。


その瞬間。


神薙が、予想どおり動いた。


大きくリードを取った状態から、一気に二塁へ向かう。


「なっ――!?」


久保が立ち上がった。


挿絵(By みてみん)


そして、ズドォン!!


久保の送球が、一直線に一塁へ伸びた。


神薙の顔色が変わる。


(しまった――!)


完全に虚を突かれた。


慌てて一塁へ戻ろうとするが、もう遅い。


寛人は落ち着いて送球を受け、神薙の身体にタッチした。


「アウト!!」


球場が、大きくどよめいた。


「嘘だろ!?」


「あそこでウエストするのか!?」


城北ベンチが騒然となる。


西北ベンチでは、志保が思わず立ち上がった。


「やった……!」


嬉しそうに、ぎゅっと両手を握りしめる。


板橋も、興奮を隠せずに叫んだ。


「すげぇぞ、久保!!」


久保は苦笑しながら、一塁の寛人へ目を向けた。


――本当にすごいのは、あいつだろ。


そんな思いが、その表情ににじんでいた。


一方、城北ベンチ。


監督が、鬼のような形相で怒鳴りつける。


「何やってる、神薙!!」


「初回から相手に流れを渡してどうする!!」


神薙は悔しそうに歯を食いしばった。


まさか、あの癖を読まれていたとは。


しかも、初球から。


だが――


城北打線は、ここで簡単には止まらなかった。


続く二番打者、谷中。


上田の投じた球を鋭く弾き返す。


打球は、二遊間を抜けてセンター前へ。


「チッ……」


上田が小さく舌打ちした。


ワンアウト一塁。


そして、球場アナウンスが響き渡る。


『三番、センター、恵比寿くん』


城北高校のクリーンナップ。


スタンドの空気が、さらに熱を帯びていく。


ネクストバッターサークルには、四番・西郷。


強打者であり、捕手としてもチームを支える主将。


久保はマスクの奥で、小さく息を吐いた。


神薙の足は封じた。


だが、城北の攻撃力はこんなものではない。


――ここからが本番だ。


西北のピンチは、まだ続いていた。

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