第31話「一度きりのトラップ」
一回裏。
城北高校の攻撃。
先頭の神薙が、
セーフティーバントで出塁した。
一塁上。
神薙は、
ニヤニヤしながら大きくリードを取る。
「へぇ」
「やるじゃん、弱小公立」
上田が、
露骨に嫌そうな顔をする。
「……うぜぇ」
その横で。
ファーストの寛人――虹原は、
静かに神薙を観察していた。
足の位置。
呼吸。
肩の力。
そして。
神薙の両手が、
ぶらぶらと揺れ始める。
――来る。
寛人の目が細くなる。
だが。
神薙は、
まだ本気で走る気配ではない。
これは。
“疑走”。
一球目に必ずやる癖。
その瞬間。
寛人は、
さりげなく久保へサインを送った。
久保の目が、
わずかに見開かれる。
――マジか。
――ここで使うのか。
一度しか使えない。
見破られれば、
次から逆に利用される。
それでも。
寛人は、
静かに頷いた。
久保は、
小さく息を吐く。
そしてサインを出した。
上田が、
思わず顔をしかめる。
――はぁ!?
ウエスト。
しかも一球目。
完全にギャンブルだった。
「ふざけんなよ……」
上田は小声で悪態をつく。
だが。
その時。
一塁の寛人と目が合った。
静かな目。
でも。
妙に確信があった。
上田は、
舌打ちしながら頷く。
「……外したら殺すぞ」
打席では、
二番打者が送りバントの構えを見せる。
揺さぶり。
城北らしい、
いやらしい攻撃。
だが。
久保は微動だにしなかった。
上田が、
大きく外へ外す。
ウエスト。
その瞬間。
神薙が、
予想通り疑走スタートを切っていた。
「なっ――!?」
久保が立ち上がる。
そして。
ズドォン!!
矢のような送球が、
一直線に一塁ミットへ突き刺さる。
神薙の顔色が変わる。
完全に虚を突かれていた。
慌てて戻る。
だが。
寛人が、
冷静にタッチ。
「アウト!!」
球場がどよめく。
城北ベンチが騒然となった。
「嘘だろ!?」
「読まれてた!?」
西北ベンチ。
志保が、
思わず立ち上がる。
「やった……!」
嬉しそうに両手を握る。
板橋も、
興奮気味に叫ぶ。
「すげぇぞ久保!!」
久保は、
苦笑しながら一塁を見る。
本当にすごいのは、
あいつだろ。
そんな顔だった。
一方。
城北ベンチ。
監督が、
鬼のような形相で怒鳴っていた。
「何やってる神薙!!」
「初回から流れ渡してどうする!!」
神薙が、
悔しそうに歯を食いしばる。
完全に、
読まれていた。
だが。
城北打線は、
そんな簡単には止まらない。
続く二番打者。
鋭くセンター前へ弾き返す。
「チッ……」
上田が、
小さく舌打ちする。
ワンアウト一塁。
そして。
球場アナウンスが響く。
『三番、センター、恵比寿くん』
城北高校クリーンナップ。
スタンドの空気が、
さらに熱を帯びる。
ネクストには、
四番・西郷。
その後ろには、
五番・五反田まで控えている。
久保が、
小さく息を吐いた。
――ここからが本番だ。




