↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/53

「祈り」

三回戦。


初回。


マウンドには、板橋。


夏空の下。


その姿は、いつもより少しだけ小さく見えた。


(とにかく落ち着け……)


グラブの中で、指先が汗ばむ。


捕手の久保がミットを構えた。


まずは一人。


それだけでいい。


板橋は、大きく息を吸った。


第一球。


投げる。


――カキィン!!


乾いた音が、球場に響いた。


打球は高い。


嫌な角度だった。


レフトの高島が下がる。


下がる。


だが――


届かない。


打球は、そのままスタンドへ飛び込んだ。


先頭打者ホームラン。


城南高校の応援席が、一気に沸き立つ。


「うおおおっ!!」


「なんだあのピッチャー!」


「なめてんのか!?」


猛烈な野次が飛んだ。


板橋の体が、一瞬硬直する。


(……最悪だ)


久保が、すぐにマウンドへ駆け寄った。


「気にすんな!」


「打たれたら俺の責任だ!」


力強い声。


だが、板橋の呼吸はまだ浅かった。


次の打者。


ストライクが入らない。


ボール。


また、ボール。


腕が縮こまっていく。


「フォアボール!」


スタンドがざわついた。


さらに次の打者。


今度は、明らかな高め。


ミットが遠い。


また、四球。


一死も取れないまま、ランナーは一、二塁。


板橋は俯いた。


(無理だ……)


(やっぱり俺じゃ――)


その時だった。


ふと、視線がベンチへ向いた。


そこに――由希がいた。


何も言わない。


騒ぎ立てることもない。


ただ、真っ直ぐに板橋を見つめていた。


挿絵(By みてみん)


その表情は、いつもと少し違っていた。


不安がないわけではない。


きっと、心配している。


それでも、由希は目を逸らさなかった。


その瞳の奥には、祈るような願いがあった。


――大丈夫です。


そう言葉にする代わりに、ただ見つめている。


板橋は、しばらくその目を見返した。


(……なんだよ)


胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。


情けないところなんて、見せたくなかった。


格好悪いところだって、本当は見られたくなかった。


それなのに。


由希が見ていてくれることが、なぜか嬉しかった。


(……しょうがねぇな)


苦笑しそうになる。


張り詰めていた呼吸が、少しだけ落ち着いた。


久保がマウンドに戻ってくる。


「板橋」


「一回、好きに投げろ」


板橋が顔を上げた。


好きに。


その言葉で、ふと思い出す。


リトル時代。


遊び半分で投げていた球。


握りだけを変えた、変化球とも呼べない中途半端な球。


コーチには、遊び球だと笑われた。


それでも。


なぜか、打ちづらいと言われた球だった。


(……やってみるか)


板橋はボールを少し深く握り直した。


久保のサインは、外角低め。


投げる。


今度は、思い切り腕を振った。


――シュッ。


四番打者、志村がタイミングを外される。


カキン!


打球は、板橋の正面へ鋭く飛んだ。


板橋が反射的にグラブを差し出す。


――パシッ!


ライナーを捕球。


一死。


しかし、走者たちはスタートを切っていた。


板橋はすぐに二塁へ送球する。


戻りきれなかった二塁走者がアウト。


さらに一塁へ。


飛び出していた一塁走者も、戻れない。


アウト!!


トリプルプレー。


球場が、一瞬静まり返った。


次の瞬間。


西北ベンチが爆発した。


「うおおおおっ!!」


久保が、思わず叫ぶ。


板橋自身も、信じられないという顔で立ち尽くしていた。


城南ベンチがざわつく。


「なんだ今の球……!?」


「たいして曲がってねぇのに……」


板橋は、自分の手を見つめた。


今の球。


スライダーのような握り。


けれど、ほとんど曲がらない。


ただ、妙に打者の芯を外す。


久保が、ニヤッと笑った。


「変な球だな」


板橋は、小さく笑う。


「マッスラってやつ」


「昔、コーチに遊び球って言われた」


久保は板橋の肩を叩いた。


「最高の遊び球だよ」


板橋は、ふっとベンチを見た。


由希が――


今度は、小さく拍手していた。


大きな声を出すわけでもなく、誰よりも目立つわけでもない。


ただ、ほっとしたように微笑んでいる。


その笑顔を見た瞬間、板橋の胸が、また少しだけ熱くなった。


さっきまで、あんなに怖かったマウンド。


それでも今は、もう一度投げてみたいと思えた。


板橋は、由希から視線を戻す。


そして、初めて少しだけ笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。