第32話「投手の器」
一回裏。
ワンアウト一塁。
打席には、
城北高校三番・恵比寿。
鋭い目。
無駄のない構え。
上田が、
マウンドで小さく舌打ちした。
「……あの野郎」
久保が怪訝そうに見る。
「知り合いか?」
上田は、
帽子を深く被り直した。
「元チームメイト」
その一言で、
久保は察する。
強豪シニア。
上田が、
まだ“天才外野手”だった頃の話。
恵比寿も、
打席で上田を見ていた。
懐かしそうでもあり。
少し複雑そうでもある。
――変わらねぇな。
脳裏に、
昔の上田が浮かぶ。
強肩。
強打。
誰より野球センスがあった。
外野からでも、
レーザービームのような送球を投げる男。
だが。
気性が激しかった。
ある試合。
起用法を巡って、
監督と激突した。
「なんでオレを下げるんだ!」
「勝つ気あんのかよ!」
結局。
上田は、
シニアを辞めた。
決まっていた強豪校推薦も消えた。
野球も辞める。
誰もがそう思っていた。
だが。
西北高校へ入学後。
同学年の板橋が、
しつこく声をかけた。
『辞めるのもったいねぇって』
『見学だけでも来いよ』
『来たならとりあえず入部な』
半ば強引に、
野球部へ連れて行かれた。
最初は、
どうでもよかった。
弱小野球部。
まともに守れない内野。
打てない打線。
ミスばかり。
上田は、
すぐ嫌になった。
――だったら。
――全部三振取ればいい。
――自分でホームラン打てばいい。
そうやって、
エースになった。
だが。
恵比寿は知っている。
上田は本来、
外野手だ。
野球センスは本物。
肩も強い。
打撃も凄い。
でも――
投手の器ではない。
打席で、
恵比寿が静かに構える。
上田が、
全力で腕を振った。
ズドォッ!!
143km/hの渾身のストレート。
だが。
恵比寿は、
いとも簡単にバットを合わせた。
鋭い打球。
三遊間を真っ二つに破る。
「っ!!」
レフト前ヒット。
球場がどよめく。
ワンアウト一、二塁。
上田が、
険しい顔で帽子を取る。
恵比寿は、
一塁上で静かに呟いた。
「お前、やっぱ投手向いてねぇよ」
その言葉が。
上田の神経を逆撫でした。
「……んだとコラ」
マウンドへ、
久保が向かう。
その後ろから、
寛人――虹原も歩いてきた。
久保の顔は、
真剣だった。
「上田」
「交代だ」
空気が止まる。
上田の目が、
信じられないものを見るように見開かれた。
「……は?」
「まだ一回だぞ!?」
久保は、
真正面から見返す。
「監督から全権委任されてる」
「これはオレの判断だ」
上田の拳が震える。
「ふざけんな……!」
「オレが抑えるっつってんだろ!!」
だが。
久保は引かない。
「感情で投げんな」
「相手はもうお前の球に合ってる」
上田が、
悔しそうに歯を食いしばる。
マウンドに立つ寛人は、
何も言わない。
ただ静かに、
上田を見ていた。
その視線が、
逆に上田を苛立たせる。
「チッ!!」
上田は、
ボールを思い切りマウンドへ叩きつけた。
乾いた音が、
球場へ響く。
そして。
怒りを隠さないまま、
一塁へ向かって歩き出した。




