第21話 戦いの鐘 -4
そう言った瞬間、ソヴリンが右腕を装置から引き抜いた。
轟音とともに、四方の水路から水が噴き出した。
「――来るわよ!」
床が瞬く間に水浸しになる。
足首まで水位が上がり、そこで止まった。
ソヴリンが咆哮した。
今度は声があった。
腹の底に響く、低く長い咆哮。窓が震え、外の闇の中で何かが逃げていくのが見えた。
「【アイスニードル】!」
リーシャの先制。
蒼い針が鱗に弾かれた。
「硬っ……!」
「機械の側を狙え!」
「了解!」
俺は前に出た。
ドォンッ!
爆音。ソヴリンの頭部がこちらを向く。
巨体が動いた瞬間、水が跳ねた。
速い。
図体の割に、動きが鋭すぎる。
丸太のような左腕が振り抜かれる。
爆風で身体を流し、間一髪で下をくぐった。
「ナギ、背面!」
「【霞】」
一の太刀。
だが、そこでソヴリンが動いた。
振り抜いた勢いのまま、身体ごと回転する。
「――っ」
ナギの位置が、正面に変わった。
刀が止まる。
「回るのか、こいつ」
「厄介ね。ナギの型が刻めないわよ」
これまでの相手は、ヘイトを持つ俺の方を向き続けた。
だがこいつは違う。自分から動いて向きを変えてくる。
「ジンさん、水位です!」
ミナの声。
見れば、足首だった水が脛まで上がっていた。
ソヴリンが動くたび、水路から新たな水が流れ込んでくる。
「装置は」
「ありません! 第二層みたいなのは、どこにも」
つまり、止める手段がない。
「……時間切れまでに倒せってことか」
水が上がれば、足を取られる。
足を取られれば、俺の回避が死ぬ。
「リーシャ! 削り切るまでどのくらいだ!」
「今の火力なら、五分は欲しいわね!」
「無理だな。三分で膝まで来る」
ソヴリンの右腕――駆動軸が振り下ろされた。
床が砕け、水柱が上がる。
爆風で跳んだが、着地で水に足を取られた。
「アイギス!」
光が先に置かれる。
それでも、削られた。
「HP七割です!」
「わかってる」
まずい。
このままだと、水位に負ける。
「ナギ、型は」
「刻めない。三手目まで行く前に回られる」
そうだろうな。
こいつは俺のヘイトを持っていても、勝手に回る。
――勝手に、回る。
「……いや」
引っかかった。
「こいつ、何を見て回ってる」
ソヴリンが再び身体を回転させた。
その動きを目で追う。
回転の起点は、常に同じだった。
「台座だ」
「え?」
ソヴリンは、台座を背にする角度を保っている。
どれだけ動いても、あの円形の台座から離れない。離れようとしない。
門番と同じだ。
こいつも、守っている。
「ナギ! 台座側に立て!」
「――台座か」
「あいつは台座を背負う。なら、そこが一番動かない面だ」
ナギが即座に回り込んだ。
ソヴリンが身体を回す。
だが、台座を背にする角度は変わらない。ナギの位置は、その死角のままだった。
「【霞】」
一の太刀が入る。
「側面!」
「【流】」
俺は爆風で位置を変え、正面から引きつける。
「【陰】」
三の太刀。
「――【月輪】」
四手目が、機械の接合部に叩き込まれた。
蒸気が噴き出し、駆動軸の動きが一瞬鈍る。
「そこ! 接合部が弱点よ!」
「【フレイム・ランス】!」
炎槍が接合部を焼く。
ソヴリンが初めて、苦しげに身をよじった。
水位は、膝まで来ていた。
「ジンさん、動けますか!」
「きつい!」
爆風の反動が、水に食われる。
移動距離が明らかに落ちていた。
「もう一段上がったら、俺は避けられん」
「じゃあ、それまでに終わらせるしかないわね」
リーシャが長杖を掲げた。
「三十秒ちょうだい。ノヴァ撃つわ」
「三十秒か」
