第30話「一塁からのサイン」
上田の先頭打者ホームラン。
その衝撃で、
球場全体がざわついていた。
だが。
城北高校のエース・三田は、
そこで崩れるような投手ではなかった。
マウンド上。
帽子のつばを指で上げる。
その目から、
さっきまでの余裕が消えていた。
西郷が、
静かに声をかける。
「出会い頭だ」
「気にするな」
だが。
三田は、
低い声で吐き捨てた。
「……弱小野球部のくせに」
「生意気なんだよ」
空気が変わる。
次の瞬間。
ズバァン!!
久保のバットが、
空を切る。
「ストライクスリー!」
154キロ。
先ほどより、
さらに球威が増していた。
続く平石。
外角低めのフォーク。
完全な空振り。
「ストライクスリー!!」
平石が、
呆然と立ち尽くす。
「……見えねぇ」
さらに高島。
豪快なフルスイング。
だが。
最後は、
インハイ高め。
バットはかすりもしない。
三者連続三振。
球場がどよめく。
三田は、
ゆっくりベンチへ戻っていく。
その背中には、
絶対的エースの威圧感が戻っていた。
西北ベンチ。
久保が、
上田へ近づく。
「……爪、大丈夫か?」
上田は、
グラブをはめ直しながら鼻を鳴らした。
「コーティングした」
「まぁ、なんとかなる」
言葉ほど、
状態が万全ではないことは分かる。
それでも。
上田の目は、
まだ闘志を失っていなかった。
「一点ありゃ十分だろ」
「お前、キャッチャーなんだから抑えろ」
久保は苦笑する。
「投げるのお前だろ」
一回裏。
城北高校の攻撃。
打席には、
一番・神薙。
俊足巧打。
久保がミットを構える。
初球。
――コツッ。
神薙が、
いきなり三塁線へ転がした。
セーフティーバント。
「うわっ!?」
板橋が前へ突っ込む。
素早く捕球。
すぐ一塁へ送球。
だが。
「セーフ!」
神薙の足が、
わずかに早い。
球場がざわつく。
「速ぇ……」
「今のでセーフかよ」
神薙は、
ニヤリと笑いながらリードを取る。
上田が、
少し嫌そうな顔をした。
「セコいバント決めやがって……」
すると。
一塁ベース付近。
ファーストの寛人――虹原が、
静かに神薙を見ていた。
その視線は、
ただの高校生のものではない。
神薙の足。
リード幅。
重心。
癖。
全部を観察している。
そして。
寛人は、
何気ない動作で久保へサインを送った。
ほんの一瞬。
誰にも気づかれないほど小さく。
だが。
久保の目が、
わずかに見開かれる。
――マジかよ。
久保は、
小さく息を吐いた。
そして。
静かにミットを構え直す。
西北高校ベンチの誰もまだ知らない。
この回。
白石寛人の“読み”が、
試合を大きく動かすことを。




