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「リリーフ〜春風」  作者: わたぬきたぬき


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13/53

「シンカー」

六回表。


投げられなくなった上田に代わり、寛人がマウンドに上がった。


左バッターが続き、何とか無失点に抑える。


七回途中。


その表情には、余裕がなかった。


「くそ……っ」


変化球が、ことごとく右打者に合わされる。


――カキン!


また打たれた。


外したはずのコース。


それなのに、バットが出てくる。


(読まれてる……?)


いや、違う。


(この体じゃ、キレが足りない……)


頭では分かっている。


どこへ投げれば打者が嫌がるのか。

どう組み立てれば、次の球を振らせられるのか。


プロで培った経験は、失われていない。


それでも、体がついてこない。


かつての自分なら、打者の手元で鋭く変化していた球。


今は、わずかに甘くなる。


そのわずかな差を、打者は見逃してくれなかった。


「白石!」


久保の声が飛ぶ。


サインは、外角低めのスライダー。


だが――。


寛人は首を振った。


一度。


二度。


久保が目を見開く。


(まさか……)


寛人は、ゆっくりと頷いた。


(使うのか……今、ここで)


バッテリーミーティングで、候補には挙がっていた球。


だが、実戦では使えないと判断していた。


理由は単純だった。


今の体には、負担が大きすぎる。


そして――。


制御できなければ、ただの暴投になる。


(でも……)


ランナー三塁。


一点もやれない。


このまま打たれ続けるわけにはいかなかった。


(ここで止める)


寛人はセットポジションに入った。


深く息を吸う。


そして――腕を振った。


――シンカー。


ボールが、打者の手元で鋭く沈む。


バットが空を切った。


パシッ!


久保のミットに、ボールが収まる。


「ストライク!」


球場がざわついた。


打者が、戸惑いを浮かべる。


寛人は表情を変えず、久保のサインを待った。


次の一球。


同じ腕の振りから、再び沈む球。


――カンッ!


打球は内野へ転がった。


ショートが捕球し、一塁へ送球。


アウト。


チェンジ。


なんとか、相手の流れを食い止めた。


*


マウンドを降りた瞬間。


寛人の顔が歪んだ。


「……っ」


左肘に、違和感が走る。


鈍い痛みが、じわりと残っていた。


(やりすぎたか……)


思わず、左肘を押さえる。


無理をした自覚はあった。


今の体で、あの球を投げ続けることはできない。


それでも――。


(止められた)


相手の流れを、なんとか断ち切った。


今は、それでいい。


寛人は小さく息を吐き、ベンチへ戻った。


*


九回裏。


西北高校、最後の攻撃。


二死。


ランナーは一塁。


一打が出れば、サヨナラのチャンスにつながる。


打席には、寛人。


(……打てるわけねぇだろ)


心の中で苦笑した。


プロ時代は、リリーフ専門。


打席に立つ機会なんて、高校時代以来、ほとんどなかった。


投げることなら、いくらでも考えられる。


だが、打つとなると話は別だ。


(それでも――)


寛人はベンチを見た。


仲間たちが、こちらを見つめている。


誰も諦めていない。


自分の打席を信じて、声を送ってくれている。


(繋ぐだけだ)


バットを構える。


初球。


外角ストレート。


――カット!


ファウル。


二球目。


低めの変化球。


――カット!


またファウル。


三球目。


ボール気味の球。


それでも、バットを当てる。


――カット!


再びファウル。


観客がざわついた。


「……粘るな」


汗が頬を伝い、地面に落ちる。


左肘が、うずいた。


(関係ねぇ)


今は、目の前の一球だけだ。


次の球。


わずかに外れる。


寛人は、バットを出さなかった。


「ボール!」


フルカウント。


あと一球。


投手が、息を整える。


そして、投げた。


際どいコース。


寛人は、じっと見送った。


――ボール!


「フォアボール!」


出塁。


寛人は一塁へ向かいながら、小さく息を吐いた。


(……繋いだ)


それだけでよかった。


ベンチが沸く。


二死、一・二塁。


そして――。


打席には、板橋。


板橋は静かにバットを構えた。


余計な力は入っていない。


ただ、投手を真っすぐに見据えていた。


初球。


相手投手が投げ込む。


板橋は、思い切りバットを振り抜いた。


――カキィン!


打球は三遊間を鋭く抜け、左前へ転がっていく。


二塁走者が、迷わず三塁を蹴った。


ホームへ。


左翼手がボールを拾い、返球する。


だが――間に合わない。


サヨナラ。


歓声が、球場を揺らした。


「うおおおおっ!」


ベンチから選手たちが飛び出す。


板橋は拳を握りしめた。


寛人は二塁付近で、しばらく立ち尽くしていた。


左肘には、まだ違和感が残っている。


それでも。


その顔には、少しだけ笑みが浮かんでいた。


「……なんとかなったな」


呟いた声は、歓声にかき消された。


仲間たちが、次々と板橋のもとへ駆け寄っていく。


寛人も、その輪に加わろうと歩き出した。


勝った。


みんなで、繋いで勝った。


今は、それを喜べばいい。


――だが。


左肘に残る鈍い痛みだけは、確かにそこにあった。

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