第27話「特別なお守り」
視聴覚室。
長かったミーティングも、
ようやく終わりに近づいていた。
ホワイトボードには、
城北対策のメモがびっしり書かれている。
久保はノートを閉じながら、
大きく息を吐いた。
「……頭使いすぎて腹減った」
「キャッチャー向いてねぇな、お前」
寛人が笑う。
その横で、
志保もくすっと笑っていた。
時計を見ると、
もう夜7時だった。
寛人は、
軽く背伸びをして言う。
「飯どうする?」
「ウチ来るか?」
志保が少し驚いた顔をする。
だが。
久保は、
すぐ首を振った。
「いや、オレ帰る」
「これからもう一回映像見直す」
「真面目かよ」
「キャッチャーだからな」
久保は立ち上がる。
そして。
志保に聞こえないように、
寛人へ少し顔を寄せた。
「……あとさ」
「志保、他の部員から人気あるから」
「取られないようにしろよ」
ニヤッと笑う。
寛人は、
思わず吹き出しそうになる。
「は!? ち、違ぇよ!」
「そんなんじゃ――」
「声でけぇ」
久保が呆れる。
すると。
「……?」
少し離れた場所で、
志保が不思議そうに首を傾げていた。
「何の話してるの?」
久保は一瞬で真顔に戻る。
「寛人が明日ノーヒットノーランするって話」
「してねぇよ!てか完投すらできねぇよ!」
「え、すごい」
志保が素直に信じかけて、
寛人が慌てる。
久保は小さく笑いながら、
鞄を肩にかけた。
「じゃ、また明日」
「おう」
久保は、
そのまま静かに視聴覚室を出ていった。
夜。
白石家。
食卓には、
湯気の立つ料理が並んでいた。
頼子が、
嬉しそうに笑う。
「志保ちゃん、また来てくれてありがとうねぇ」
「い、いえ……!」
志保が少し照れる。
頼子は、
すっかり上機嫌だった。
「それにしてもすごいわよねぇ」
「いつも初戦負けだったのに」
「準決勝だなんて!」
「はい!」
志保も、
楽しそうに頷く。
「みんな本当に頑張ってて……」
「板橋くんも上田くんもすごくて」
「久保くんもすごいし」
「寛人も――」
そこまで言って、
少しだけ言葉が止まる。
頼子は、
そんな志保を見て優しく笑った。
「明日はパート休みだから応援行くわね」
寛人が、
味噌汁を吹きそうになる。
「えっ」
「来なくていいって」
「なんでよ」
「いや……」
「明日、投げないかもしれないし」
左肘のことを、
少しだけ気にしながら言う。
すると。
頼子は、
穏やかに笑った。
「寛人が元気に野球やってくれてたら、それでいいの」
その言葉に。
寛人は、
少しだけ黙る。
昔。
そんな風に言われたことは、
一度もなかった。
結果じゃなく。
ただ、
野球をしていることを喜ばれる。
その温かさに。
胸の奥が、
少しだけ痛くなる。
向かい側で。
志保が、
静かに微笑んでいた。
食事が終わる頃には、
外はすっかり夜になっていた。
頼子が、
食器を片付けながら言う。
「寛人、送ってきなさい」
「えー」
「えーじゃありません」
志保が少し慌てる。
「だ、大丈夫です!」
「夜道危ないでしょ」
頼子は完全に母親モードだった。
結局。
寛人は、
志保を送ることになった。
夜道。
静かな住宅街。
街灯が、
二人の影を長く伸ばしている。
しばらく歩いて。
志保が、
小さく口を開いた。
「……ねぇ」
「ん?」
志保は、
少し迷うように鞄を握る。
そして。
小さなお守りを取り出した。
「これ」
寛人が目を丸くする。
「え?」
「マネージャーって、本当はみんなに平等じゃないといけないんだけど……」
少しだけ俯く。
耳まで赤かった。
「……今回は特別」
夏の夜風が吹く。
寛人は、
しばらく言葉が出なかった。
志保は、
少し心配そうな顔で続ける。
「無理、ダメだからね」
「ちゃんと約束して」
寛人は、
お守りを見つめながら苦笑した。
「……約束する」
そして。
小さく付け加える。
「守れるか分かんねぇけど」
「もう……!」
志保が困ったように笑う。
でも。
その横顔は、
どこか少しだけ嬉しそうだった。




