第25話 「勝てる形」
準決勝前日。
夕方。
白石家の自室。
白石寛人――虹原は、
ベッドに腰掛けながら左肘を押さえていた。
ズキズキとした痛み。
湿布の匂い。
窓の外では、
夏の終わりの蝉が鳴いている。
その時。
スマホが震えた。
画面には、
“久保”の文字。
「……はいよ」
『学校来れるか』
開口一番だった。
「は?」
『明日の相手、ちょっとヤバい』
『対策考えるから来い』
寛人は思わず苦笑する。
「監督かよ、お前」
すると電話の向こうで、
久保が少しだけ笑った。
『お前、試合見えてるからな』
『一緒に考えろ』
その言葉に。
寛人は、一瞬だけ黙る。
プロ時代。
そんな風に頼られたことは、
あまりなかった。
しばらくして。
「……しゃーねぇな」
小さく笑いながら、
寛人は立ち上がった。
学校。
視聴覚室。
薄暗い部屋。
モニターには、
次の対戦相手――城北高校の試合映像。
去年、一昨年と甲子園出場。
全国常連校。
ユニフォームからして、
もう強豪の空気をまとっていた。
先に来ていた久保が、
椅子に座ったまま振り返る。
「遅ぇ」
「ケガ人に優しくしろ」
「知らん」
久保がリモコンを操作する。
映像が流れ始めた、その時。
ガラッ。
扉が開く。
「失礼しまーす……」
入ってきたのは、
夏服のセーラー服姿の志保だった。
手には紙コップの飲み物。
「頼子さんが差し入れどうぞって」
「ありがとな」
久保が受け取る。
志保は、
寛人の隣へちょこんと座った。
そして自然に、
寛人の左肘へ視線がいく。
ほんの少し、
かばう仕草。
でも。
何も言わなかった。
久保が画面を指差す。
「まず一番」
映像に映るのは、
俊足の左打者。
鋭いスイング。
「神薙」
「足がクソ速い」
打った瞬間、
一塁を駆け抜ける。
内野安打。
盗塁。
さらに次の映像では、
三塁線への絶妙なセーフティバント。
寛人が、小さく呟く。
「いやらしいな」
「こいつ出したら終わるタイプだ」
久保が頷く。
「で、問題はこっち」
映像が切り替わる。
四番。
キャッチャー。
左打者。
どっしりした体格。
外角球を、
逆方向へ叩き込む。
打球音が、他と違った。
「西郷」
「プロも注目してるらしい」
寛人の表情が少し変わる。
フォーム。
スイング。
打球速度。
全部が高校生離れしていた。
「……バケモンじゃねぇか」
久保が苦笑する。
「だろ?」
さらに映像が進む。
マウンド。
城北のエース。
三田。
長身右腕。
豪快なフォーム。
ズドンッ!!
ミットが爆音を立てる。
表示速度。
151キロ。
続く球は大きなカーブ。
鋭いスライダー。
最後は落差の大きいフォーク。
志保が、
思わず小さく声を漏らした。
「……本当に強そうだね」
視聴覚室の空気が重くなる。
久保が天井を見ながら言う。
「どうすんだよ、これ」
寛人は、
腕を組みながら映像を見る。
何度も。
何度も。
三田のフォーム。
配球。
癖。
そして。
城北全体の空気。
しばらく沈黙。
やがて寛人が、ぽつりと言った。
「まともにやったら」
「コールド負けだな」
久保が思わず吹き出す。
「おい」
「いや、マジで」
寛人は真顔だった。
「実力差がありすぎる」
「真っ向勝負したら終わる」
久保が、少し真剣な顔になる。
「……じゃあどうする」
寛人は、
画面の三田を見つめながら小さく目を細めた。
そして。
「勝てる形に持っていくしかない」
静かな声だった。
でも。
その目だけは、
まだ諦めていなかった。




