第6話 仲間を求めて -2
リーシャはグラスの縁を指でなぞりながら、続けて口を開いた。
「場所は、ここから近い『熔岩洞窟』でどう? レベル的にも丁度いいフリーダンジョンで、アタシの魔法も役に立つ」
「たしか、ボスは『ラヴァ・スライム』だったか。わかった、そこに行こう」
「へぇ、即答ね。頼もしいじゃない」
「一ヶ月も同じ場所を回ってれば飽きる」
「あら。ミナと出会ってもう一ヶ月なの?」
「そうなるな」
リーシャは満足そうに笑った。
フリーダンジョンはレベルシンクが掛かる。古参だろうと適正値まで落とされる。
おかげで俺がミナと並んで狩りができるわけだ。
「……リーシャ、そんなに難しい場所なの?」
「大丈夫よ、ミナ。アタシとジンさんがいれば問題ないわ」
ミナは少し不安そうだったが、俺とリーシャを見て頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
リーシャが立ち上がり、俺たちも続く。
店を出て、俺たちは転送ゲートへと向かった。
『熔岩洞窟』を選択し、転送開始。
光に包まれた視界が切り替わる。
『熔岩洞窟』。
流れる溶岩が洞窟全体を赤く照らしている。
実際に体温が上がるわけじゃない。それでも暑い。
この熱気が脳を削ってくるから、ここは長居できない場所だった。
「うわ……暑い……」
ミナが額の汗を拭う仕草をした。
「ここの環境エフェクトはキツイのよね。でも、慣れれば大丈夫」
リーシャはそう言いながら、長杖を構えた。
「じゃあ、さっそく行くわよ!ジンさん、前衛お願い」
「ああ、任せろ」
俺はシリンダーカリバーを抜き、前へと進む。
洞窟の奥から、灼熱の気配と共に敵が現れた。
『マグマ・リザード』。
溶岩の中を泳ぐように移動する中型モンスターだ。
「来るぞ!」
俺が叫ぶと同時に、リーシャが詠唱を開始した。
長杖の先端に、蒼白い光が凝り始める。
「詠唱を始めるわ!……二十五秒」
思わず振り返りそうになった。
二十五秒。高位魔法だ。
中型のトカゲ一匹に、それはない。
普通なら低位魔法で削って、ついでにMPを回収しておく場面だ。
詠唱中、エレメンタリストは動けない。
中断されればMPは戻らない。
「……なるほどな」
口の端が上がった。
試されているらしい。
厄介なのは、俺が下がれないことだった。
この位置を離れれば、敵はまっすぐリーシャへ向かう。
爆風で跳ね回って避けるのが俺のやり方だ。それを封じてきた。
「ジンさん、来ます!」
ミナの声が飛んだ。
こいつだけが何も気づかず、ただ純粋にこの場を切り抜けようとしている。
「わかってる」
俺はシリンダーカリバーを構え、腰を落とした。
装填は六発。手数はそれだけだ。
マグマ・リザードが溶岩の川を滑るように跳んだ。
「こっちだ、トカゲ野郎!」
トリガーを引き絞る。
ドォンッ!
爆鳴が岩壁に反響し、何倍にも増幅されて響き渡る。
リザードの頭が跳ね上がり、その眼球がぐるりと俺を捉えた。
盾がなくてもタンクが張れる理由がこれだ。
残り五発。
爆発の反動で身体を横へ流し、すれ違いざまに胴を斬りつけた。
硬い。溶岩を纏った表皮が、刃の勢いを殺す。
「アイギス!」
淡い光が身体を包んだ。
接敵する前に、既に置かれている。
同時に、溶岩の川がもう二箇所、盛り上がった。
「増えた……! 二体、いえ三体です!」
「上等だ」
三体。この位置から一歩も動かずに、全部受ける。
残弾は五。詠唱終了まで、およそ二十秒。
ドォンッ! ドォンッ!
二発を続けて撃ち、爆風で身体を滑らせながら三体の間へ割り込む。
爆音が三方向から意識を引き剥がし、狙いどおり三対の目が俺だけを見た。
残り三発。
尾の一撃を屈んで躱し、噛みつきを半歩の踏み込みで外す。
ここは弾を使わない。取っておく。
「……3……2……1」
三体目の突進に合わせてカウントを刻む。
このリズムだけは、五年かけて身体に刻み込んできたものだった。
そのはずだった。
「――っ」
半拍。
たったそれだけ、踏み込みが遅れた。
視界の端がわずかに滲み、こめかみの奥に鈍い重さが沈む。
脳疲労だ。
何度も味わってきた感覚だから、間違えようがない。
熱気と、連続するジャスト回避。
シンクロ・リンクは身体だけでなく、脳そのものを削っていく。
普段なら、どうということはない。
爆風で距離を取って一呼吸置けば、それで抜ける。
だが今は下がれない。
避け続ける以外の選択肢がない状態で、この症状はやたらと重かった。
爪先が地面を掠め、リザードの牙が肩口を抉る。
HPバーが削れた。致命傷ではない。だが、確実にズレた。
「ジンさんっ!」
ミナの声。
だが、その声に悲鳴の色はなかった。
「セフィラ!」
緑の光が身体を包み、削れたHPが少しずつ戻り始める。
悪くない判断だ、と思った瞬間には、彼女はもう次を口にしていた。
「グレアム!」
光弾が飛ぶ。
狙ったのは、俺に噛みついた個体ではない。
背後から回り込もうとしていた三体目の側頭部だった。
リザードが怯み、その動きが一瞬止まる。
その一瞬で、俺はシリンダーを弾き出した。
「――リロード」
空薬莢が三つ、赤い岩肌に転がって甲高い音を立てる。
残弾ゼロは最大の隙だ。普段なら距離を取ってからやる。
その隙を、こいつは撃たれる前に潰していた。
再装填、完了。六発。
「ミナ」
「はい!」
「……よく気づいたな。今の遅れ」
「見てないと、間に合わないので!」
即答だった。
こいつが俺の動きを読むのは知っている。要塞で嫌というほど思い知らされた。
だがあれは、何度も一緒に潜った場所での話だ。
初めての洞窟で、初めて組む相手がいて、三体に囲まれている。
それでもこいつは、間に合わせてくる。
……底が見えないな。
「あと五秒!」
リーシャの声が背中越しに届いた。
長杖の先の蒼光が、洞窟の赤を押し返すほどに膨れ上がっている。
炎じゃない。溶岩に炎を撃つ馬鹿はいない。
「三、二――」
三体が同時に体勢を低くする。
一斉に来る。全部を捌ける形じゃない。
なら、捌かなくていい。
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
三発を続けざまに撃ち込み、爆風で三体の正面へ強引に割り込む。
狙いはダメージじゃない。
爆音で意識を縛り、リーシャから一秒引き剥がすことだ。
それだけできれば十分だった。
「――【グレイシャル・ノヴァ】ッ!」
背後で、空気が凍った。
蒼白い奔流が俺の頭上を越えて走り抜け、溶岩の川がその表面から音もなく白く濁っていく。
熱を根こそぎ奪われたマグマ・リザードの表皮に、無数の亀裂が走った。
パキン、と。
硝子細工が割れるような静かな音を最後に、三体は光の粒子となって砕け散る。
赤一色だった洞窟が一瞬だけ白い霜に覆われ、やがてゆっくりと溶けていった。
転職していろいろ忙しくてな




