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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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23/53

「代打攻勢」

八回裏。


ツーアウト、一塁。


上林監督が、ベンチの奥にいる寛人を見た。


「白石、行けるか」


寛人は、短く頷いた。


「無理に打とうとするな」


監督が念を押す。


「お前の仕事は、塁に出ることだ」


「はい」


代打・白石。


アナウンスが球場に響いた。


スタンドがざわつく。


バッターボックスへ向かう寛人を、板橋が驚いたように見つめていた。


(お前、肘……)


左肘の状態は、決してよくないはずだった。


それでも、寛人は何も言わない。


ただ、静かに打席に入った。


初球。


外角ストレート。


見送る。


「ボール!」


二球目。


低めの変化球。


際どいコースだったが、わずかに外れる。


「ボール!」


寛人は表情を変えない。


三球目。


インコース、ストレート。


バットを出す。


カットした打球がファウルグラウンドへ転がった。


四球目。


落ちる球。


思わずバットが出かける。


しかし、寛人は寸前で止めた。


「ボール!」


スリーボール、ワンストライク。


球場が静まり返る。


マウンドの投手が、セットポジションに入った。


五球目。


際どい外角。


寛人は、動かなかった。


「ボール!!」


フォアボール。


西北ベンチが沸いた。


寛人は小さく息を吐く。


(……なんとか、繋いだ)


一塁へ向かう。


その背中を見ながら、板橋がわずかに拳を握った。


そして。


上林監督が、次の名前を呼ぶ。


「代打、上田!」


ベンチの空気が変わった。


上田が、ゆっくりと立ち上がる。


挿絵(By みてみん)


まだ、右手にはテーピングが巻かれていた。


爪の状態も万全ではない。


それでも。


その目だけは、死んでいなかった。


「……打てるのか?」


久保が尋ねる。


上田は、不敵な笑みを浮かべた。


「知らねぇ」


そう言って、バットを肩に担ぐ。


そして、グラウンドに目を向けた。


マウンドの板橋。


肩で息をしながら、それでも必死に立ち続けている。


慣れない投手の役目を背負い、十一本ものヒットを浴びても、試合を壊さずに踏ん張ってきた男。


上田は、その姿をじっと見つめた。


(……あいつが、あそこまでやってんだ)


だったら。


「……打つしかねぇだろ」


小さく呟き、打席へ向かった。


初球。


ストライク。


上田は見送った。


二球目。


高めのストレート。


バットが空を切る。


「ストライク、ツー!」


追い込まれた。


城南ベンチが勢いづく。


「よし! そのまま押せ!」


「あと一球だ!」


しかし。


上田は、笑っていた。


(上等だ)


三球目。


投手が振りかぶる。


放たれたのは、内角へのストレート。


上田は、一歩も引かなかった。


踏み込む。


右手の痛みなど、今は考えない。


全身の力をバットに乗せる。


渾身のフルスイング。


――カキィン!!


乾いた快音が、球場に響き渡った。


打球は、鋭いライナーとなって右中間を破る。


「抜けたぁっ!!」


外野手が懸命に追う。


だが、追いつかない。


二塁走者の高島が、一気に三塁を蹴った。


ホームへ突入する。


「セーフ!!」


同点。


さらに、一塁走者の寛人も三塁を回る。


外野からの返球がホームへ返ってくる。


間に合わない。


「セーフ!!」


逆転。


上田は二塁へ滑り込んだ。


走者一掃の逆転二塁打。


西北ベンチが総立ちになる。


「うおおおおっ!!」


「逆転だぁっ!!」


仲間たちが飛び上がり、ベンチから身を乗り出す。


板橋は、呆然と打球の飛んでいった方向を見つめていた。


十一本ものヒットを浴びた。


五点も取られた。


それでも、必死に守ってきた試合だった。


その試合が、今、ひっくり返った。


上田は二塁ベースの上で、荒く息を吐いた。


痛む右手をかばいながら、顔を上げる。


そして、マウンドの板橋を見た。


「……よく投げてんじゃねぇか」


ぶっきらぼうな声だった。


板橋の目が、わずかに揺れた。


返す言葉が見つからない。


ただ、上田を見つめる。


その瞬間。


西北の歓声が、城南の応援をかき消した。


夏空を震わせるほどの大歓声。


ベンチから飛び出す仲間たち。


二塁上で、静かに息を整える上田。


そして、マウンドに立つ板橋。


その背中を見つめる寛人の表情にも、わずかな変化が浮かんでいた。

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