「繋いだ先」
八回表終了。
スコアボードには、5―4。
城南高校がリードしている。
板橋は、ここまで十一安打を浴びながらも、なんとかマウンドに立ち続けていた。
「何やってるんだ、お前ら!」
城南の監督の怒声がベンチに響く。
「相手は野手上がりだぞ!?」
「なんで打ち崩せないんだ!!」
ベンチが静まり返った。
スコアは、わずか一点差。
本来なら、とっくに試合を決めていてもおかしくない展開だった。
「変化球だって、大して曲がってない!」
「球も速くない!」
監督が苛立たしげにスコアブックを叩く。
「なのに、なんで詰まるんだ!」
「どうして打球が上がらない!!」
誰も答えられなかった。
実際、打席に立った選手たちも困惑していた。
球速はない。
変化球も、目を見張るほどの切れはない。
それなのに、どうしてもタイミングが合わない。
打ちにいけば、芯を外される。
強く振り抜いたはずの打球が、内野の頭を越えない。
そして、勝負どころでは決まって凡打に終わる。
まるで、自分たちの打撃を見透かされているかのようだった。
「くそっ……!」
城南の四番、志村が悔しそうに吐き捨てた。
その頃。
反対側のベンチでは、板橋が肩で息をしながらスポーツドリンクを飲んでいた。
ユニフォームは土だらけ。
帽子のつばから、汗がぽたりと落ちる。
「……っはぁ……」
息を整えようとしても、なかなか呼吸が落ち着かない。
八回を投げて、五失点。
被安打十一。
決して、褒められた投球内容ではない。
それでも――
試合は、まだ壊れていなかった。
「ナイスピッチ!」
「よく踏ん張ってるぞ!」
チームメイトから声が飛ぶ。
板橋は、苦笑いを浮かべた。
「五点も取られてるんだぞ、俺」
「それでも、まだ一点差だろ」
久保がミットを軽くぶつけた。
「お前が踏ん張ってるから、俺たちも勝負できてるんだ」
「……そっか」
板橋は短く答えた。
いつものように冗談を返す余裕は、もうなかった。
それでも、その表情には、ほんの少しだけ救われたような色が浮かんでいた。
ベンチの奥。
寛人は、そんな二人のやり取りを静かに見つめていた。
左肘には、まだ重い痛みが残っている。
今、無理に投げれば、取り返しのつかないことになるかもしれない。
それは、自分でもわかっていた。
けれど――
(……なんとか、繋いでくれてる)
寛人は、マウンドの板橋に目を向けた。
普段はおちゃらけてばかりの男。
ふざけて、笑って、周りを和ませる男。
その板橋が今、足を震わせながらも、必死にマウンドを守っている。
十一本ものヒットを浴びても。
五点を失っても。
決して、試合を投げ出さなかった。
(だったら――)
寛人は、ゆっくりと立ち上がった。




