第24話 Borderless -2
夜のリヴァイアは、昼とはまるで別の街だった。
白い塔がそれぞれ足元から照らされていて、海面に逆さまの街が映っている。
昼間は目に痛いほどだった石灰岩の白が、今は少し青みを帯びていた。
「こっちよ。港から一本外れたところ」
リーシャの後について石橋を渡る。
潮の匂いに、途中から食い物の匂いが混ざり始めた。
『潮見亭』という看板が出ていた。
港からひとつ外れた石橋の袂。
白い塔の一階部分を丸ごと使った、プレイヤー経営の飲食店だ。
「ここよ」
リーシャが扉を開けると、中は思ったより広かった。
石壁に沿ってカウンターがあり、奥に木のテーブルが並んでいる。
窓が海に面していて、夜の水面が魔導灯を映していた。
「わ、いい匂いします」
ミナが鼻をひくつかせた。
「ここ、生産勢が本気で作ってるお店なんですって。料理スキル上げてる人たちが交代で厨房に入ってるの」
俺は店内を見回した。
八人掛けのテーブルが奥に確保してあって、そこにはもう四人が座っていた。
いや、三人か。
一人は立ち上がって、こちらへ歩いてくるところだった。
「あ、来た来た。すみません、待ちました?」
先頭にいたのは、俺より頭ひとつ低い小柄なプレイヤーだった。
短い黒髪に、両腰の短剣。動きに無駄がない。
「全然! ごめんね、ちょっと遅れちゃった」
「いえいえ。ていうか本当に来てくれるとは思わなかったです」
軽い口調だった。
その後ろから、大柄な男が近づいてくる。
黒銀の全身鎧。背に負っているのは、身の丈ほどある魔導大剣だった。
刀身に走る紫の紋様が、店の照明を受けて鈍く光っている。
「アルベルトです。今日はありがとうございます」
低く落ち着いた声だった。
差し出された手を、俺は握った。
「ジンだ。こっちこそ助かる」
握手の間、視線が下がるのがわかった。
俺の腰のシリンダーカリバー。
「シリンダーフェンサー、ですよね」
「ああ」
「初めて見ました。実物」
そうだろうな、と思う。
「いままで出会ったタンクは全員ガーディアンかヴォイドでしたから。……正直、楽しみにしてました」
その言い方に、少し面食らった。
「楽しみ?」
「ええ。爆発で移動するって聞いて、どういうことだろうと」
席についてから、まずは全員の自己紹介になった。
「じゃ、こっちからいくわね」
リーシャが仕切る。
「エレメンタリストのリーシャよ!」
「クレリックのミナです! ピュアヒーラーです、よろしくお願いします!」
「……ブレードマスターのナギだ」
「タンクのジンだ。シリンダーフェンサーをやってる」
向かいの四人が、順に口を開いた。
「ヴォイドナイトのアルベルトです。もう半年ちょっとやってます」
「ハーバリストのノエル。よろしくねー」
栗色の長い髪を編み込んだ、緑基調のローブ姿の女性だった。
腰のベルトに小瓶がいくつも下がっている。
「あ、それ可愛いですね」
ミナが即座に反応した。
「これ? ありがとー。この瓶ね、色を全部自分で調合できるのよ」
「え、そうなんですか!」
「そうなの。だからハーバリスト選んだところあるかも」
正直な女だった。
「ナイトレイドのクガ。よろしくねー」
小柄な短剣使いが、片手を挙げた。
男性アバターだが、声の調子と喋り方はどう聞いても女性のそれだった。
「あー、うん。よく聞かれるから先に言っとくね」
視線に気づいたらしく、クガはあっさり言った。
「中身は女だよ。アバターだけ男。ダイブ酔いが三ヶ月続いて死ぬかと思った」
「そんなにか」
「そんなに。でもまあ、慣れちゃえばこっちのが動きやすいし」
理由は言わなかった。
こっちも聞かなかった。そういうものだ。
「で、私がチェイサーのソラでーす!」
一番奥にいた小柄なプレイヤーが、勢いよく手を挙げた。
短いスカート状の軽装に、両手にチャクラム。落ち着きなく足を組み替えている。
「よろしくおねがいしまーす! 私、実は今回が初レイドで!」
「あ、私もです!」
「え、ほんとに!? よかったー、一人じゃなかった!」
ミナとソラが、いきなり意気投合していた。
「早いわね、あの二人」
リーシャが呆れたように呟く。
「あなたが言えたことじゃないだろ」
「アタシは選んで声かけてるの。あれは反射よ」
料理が運ばれてきた。
大皿に、白身魚を香草で焼いたものが山になっている。
プレイヤーが作った料理には、時間制限つきのバフが乗る。
「うわ、これ命中率上昇つきだ」
「ここの店主、けっこういいもの出すのよ」
ナギが皿を引き寄せて、しばらく無言で見ていた。
「……いい焼き加減だな」
「え?」
「いや」
短くそう言って、ナギは箸をつけた。
妙なところに反応する奴だと思ったが、まあ、こいつはいつもそうだ。
そのナギを、向かいからクガがじっと見ていた。
「ねえ、ブレードマスターだよね」
「……ああ」
「私、近接もう一枚入るの初めてでさ。先に聞いときたいんだけど」
「なんだ」
「背面、取る?」
ナギの箸が止まった。
「……取る」
「だよねー」
クガが天を仰いだ。
「私も取るんだよね。ナイトレイドって背後からブスッといくのが仕事だし」
「型で決まっている。一の太刀と三の太刀が背面だ」
「え、二回もあるの?」
「ある」
「うわー」
クガが両手で顔を覆った。
「これ絶対ぶつかるやつじゃん」
「……そうだな」
隣でソラが吹き出した。
「クガさん、初対面で揉めないでよー」
「揉めてないって。事前確認だから」
俺はその様子を眺めていた。
近接二枚が同じ位置を要求する。
八人編成では珍しくもない話で、たいていは片方が譲る形に落ち着く。
問題は、ナギの型が譲れる造りをしていないことだ。
「どうする」
俺が聞くと、ナギは少し考えてから答えた。
「……合わせ方を探す」
クガが目を丸くした。
「え、いいの? 私が下がってもいいけど」
「型を通せない相手と組むと決めたのは私だ」
言い方は淡々としていた。
「あなたが下がる理由はない」
「……なんかカッコいいこと言うじゃん」
クガが笑った。
その横で、俺は少しだけ意外に思っていた。
一年前のこいつなら、この時点で席を立っていたかもしれない。
合わないことはわかっている、と言って。




