第23話 Borderless -1
『【AR】レイド固定・野良募集スレ Part117』
スマホの画面を、親指で流していく。
十二月に入ってから、このスレの流れが異常に速い。
半年ぶりのレイド実装だ。誰もが八人を揃えようとしている。
『@2募集 タンク1ヒラ1 ヴォイド優先 初日から回せる方』
『固定合流希望 うちは4(ガーディアン/オラクル/ウォーリアー/アーチャー)』
『【急募】MTできる方! 経験問わず! こちら7人揃ってます』
読むともなく読んでいた。
風呂上がりの髪も乾かさずに、ソファに沈んで画面を見ている。
明日も仕事だから寝たほうがいいのは、わかっている。
『タンク募集』の文字が、何十個も並んでいた。
ガーディアン募集。ヴォイド歓迎。安定してヘイト管理できる方。
シリンダーフェンサーの名前は、どこにもない。
弾かれているわけじゃない。ただ、書く人がいないだけだ。
シリンダーフェンサーはタンク人口の一割いるかどうかで、八人揃えたい側からすれば名指しする理由がない。
そういうものだ。
五年前、初めてレイドに参加しようとしたときも俺はこのスレを見ていた。
応募して、ジョブを聞かれて、少し間が空いて、それでも入れてはもらえた。
毎回、サブタンクとして。
メインは安定型が持つ。当然だ。
回避型は被弾がぶれる。俺がヒーラーでも同じことを言う。
雑魚を集めて、スイッチの時だけ前に出て、あとは邪魔にならないように立ち回る。
それで十回近くやってきた。不満があったわけじゃない。
ただ前回、解散の挨拶を打ち込みながら、次はもういいかと思った。
それだけの話だ。
画面を上へ滑らせる。
『こちら固定3。アタッカー枠にナイトレイドかブレイカー希望』
『初心者歓迎です! 練習からやりましょう』
活気がある。半年ぶりだから当然だ。
俺はもう、この中に応募する必要がない。
四人いる。残り四人はリーシャが「任せなさい」と言った。
なのに、なぜ見ているんだろうな。
五年もやっていれば、これは習慣みたいなものだった。
ブブッ。
手の中で端末が震えた。
ARのメッセージ通知だった。ゲーム外でも受け取れるように設定してある。
[リーシャ]:「ジンさん、起きてる?」
[ジン]:「起きてる」
[リーシャ]:「よかった。見つけたわよ」
指が止まった。
[ジン]:「何が」
[リーシャ]:「四人」
思わず身体を起こした。
[ジン]:「四人揃いか」
[リーシャ]:「そう。タンク、ヒーラー、アタッカー2。丸ごと」
[ジン]:「どこで拾ってきた」
[リーシャ]:「拾ってきたって言い方やめてよ」
少し間が空いた。
[リーシャ]:「イベント最終日、リヴァイアの港でね。装備の更新待ちで並んでたら、隣の四人が同じこと話しててさ」
[リーシャ]:「レイドどうするー? って。だからそのまま声かけたの」
[ジン]:「その場でか」
[リーシャ]:「その場で」
想像がついた。
こいつは掲示板を見るタイプじゃない。目の前にいる人間に声をかけるタイプだ。
[ジン]:「向こうも探してたのか」
[リーシャ]:「そうみたい。あっちも今回のイベントで組んだ即席なんですって」
[リーシャ]:「四人固定のイベントだったでしょ。あれで組んで、そのまま続けたくなったって」
同じだった。
うちも、リーシャとミナがリアルの友人だっただけで、あとは寄せ集めだ。
[ジン]:「どんな連中だ」
[リーシャ]:「悪くないわよ。少なくとも話してて嫌な感じはしなかった」
[リーシャ]:「タンクはヴォイドナイト。アルベルトって人」
ヴォイドナイト。
[ジン]:「そうか」
[リーシャ]:「……なによ、その返事」
[ジン]:「いや」
短く打ってから、少し考えて付け足した。
[ジン]:「今回のボス、もうビジュアル出てたな」
[リーシャ]:「見た見た。翼あるやつでしょ」
[ジン]:「ああ」
公式が出しているのは、名前とイラストだけだ。
黒に近い蒼の鱗、細長い胴、そこから伸びる四枚の翼。
先端の裂けた尾と、内側に反った鉤爪。
海蛇を想像していたが、あれはむしろ竜だった。
[ジン]:「神獣で水だからな。魔法は来るだろうと思ってる」
[リーシャ]:「アタシもそう思ってるわ」
[ジン]:「そうなら、MTはそいつだろうな。ヴォイドナイトなら吸える」
ヴォイドナイトは敵の魔法を吸収して、自分のバリアに変える。
水と魔法が飛んでくる相手なら、これ以上ない適任だ。
もっとも、実装されるまで中身はわからない。
翼があるということは飛ぶのかもしれないし、あの鉤爪で殴ってくるだけかもしれない。
運営が事前に手の内を明かしたことは、この五年で一度もなかった。
比べて、こっちは避けるだけのタンクだ。
避けきれば強いが、それは俺の腕とミナの読みに依存する。八人で回す時に前提にしていい話じゃない。
[リーシャ]:「ジンさん」
[ジン]:「なんだ」
[リーシャ]:「あなた、それ気にしてるの?」
意外な聞き方をされた。
[ジン]:「気にしてないが」
[リーシャ]:「本当に?」
[ジン]:「本当に」
打ちながら、自分の中でも確かめてみた。
サブタンクが嫌かというと、別に嫌ではない。
雑魚を集めるのもスイッチを計るのも、それはそれで難しい。
五年間、嫌だったのはそこじゃない。
誰も俺の避け方に合わせられず、毎回一から説明して、毎回噛み合わないまま終わる。
それが嫌だった。
今は違う。
[ジン]:「メインを取れないのが嫌なんじゃない。誰とも噛み合わないのが嫌だっただけだ」
[ジン]:「今は噛み合ってる。だからどっちでもいい」
送信してから、少し照れくさくなった。
文字にすると、やたら真面目に見える。
[リーシャ]:「……ふーん」
[リーシャ]:「そういうこと言うんだ、あなた」
[ジン]:「忘れろ」
[リーシャ]:「無理よ。スクショ撮ったもの」
[ジン]:「消せ」
やり取りの後、リーシャは日時を送ってきた。
[リーシャ]:「明後日の二十一時、ルミナスエデンの噴水前。八人で顔合わせね」
[ジン]:「わかった」
[リーシャ]:「ちゃんと定時で上がりなさいよ」
[ジン]:「善処する」
[リーシャ]:「善処じゃなくて上がりなさい」
端末を置いて、天井を見上げた。
掲示板のページは、まだ開いたままだった。
画面の中では相変わらず募集が流れていて、タンクを探す文字が並んでいる。
俺はそれを閉じた。
明後日、八人。
初めて組む相手が四人。
そのうち一人は、俺と同じロールで、俺より適任のタンクだ。
不思議と、嫌な気分ではなかった。