膝から腰まで、たぶんそのくらい。
「――ミナ」
「はい」
「三十秒、俺が保つかどうか見てくれ」
「見ます」
即答だった。
「保たなくなったら言います」
「頼む」
ソヴリンの駆動軸が振り上げられた。
俺は水を蹴った。
爆風の推進が半分しか出ない。それでも、間に合わせる。
「――3……2……1」
カウント。
振り下ろされた駆動軸が、俺のいた場所を打ち砕いた。
「【霞】」
ナギの一の太刀。
水を掻き分けて位置を変える。
腰まで来た。反動移動が、もうほとんど効かない。
「二十秒!」
リーシャの声。
「ジンさん、次の一撃は避けられません!」
「わかってる!」
だから、避けない。
「ミナ、パナケイア構えとけ」
「え」
「一発もらう。その方が早い」
ソヴリンの左腕が来る。
俺は避けずに、剣を立てて受けた。
衝撃。
HPが一気に半分近く持っていかれる。
だが、受けた分だけ体勢が残った。
避けようとして水に足を取られるより、この方が確実だった。
「【パナケイア】!」
白い光が全身を包み、HPが全快する。
「十秒!」
ナギの刀が二度、三度と閃いた。
「【流】」
「【陰】」
「――【月輪】」
接合部が完全に割れ、蒸気が噴き上がる。
「五秒!」
俺は最後の力で前に出た。
「――全弾だ!」
残る六発を、割れた接合部へ。
ドォンッ! ドォンッ! ドォンッ!
ドォンッ! ドォンッ! ドォォォンッ!!
六重の爆鳴が水面を叩き、白い飛沫が天井まで跳ね上がった。
「――【グレイシャル・ノヴァ】ッ!」
蒼白い奔流が広間を貫いた。
腰まで来ていた水が、その表面から一気に凍りついていく。
氷が広間全体を覆い、ソヴリンの巨体を足元から固めた。
「ナギ!」
「――【残月】」
一閃。
凍りついた接合部が縦に断ち割られ、駆動軸が根元から落ちた。
ソヴリンの動きが、止まる。
巨体がゆっくりと膝をつき、氷の上に手をついた。
そして――
その手が、台座の方へ伸びた。
倒れかけた身体を引きずるようにして、装置へ向かおうとしている。
攻撃するためではない。
差し込むために。
だが、届かなかった。
伸ばした手が氷に滑り、ソヴリンの巨体は台座の手前で崩れ落ちた。
灰緑の鱗が光の粒子に変わり、機械の残骸だけがその場に残る。
水が、引いていく。
四方の水路から音を立てて排出され、広間の床が現れた。
凍った氷が砕け、水と一緒に流れていく。
静かになった。
「……勝った」
ミナが、その場に座り込んだ。
「勝ちましたね」
「MPゼロよ、アタシ」
「私もです」
リーシャが長杖を杖代わりにして、大きく息を吐いた。
俺は装填を確認した。ゼロ。
HPは全快。ミナのパナケイアのおかげだ。
「クリアだ」
視界の隅に、システムメッセージが浮かんでいた。
『沈鐘の海楼』攻略達成。
初回到達報酬が付与された旨と、報酬の一覧。
「うっわ、報酬えげつな……」
リーシャが目を見開いた。
「これ、周回したら装備一新できるわよ」
「回るのか」
「回るに決まってるでしょ」
ナギが刀を納めながら、台座の方を見ていた。
「ナギ?」
「……いや」
短く答えて、それきりだった。
俺も台座を見た。
円形の盤面には、ソヴリンの右腕が差し込まれていた穴が空いている。
そこから伸びた水路が、四方の壁へ向かって走っていた。
さっきまで水を吐き出していた水路が、今は静かに乾いている。
「行きましょ。転送陣出てるわよ」
リーシャが広間の奥を指した。
俺は最後にもう一度、四方の窓を見上げた。
黒い海。
その向こうで、何かが動いた気がした。
気のせいだろう。
そう思って、俺は転送陣に足を向けた。




