第7話 仲間を求めて -3
「……ふぅ。詠唱、通ったわ」
リーシャが長杖を下ろし、大きく息を吐いた。
「悪くないわね。ううん、訂正するわ。大したもんだった」
「試したな?」
「あら、バレてた?」
悪びれもせず、リーシャは肩をすくめた。
「悪いとは思ってるわよ。でもね、アタシにとっては一番聞きたいことだったの。このタンクにアタシの詠唱を預けられるかどうか。口で聞いても意味ないでしょ」
「それで、MPを全部か。安い賭けじゃないだろ」
「もちろん安くないわよ。半分以上持っていかれたもの」
そう言って笑う彼女の目から、品定めの色は消えていた。
「え……? え、待ってください、今の、わざとだったんですか!?」
ようやく事態を飲み込んだミナが、素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ」
「危ないじゃないですかっ! 三体も湧いたんですよ!?」
「だから面白かったんじゃない」
けろりと言い放つリーシャに、ミナが「もう……」と眉を下げた。
その様子を眺めながら、俺は右手を握って開く。
指先の感覚が、まだ半拍分だけ遅かった。
「ジンさん」
ミナが静かに隣へ立った。
「さっきの回避、いつもより遅かったです」
「……気づいてたか」
「気づきますよ、あれだけ見てれば」
責めるでもなく、ただ事実を置くような言い方だった。
「脳疲労、ですよね」
「ああ。ここの熱と、避け続けたのが効いた。……珍しくもない話だ」
「じゃあ、次からは早めに言ってください」
ミナは俺の顔を覗き込んで、少しだけ困ったように笑った。
「言ってくれれば、その分だけ先に置いておけますから」
返す言葉が、すぐには見つからなかった。
ふと視線を感じて顔を上げると、リーシャがこちらをじっと見ている。
さっきまでとは、明らかに種類の違う目だった。
「……ミナ。あんた、いつからそんなに見えるようになったの」
「え? え、えっと……最近です、たぶん」
「たぶん、じゃないわよ」
リーシャは呆れたように、けれどどこか嬉しそうに息を吐いた。
試されていたのは俺のはずだった。
蓋を開けてみれば、一番驚かれているのはミナの方だ。
「さて」
リーシャが長杖を担ぎ直し、洞窟の奥へ視線を向けた。
その先から、地鳴りのような低い音が這うように響いてくる。
「言っておくけど、アタシのMP、半分切ってるわよ」
「……今の一発でか」
「そりゃそうでしょ。切り札なんだから」
しれっと言ってのける彼女の横で、ミナが引きつった笑みを浮かべた。
「あの、リーシャ? この先って、ボス部屋ですよね?」
「ええ」
「MP、半分ですよね?」
「ええ」
「……戻りませんか?」
「戻るわけないでしょ」
リーシャはにやりと笑い、俺を振り返った。
「ねぇジンさん。さっきの、もう一回やってくれる?」
ボス部屋の扉は、岩そのものを刳り抜いたような無骨な造りだった。
押し開けると、熱気が塊になって顔面に叩きつけられる。
「うっ……さっきまでとは比べ物になりませんね……」
ミナが顔をしかめた。
ホールの中央は一面が溶岩溜まりになっていて、その中心が、ゆっくりと盛り上がっていく。
どろりとした赤黒い粘体が持ち上がり、人の背丈の三倍ほどの塊になった。
『ラヴァ・スライム』。
表面で絶えず溶岩が波打ち、その奥に、白熱した球体が透けて見える。
「ミナ。あれが核だ」
俺は粘体の奥で白熱している球体を指した。
「ラヴァ・スライムは本体をいくら削っても意味がない。斬れば斬っただけ分裂して、手数が増えるだけだ。核を潰さない限り終わらない」
「じゃあ、あそこを狙えば……」
「溶けてる間は物理が通らない。まずは冷やして固める。話はそれからだ」
「あら。ちゃんとわかってるじゃない」
「何度か踏破してるからな。野良でだが」
今回、俺の仕事は削ることじゃない。
こいつらが仕事をするまで、時間を作る。それだけだ。
「リーシャ。MPは」
「半分。ううん、四割ってところね」
「ノヴァは」
「リキャスト中。あと数分は撃てないわ」
あっさりと言ってのける。
「じゃあ低位で回収しながらやるしかないな」
「その通り。だから、しばらく殴らせてもらうわよ」
エレメンタリストの低位魔法は、当てればMPが戻る。
ただし回収量はダメージ次第だ。
属性を外せば火力も出ず、MPも戻らない。
溶岩の塊が相手なら、選ぶ属性は一つしかなかった。
「ミナ。あんたのMPは?」
「七割くらいです」
「回復と攻撃、両方は保たないわよ」
「……わかってます」
ミナが聖杖を握り直した。
その横顔に、迷いの色はなかった。
「ジンさんが避けてくれるなら、私は攻撃に回します。避けられなくなったら回復に戻ります」
「あら」
リーシャが片眉を上げる。
「ずいぶん割り切るじゃない」
「割り切ってるんじゃなくて、そのほうが早く終わるんです」
ミナはさらりと言った。
本人は当たり前のことを言ったつもりらしい。
だがそれは、回避タンクを前提に組んだ、極めて攻めた判断だった。
「……いい度胸してるわね、ほんと」
リーシャが呆れたように、けれど楽しそうに笑った。
「じゃ、始めましょうか。ジンさん、頼むわよ」
「ああ」
俺は前へ出て、シリンダーカリバーを構えた。
装填、六発。
ラヴァ・スライムが、こちらへ向けて溶岩の波を押し出してくる。
ドォンッ!
爆鳴がホール全体に反響した。
粘体の表面が波打ち、透けて見える核が、ぐるりと俺の方を向く。
爆音は聞こえていないはずの相手にも通る。
音そのものというより、その衝撃がヘイトを引きずり出しているのだろう。
「アイギス!」
淡い光が身体を包む。
直後、溶岩の飛沫が扇状に撒き散らされた。
「――っと」
トリガーを引き、爆風で真横へ跳ぶ。
着地した石床に、遅れて赤い飛沫が突き刺さって煙を上げた。
残り四発。
「【アイスニードル】」
リーシャの声と共に、蒼い針が幾条も走った。
粘体に突き刺さり、当たった箇所が白く曇る。
派手さはない。だが確実に削れていた。
「戻ってきてる。悪くないわね」
彼女が低位魔法を撃つたび、削ったぶんだけMPが戻る。
本来なら、これを雑魚戦でこつこつ積み上げておくものだ。
それを一戦分まるごと前借りして俺に賭けたのだから、この女もなかなかに酔狂だと思う。
ラヴァ・スライムが大きく身を捩り、その巨体の一部を千切って投げつけてきた。
落ちた粘体が、そのまま人の背丈ほどのスライムに変わる。
「分裂した! 三体です!」
ミナの報告。
「本体から離れた分は雑魚だ。だが数が増えると面倒でな」
「まとめて引き受ける、でしょ?」
「話が早いな」
ドォンッ! ドォンッ!
二発。
爆音で三体の意識を根こそぎ奪い、本体との間に割り込んだ。
残り二発。
「グレアム!」
光弾が飛び、分裂体の一つを撃ち抜く。
ミナは回復を撃たなかった。
俺のHPがまだ削れていないからだ。
削れていない以上、彼女のMPは攻撃に使うほうが正しい。
わかってる。
理屈ではわかっている。
だが、それをこの短期間で当たり前のようにやってのけるヒーラーが、俺の背中にいるという事実には、まだ少し慣れなかった。




