第28話「好きにやれ」
準決勝当日。
朝。
西北高校野球部ベンチ。
球場には、
すでに大きな歓声が響いていた。
相手は城北高校。
去年、一昨年と甲子園出場。
全国レベルの強豪。
試合前だというのに、
西北ベンチには重たい空気が流れていた。
「……マジで相手強ぇな」
「エース150キロ出るんだろ?」
「普通にやったら終わりじゃね?」
弱気な声も漏れる。
そんな中。
上林監督が、
静かにホワイトボードの前へ立った。
「……まず先に言っとく」
ベンチが静まる。
「今日の作戦と打順」
「今回は久保中心で考えてもらった」
一瞬。
ベンチがざわつく。
「え?」
「久保が?」
当の久保本人も、
少しだけ居心地悪そうに頭をかいた。
だが。
上林監督は続ける。
「ここまで勝ってきたのは、お前ら自身の力だ」
「だから今日は、選手の考えを尊重する」
そして。
監督は、
選手たち全員を見回した。
「責任はオレが取る」
短い言葉。
でも。
その一言で、
ベンチの空気が少し変わった。
久保が、
小さく息を吐く。
そして前へ出た。
「……じゃあスタメンいきます」
ホワイトボードに、
名前を書いていく。
「一番、ピッチャー上田」
「二番、キャッチャー久保」
「三番、セカンド平石」
「四番、レフト高島」
「五番、ライト西川」
「六番、ショート保坂」
「七番、センター西」
「八番、サード板橋」
「九番、ファースト白石」
ベンチがざわつく。
そして。
「……は?」
四番の高島が立ち上がった。
久保より一学年上。
豪快なフルスイングが持ち味の男。八番が定位置。
極端に打率が低いが当たるとでかいので、西北の巨大扇風機と呼ばれている。
「おい久保」
「てめぇ、本気で勝つ気あんのか?」
「オレに準決勝で恥かかせる気かよ」
「普段はてめぇが4番だろうが」
かなり本気で怒っていた。
だが久保は、
慌てずに説明する。
ちらりと。
ベンチ隅の寛人――虹原を見る。
寛人は、
知らん顔でスポドリを飲んでいた。
久保は咳払いする。
「先輩、県大会予選の打率は一割五分ですけど」
「出塁率は三割五分あります」
高島が眉をひそめる。
「……だから?」
「“つなぎの四番”に最適なんす」
「相手からしたら一番嫌なタイプです」
久保は、
妙に自信満々だった。
高島は、
少しずつその気になっていく。
「……確かにオレ、四球多いしな」
「そうっすそうっす」
久保が全力で乗っかる。
横で。
板橋が、
吹き出しそうになっていた。
そんな板橋の隣で由希が、
オーダー表を見ながら少し残念そうな顔をしていた。
「板橋先輩、八番なんですね……」
「もっと上位打線かと思ってました、二番とか」
板橋は、
帽子を被り直しながら笑う。
「まぁ久保にはなんか考えあんだろ」
「オレは打てって言われた時に打つだけ」
由希は、
少し安心したように頷いた。
「……はい」
その目は、
いつものように真っすぐだった。
ベンチ。
志保は、
静かに選手たちを見ていた。
表情は穏やかだったが。
心の中では、
ずっと祈っていた。
――寛人の作戦、上手くいって。
もちろん。
誰も、
本当の発案者が寛人だとは知らない。
久保が、
ホワイトボードを使って説明を始める。
「城北の情報だけど」
「昨日映像見てて気づいたことがある」
寛人は、
ベンチの隅で黙って座っていた。
「三田は牽制の時だけグローブ見える」
「フォークはグローブ開く」
「神薙は三球目で走る確率高い」
「西郷は外角強いから逃げるな」
次々と出てくる分析。
部員たちが、
驚いた顔をする。
「え、マジ?」
「そんなの分かんのかよ」
「久保すげぇ……」
久保は、
少しだけ気まずそうに頭をかいた。
横で寛人が、
小さく笑う。
さらに久保は続ける。
「あと、低めは捨てる」
「狙い球絞れ」
「綺麗に勝とうとするな」
「嫌がること全部やるぞ」
その言葉に。
少しずつ。
ベンチの空気が変わっていく。
さっきまで、
完全に“負けモード”だった。
でも今は違う。
「……なんか、いけそうな気がしてきた」
「球数投げさせようぜ」
「神薙、走るなら刺したいな」
笑い声まで出始める。
上林監督は、
そんな選手たちを見ながら静かに笑った。
そして最後に。
「好きにやってこい」
その一言で。
西北ベンチの空気は、
完全に変わった。




