「乱打戦」
三回戦。
西北高校は、思わぬ形で板橋をマウンドに送ることになった。
本来なら、上田か寛人が投げるはずだった。
しかし、二人ともケガを抱えている。
今、チームを託せるのは板橋しかいなかった。
一回表。
板橋はいきなり、先頭打者にホームランを浴びた。
それでも、崩れなかった。
その後も走者を背負い、苦しい投球が続く。
だが、守備陣が板橋を支えた。
最後は、トリプルプレー。
三つのアウトを一気に奪い、城南の攻撃を終わらせた。
「よっしゃあ!」
西北ベンチが沸き立つ。
板橋は大きく息を吐き、帽子のつばを直した。
(……まだ、いける)
その裏。
西北もすぐに反撃した。
四球で出塁したランナーをバントで進め、得点のチャンスを作る。
そして――。
久保の打球が外野を抜けた。
タイムリーヒット。
二塁走者がホームへ還る。
同点。
「よしっ!」
ベンチから歓声が上がった。
由希も思わず立ち上がる。
「やった……!」
試合は、初回から激しく動いていた。
二回表。
板橋は先頭打者に長打を許した。
さらに、続く打者にも長打を浴びる。
城南に勝ち越しを許した。
後続を何とか抑え、ベンチへ戻った板橋は、荒い息を整えながら腰を下ろした。
久保が、静かに声をかける。
「板橋。一回一失点なら大丈夫だ」
「……そうかよ」
「まだ試合は始まったばかりだ」
板橋は何も言わず、小さく頷いた。
三回表。
再びマウンドへ向かう。
先頭打者。
内野フライ。
続く打者も、内野フライ。
そして三人目。
またしても、内野フライだった。
三者凡退。
三人とも、マッスラで打ち取った。
「よしっ!」
板橋はグラブを叩いた。
ベンチでは、上田と寛人が声を張り上げていた。
「ナイスピッチ!」
「板橋、いいぞ!」
板橋は軽く手を上げて応える。
だが、声援を送る二人の表情には、どこか苦しさがにじんでいた。
本来なら、自分たちが投げるはずだった。
板橋に負担をかけている。
その悔しさは、声を張り上げるたびに胸の奥へ重く沈んでいった。
試合は、その後も動き続けた。
西北が点を取れば、城南も取り返す。
城南が勝ち越せば、西北もすぐに追いつく。
一点を争う、シーソーゲーム。
板橋は、マウンドで粘り続けた。
そして、西北の攻撃。
今度は、板橋自身が打席に立つ。
「板橋、頼むぞ!」
上田の声が飛んだ。
板橋はバットを握り直す。
相手投手の球を見据え、思い切り振り抜いた。
鋭い打球が三遊間を抜けていく。
タイムリーヒット。
「おおおっ!」
ベンチが沸いた。
板橋は一塁へ向かって走る。
そして――ヘッドスライディング。
土煙を上げてベースに滑り込むと、一塁上で拳を握った。
「……俺だって、やれるんだよ」
その声は、誰かに聞かせるためというより、自分自身に言い聞かせるようだった。
投げるだけじゃない。
打つことだって、チームの力になれる。
板橋は、もう一度だけ拳を握りしめた。
試合は、そのままシーソーゲームとなった。
気がつけば、六回表。
スコアは五対四。
城南が、わずか一点をリードしていた。
予想以上の好投を続ける板橋。
だが、その疲労は明らかだった。
ベンチへ戻るたび、肩で大きく息をする。
汗を吸ったユニフォームは、ずっしりと重くなっていた。
それでも由希は、毎回、板橋のもとへ駆け寄った。
「板橋先輩、ナイスファイト!」
そう言って、ドリンクを差し出す。
「……ありがと」
板橋は受け取り、一口飲んだ。
「まだ、いけます!」
由希は笑顔で言った。
その声は、いつもと変わらなかった。
けれど、ドリンクを差し出す手は、板橋の疲れを気遣うようにそっと伸びていた。
板橋は一瞬、彼女の顔を見つめた。
無理をしていることくらい、由希にも分かっているはずだ。
それでも、彼女は「もう無理ですか」とは聞かない。
ただ、信じてくれている。
そのことが、嬉しかった。
「……ああ。まだいける」
板橋は立ち上がり、帽子のつばを直した。
次の回。
また、マウンドへ向かう。
由希も、ドリンクを手にベンチから見送った。
「板橋先輩、頑張ってください!」
その声に、板橋は片手を上げて応えた。
回を重ねるたび、板橋の返事は短くなっていった。
「……ああ」
それだけ答えるのが精いっぱいの時もあった。
それでも、マウンドを降りようとはしなかった。
ベンチでは、上田と寛人が声を送り続けている。
「板橋、頑張れ!」
「頼むぞ!」
板橋は二人の声を背中に受け、帽子のつばを直した。
そして、再びマウンドへ向かう。
足取りは、少しずつ重くなっていた。
腕にも、肩にも、疲労が蓄積している。
それでも、板橋は前を向く。
この試合を、最後まで投げ抜く。
その気持ちだけは、まだ消えていなかった。
省略してしまった試合展開を補足しました!




