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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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34/53

「一塁からのサイン」

上田の先頭打者ホームラン。


その衝撃で、球場全体がざわついていた。


だが。


城北高校のエース・三田は、それくらいで崩れる投手ではなかった。


マウンド上。


帽子のつばを指で持ち上げる。


その目から、先ほどまでの余裕が消えていた。


西郷が、静かに声をかける。


「出会い頭だ」


「気にするな」


だが、三田は低い声で吐き捨てた。


「……弱小野球部のくせに」


「生意気なんだよ!」


空気が変わった。


次の瞬間。


ズバァン!!


久保のバットが、空を切る。


「ストライク! バッターアウト!」


電光掲示板に表示された球速は――154キロ。


先ほどより、さらに球威が増していた。


続く平石。


外角低めへ沈むフォーク。


バットが空を切った。


「ストライク! バッターアウト!」


平石は、呆然と打席に立ち尽くした。


「……見えねぇ」


さらに、高島。


豪快なフルスイングで食らいつく。


だが。


最後は、内角高めの剛速球。


バットはかすりもしなかった。


三者連続三振。


球場がどよめく。


三田は、何事もなかったかのようにベンチへ戻っていった。


ふてぶてしいまでのマウンドさばき。


その背中には、絶対的エースの威圧感が戻っていた。


*


西北ベンチ。


久保が、上田に近づいた。


「……爪、大丈夫か?」


上田はグラブをはめ直しながら、他人事のように答えた。


「コーティングした」


「まあ、なんとかなるだろ」


言葉ほど状態が万全ではないことは、久保にも分かっていた。


それでも。


上田の目から、闘志は消えていなかった。


「一点ありゃ十分だろ」


「お前、キャッチャーなんだから、なんとか抑えろ」


久保は苦笑した。


「投げるのお前だろ」


一回裏。


城北高校の攻撃。


打席には、一番・神薙。


俊足巧打のリードオフマンだ。


久保がミットを構える。


初球。


――コツッ。


神薙が、いきなり三塁線へ転がした。


意表を突くセーフティーバント。


「うわっ!?」


三塁の板橋が、慌てて前へ突っ込む。


素早く捕球。


すぐさま一塁へ送球した。


だが。


「セーフ!」


神薙の足が、わずかに早かった。


球場がざわつく。


「速ぇ……」


「今のでセーフかよ」


神薙はニヤリと笑い、一塁ベースからリードを取った。


上田が、マウンド上で嫌そうに顔をしかめる。


「セコいバント決めやがって……」


そのとき。


一塁ベース付近で、ファーストの寛人が静かに神薙を見つめていた。


その視線は、ただの高校生のものではなかった。


リードの幅。


重心の置き方。


一歩目を踏み出す前の、わずかな動き。


寛人は、神薙の一挙手一投足を観察していた。


――なるほどな。


映像で見たとおりだ。


俊足だけじゃない。


相手の隙を見つけ、こちらの意識が別の場所へ向いた瞬間を狙ってくる。


厄介な打者だった。


そして。


寛人は、何気ない動作に紛れ込ませるように、久保へサインを送った。


ほんの一瞬。


誰にも気づかれないほど、小さな合図。


だが。


マスクの奥で、久保の目がわずかに見開かれた。


――マジかよ。


久保は小さく息を吐く。


それから、何事もなかったかのようにミットを構え直した。


西北ベンチの誰も、まだ知らない。


この回。


寛人の読みが、試合を大きく動かそうとしていることを。

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