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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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第24話 「内緒の一日」

三回戦の翌日。


 


 


駅前の小さな薬局。


 


 


白石寛人――虹原は、処方された袋を受け取っていた。


 


 


「先生の指示通り、痛みが強い時だけにしてくださいね」


 


 


薬剤師の言葉に、曖昧に頷く。


 


 


袋の中には、痛み止め。


 


 


左肘の熱は、まだ引いていなかった。


 


 


 


(……誤魔化すしかないか)


 


 


 


小さく息を吐く。


 


 


 


自動ドアが開く。


 


 


 


外へ出た、その瞬間だった。


 


 


 


「あれ?」


 


 


 


聞き慣れた声。


 


 


 


寛人の身体が、一瞬止まる。


 


 


 


振り向く。


 


 


 


そこには――志保がいた。


 


 


 


夏服のセーラー服。


 


 


 


赤いリボンが、風に揺れている。


 


 


 


「寛人?」


 


 


 


志保が、不思議そうに首を傾げた。


 


 


 


そして。


 


 


 


寛人の手にある薬袋を見る。


 


 


 


空気が止まる。


 


 


 


「……それ」


 


 


 


寛人は、反射的に袋を後ろへ隠した。


 


 


 


だが、遅い。


 


 


 


志保は、静かに目を細めた。


 


 


 


「痛み止め?」


 


 


 


図星だった。


 


 


 


寛人は、少しだけ視線を逸らす。


 


 


 


「……まぁ」


 


 


 


「肘?」


 


 


 


今度は誤魔化せない。


 


 


 


しばらく黙ったあと。


 


 


 


寛人は、小さく頷いた。


 


 


 


志保の表情が曇る。


 


 


 


「やっぱり無理してたんだ……」


 


 


 


責める声じゃない。


 


 


 


心配している声だった。


 


 


 


寛人は、苦笑する。


 


 


 


「誰にも言うなよ」


 


 


 


「特に久保とか上田には」


 


 


 


「面倒くせぇから」


 


 


 


志保は、少し考える。


 


 


 


それから。


 


 


 


「……いいよ」


 


 


 


小さく頷いた。


 


 


 


寛人が、少し安心したようにほっと息を吐く。


 


 


 


だが。


 


 


 


次の瞬間。


 


 


 


「その代わり」


 


 


 


「今日、一日付き合って」


 


 


 


「……は?」


 


 


 


寛人が固まる。


 


 


 


志保は、少しだけ悪戯っぽく笑った。


 


 


 


「内緒料」


 


 


 


 


数時間後。


 


 


 


寛人は、なぜかショッピングモールにいた。


 


 


 


「なんでこうなるんだよ……」


 


 


 


「いいから来る!」


 


 


 


志保に腕を引っ張られる。


 


 


 


店を回る。


 


 


 


服を見る志保。


 


 


 


雑貨を見る志保。


 


 


 


「これ可愛くない?」


 


 


 


「知らねぇよ」


 


 


 


「ちゃんと見てよー」


 


 


 


そんなやり取りをしながら。


 


 


 


寛人は、少しだけ不思議な気分になっていた。


 


 


 


(……なんなんだ、これ)


 


 


 


高校時代も。


 


 


 


大学も。


 


 


 


社会人も。


 


 


 


虹原の人生は、野球しかなかった。


 


 


 


朝から晩まで練習。


 


 


 


休日もトレーニング。


 


 


 


女の子と遊ぶ時間なんて、ほとんど無かった。


 


 


 


まして。


 


 


 


こんな風に。


 


 


 


ただ歩いて。


 


 


 


笑って。


 


 


 


のんびり時間を使うなんて。


 


 


 


一度もなかった。


 


 


 


志保が、カフェのメニューを見ながら振り返る。


 


 


 


「寛人、何飲む?」


 


 


 


寛人は、少し呆れたように笑った。


 


 


 


「……好きなの頼めよ」


 


 


 


「じゃあ半分こね」


 


 


 


「なんでだよ」


 


 


 


志保が、くすっと笑う。


 


 


 


その笑顔を見ながら。


 


 


 


寛人-虹原は、ふと思った。


 


 


 


(……白石寛人、ずるいな)


 


 


 


こんな幼なじみがいて。


 


 


 


頼子みたいな母親がいて。


 


 


 


仲間がいて。


 


 


 


こんな時間まである。


 


 


 


羨ましかった。


 


 


 


心の底から。


 


 


 


 


夕方。


 


 


 


二人は、近所の古い遊園地の観覧車に乗っていた。


 


 


 


窓の外。


 


 


 


街が、夕焼け色に染まっている。


 


 


 


静かな空間。


 


 


 


観覧車が、ゆっくり上がっていく。


 


 


 


しばらく景色を見ていた志保が、不意に言った。


 


 


 


「最近さ」


 


 


 


「ちょっと元気なかったでしょ」


 


 


 


寛人が、少しだけ目を動かす。


 


 


 


「……そうか?」


 


 


 


「うん」


 


 


 


志保は、小さく頷いた。


 


 


 


「なんか、ずっと一人で頑張ってる感じだった」


 


 


 


静かな声。


 


 


 


でも。


 


 


 


ちゃんと見ていた声だった。


 



「……使えねぇなって思ってるだけだ」


 



ぽつりと、言葉が落ちる。


 




「右には通用しない」



 



「出番も限られる」

 




 


言いながら、自分でも分かっていた。


 


 


それは“弱さ”じゃない。


 



“迷い”だ。


 



志保は、少しだけ考えるように目を細めた。


 




「でもさ」


 





志保は、ゆっくりと言った。


 


 



「出番がきたときに、ちゃんとできる人って」


 


 



「すごいと思うよ」


 



 


その言葉が、まっすぐに刺さる。


 


 



「ずっと出てる人より」


 



 


「ずっと難しいじゃん」


 



 

寛人は、何も言えなかった。


 


 



それは――


 


 



 


虹原として、ずっと感じていたことだったから。


 


 

 


 挿絵(By みてみん)


 


 





 


 


 


寛人は、窓の外を見る。


 


 


 


夕焼け。


 


 


 


遠くのグラウンド。


 


 


 


夏の空。


 


 


 


そして。


 


 


 


ぽつりと呟く。


 


 


 


「……俺、多分」


 


 


 


「今が、一番野球好きだ」


 


 


 


志保が、少し驚いた顔をする。


 


 


 


寛人は、小さく笑った。


 


 


 


「志保とか」


 


 


 


「野球部のみんなのおかげでさ」


 


 


 


「やっと、好きになれた気がする」


 


 


 


その言葉に。


 


 


 


志保は、しばらく何も言わなかった。


 


 


 


ただ。


 


 


 


少しだけ嬉しそうに笑う。


 


 


 


「そっか」


 


 


 


それだけ。


 


 


 


でも。


 


 


 


その声は、とても優しかった。


 


 


 


観覧車は。


 


 


 


静かな夕空へ、ゆっくり昇っていった。

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