第26話「見えているもの」
視聴覚室。
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
モニターに映るのは、
城北高校の試合映像。
久保と志保が、
真剣な表情で画面を見つめている。
その前で。
白石寛人――虹原は、
腕を組みながら映像を止めた。
「……まず三田」
画面には、
城北のエースが映る。
150キロ超え右腕。
全国レベルの怪物。
寛人が、
リモコンで映像を巻き戻す。
「ここ」
停止された映像。
牽制動作。
「牽制投げる時だけ、左肩からグローブが少し見える」
久保が目を細める。
「……マジだ」
志保も思わず画面へ顔を近づける。
本当に。
ほんの少しだけ、
グローブが肩から見えていた。
寛人は続ける。
「次」
ワインドアップ。
三田がカーブを投げる場面。
「カーブ投げる時だけ、気持ちグローブが頭の上通る」
久保が驚いた顔をする。
「いや分かるか、そんなの」
「慣れれば見える」
さらっと言う寛人。
さらに映像を進める。
「スライダーの時は、グローブの中でボールわしづかみにしてる」
「フォークは逆」
「他の球種よりグローブが少し開く」
志保が、
ぽかんとした顔になる。
「す、すごい……」
寛人は、
まだ止まらない。
「次、神薙」
俊足の一番打者。
画面では、
塁上でリードを取っている。
「こいつ、投手が一球目投げようとすると必ず擬走する」
「で、本当に走るのは三球目が多い」
久保が、
思わずノートを取る。
「あと、盗塁前」
映像停止。
神薙が、
両手をぶらぶらさせていた。
「クセだな」
「これ始めたらほぼ走る」
久保が、
感心したように笑う。
「スコアラーかよお前」
寛人は無視して続ける。
「あと流し打ちが得意」
「引っ張らせるより、内角で詰まらせた方がいい」
さらに。
「西郷」
画面には、
四番キャッチャー。
豪快なスイング。
一見、
典型的な長距離砲。
だが。
寛人は首を振った。
「違うな」
「こいつ、本質はアベレージヒッターだ」
「広角に打ち分けるタイプ」
映像が流れる。
逆方向。
センター返し。
引っ張り。
全部打っている。
「しかも外角に強い」
「下手に逃げると終わる」
久保が、
思わずため息を吐いた。
「四番でこれかよ……」
寛人はさらに言う。
「あとキャッチャーとしても強気」
「インコース攻めがかなり多い」
志保と久保は、
半ば呆然としていた。
まるで。
本当にプロのスコアラーが、
分析しているみたいだった。
久保が苦笑する。
「……なんでそんな見えるんだよ」
寛人は、
少しだけ目を逸らした。
「なんとなく」
もちろん嘘だった。
何年も。
プロで、
こういう世界にいた。
だが。
それは言えない。
しばらくして、
寛人が静かに言う。
「でも、全部教えても意味ない」
久保が顔を上げる。
「は?」
「混乱するだけだ」
寛人は、
三田の150キロストレート映像を見ながら言った。
「正直、来るって分かってても打てねぇよ」
久保が苦笑する。
確かにその通りだった。
「だから」
寛人は、
ホワイトボードへ向かう。
カッカッとペンを走らせる。
「それぞれ狙い球を絞る」
「低めはチーム全員捨てる」
「ボール球振らない」
「泥臭く球数投げさせる」
志保が、
少し驚いた顔になる。
「強い相手なのに……?」
寛人は、小さく笑った。
「強い相手だからだよ」
「綺麗に勝とうとしたら終わる」
そして。
ホワイトボードに、
打順を書き始める。
1 上田
2 久保
3 ――
久保が目を丸くした。
「オレ二番?」
寛人は頷く。
「上田は攻撃的に振れる」
「お前は得点圏打率チーム一位」
「二番最強打者型の方が点取れる」
さらに。
「八番板橋、九番オレ」
「これなら下位打線の後ろにクリーンナップ作れる」
久保が、
ホワイトボードを見る。
確かに。
嫌な並びだった。
寛人は続ける。
「昔は二番ってバント役だったけど」
「今のプロは違う」
「強い打者置いた方が効率いい」
久保が、
感心したように笑う。
「お前ほんと高校生じゃねぇな」
寛人は、
少しだけ苦笑した。
その後。
静かに言う。
「……たださ」
「これ、オレが言ったって言うと」
「監督も上田も納得しないかもしれない」
久保が、
少し眉を上げる。
「だから」
「久保、お前が発案したことにしてくれ」
数秒沈黙。
久保は、
小さく笑った。
「了解」
それだけだった。
でも。
その返事には、
確かな信頼があった。




