第17話 「信じている目」
三回戦。
初回。
マウンドには、板橋。
夏空の下。
その姿は、いつもより少しだけ小さく見えた。
(落ち着け……)
グラブの中で、指先が汗ばむ。
捕手・久保がミットを構える。
まずは一人。
それだけだった。
板橋が、大きく息を吸う。
第一球。
投げる。
――カキィン!!
乾いた音が、球場に響く。
打球は、高い。
嫌な角度。
レフトが、下がる。
下がる。
でも――
届かない。
そのまま、スタンドへ。
先頭打者ホームラン。
城南高校の応援席が、一気に沸く。
「うおおおっ!!」
「なんだあのピッチャー!」
「なめてんのか!?」
野次が飛ぶ。
板橋の体が、一瞬硬直した。
(……最悪だ)
久保が、すぐにマウンドへ走る。
「気にすんな!」
「打たれたら俺の責任だ!」
強い声。
だが。
板橋の呼吸は、まだ浅い。
次の打者。
ストライクが入らない。
ボール。
また、ボール。
腕が縮こまる。
「フォアボール!」
ざわつくスタンド。
さらに次。
今度は明らかな高め。
ミットが遠い。
また、四球。
一死も取れず。
ランナー、一・二塁。
板橋が、俯く。
(無理だ……)
(やっぱり俺じゃ――)
その時だった。
ふと。
視線が、ベンチへ向く。
そこに――由希がいた。
何も言わない。
騒がない。
ただ。
真っ直ぐに、板橋を見ていた。
不安そうでもない。
怯えてもいない。
ただ。
「大丈夫です」
そう言っているみたいな目。
板橋の呼吸が、少しだけ戻る。
(……なんだよ、その顔)
苦笑しそうになる。
でも。
不思議と。
さっきまでより、腕が軽かった。
久保が戻ってくる。
「板橋」
「一回、好きに投げろ」
板橋が、顔を上げる。
好きに。
その言葉で、ふと思い出す。
リトル時代。
遊び半分で投げていた球。
握りだけ変えて。
変化もしない、中途半端な球。
でも。
なぜか、打ちづらかった。
(……やってみるか)
板橋が、少し深く握り直す。
久保のサインは、外角低め。
投げる。
腕を振る。
――シュッ。
打者が、タイミングを外される。
カキン。
詰まった打球。
サード前。
板橋が、自分で捕る。
三塁。
踏む。
二塁へ送る。
さらに一塁――
アウト!!
トリプルプレー。
球場が、一瞬静まり返る。
次の瞬間。
西北ベンチが爆発した。
「うおおおおっ!!」
久保が、思わず叫ぶ。
板橋自身も、信じられない顔。
城南ベンチがざわつく。
「なんだ今の球……!?」
「曲がってねぇのに……」
板橋は、自分の手を見る。
今の球。
スライダーみたいな握り。
でも。
ほとんど曲がらない。
ただ。
妙に打者の芯を外す。
久保が、ニヤッと笑う。
「変な球だな」
板橋が、小さく笑った。
「マッスラってやつ」
「昔、コーチに遊び球って言われた」
久保が、肩を叩く。
「最高の遊び球だよ」
板橋は、ふっとベンチを見る。
由希が――
今度は、小さく拍手していた。
その姿を見て。
板橋は、初めて少しだけ笑った。




