第17話 La Mer -2
調査キャンプは、岩礁の上に組まれた木造の足場だった。
天幕がいくつか張られ、その中央に大きな図面台が置かれている。
台の前に、初老の男が立っていた。
他の団員より外套の刺繍が細かく、片手に丸めた図面を持っている。
「ようこそ。調査団長のセレスタンです」
穏やかな声だった。
値踏みするような目つきではない。ただ、疲れた目をしていた。
「四人ですね。……ありがたい」
セレスタンは俺たち一人ずつに視線を送り、それから図面台を指した。
「単刀直入に申し上げます。我々は、あの遺跡の最奥にたどり着けていません」
図面には、階層状の構造が描かれていた。
上から下へ、三つの層。その最下層に、まだ白紙の部分がある。
「排水を始めたのが三ヶ月前。中の水を抜き切るのに、それだけかかりました」
三ヶ月。
さっきの団員も同じことを言っていた。
「本日から広く協力を募っています。……ですが、まだどなたも最下層には」
言いかけて、セレスタンは口を閉じた。
「内部は乾いています。歩けます。ですが」
セレスタンは図面の一点を指した。
「第一層で、全隊が引き返しました。門番がいるのです」
「門番?」
「機械仕掛けの何かです。……我々の隊は、誰も傷つけずに追い返されました」
ミナが「え」と声を出した。
「追い返された、って」
「殺されなかったのです。ただ、通してもらえなかった」
穏やかな口調のまま、セレスタンは続けた。
「一つだけ、確かなことがあります。あれは、音に反応します」
俺は自分の背中のシリンダーカリバーを、思わず意識した。
「音、ですか」
「はい。隊員が松明を落とした瞬間から、態度が変わりました。それまでは我々を無視していたのに」
図面を巻きながら、セレスタンは苦笑した。
「あなた方戦闘職の方には申し訳ない依頼です。ですが、我々の手には負えません」
「報酬は?」
リーシャが即座に聞いた。
こういう時も、こいつは早い。
「調査記録の分配権と、内部で得た物品の所有権を全て。加えて、到達層に応じた報酬を」
セレスタンは頷いた。
「最奥まで到達していただければ、我々が三ヶ月かけたものが報われます」
その言い方に、俺は少しだけ引っかかった。
報われる、という言葉の重さが、依頼の内容に対してやや過剰に聞こえた。
「団長さん」
ミナが控えめに手を挙げた。
「あの遺跡って、何なんですか?」
セレスタンは一瞬、答えあぐねたように見えた。
「……正直なところ、わかっていません」
それから、海の方を見た。
沖合の渦が、夕日を受けて赤く光っている。
「古い記録には、あそこが『神獣を祀る場所』だったとあります。我が国の守護神、リヴァイアサンの」
守護神。
その言葉に、リーシャが「へえ」と反応した。
「神殿ってこと?」
「そう考えています。ですが、造りが妙なのです」
セレスタンは図面の断面図を指でなぞった。
「神殿にしては、水路が多すぎる。しかも」
言いかけて、彼は首を振った。
「いえ。憶測を語っても仕方ありませんね。だからこそ、この目で確かめたいのです」
依頼を受諾すると、キャンプの端に転送陣が浮かび上がった。
海へ向かって伸びる、青白い光の道。
「準備はいい?」
リーシャが振り返った。
「四人揃ってないと入れないわ。一人でも欠けたら弾かれる」
「問題ない」
「はい!」
「……ああ」
俺は装填を確認した。六発。
音に反応する門番、か。
「リーシャ」
「なによ」
「爆音が使えないかもしれん」
三人の視線が、こちらに集まった。
「あー……」
リーシャが額を押さえた。
「あなたのヘイト、全部それじゃない!」
「そうだ」
ミナとナギが顔を見合わせた。
ナギが先に口を開く。
「音を出さずに戦えるか」
「やったことはある。効率は落ちる」
「どのくらい」
「話にならんくらいだ」
正直に答えると、リーシャが大きくため息をついた。
「……最初から詰んでない?」
「入ってみりゃわかる」
俺は転送陣に足を踏み入れた。
「詰んでたら、その時考える」
転送を抜けた瞬間、空気が変わった。
音が、遠い。
海底なのだから当然かもしれないが、それにしても静かすぎた。
足音だけが妙に響く。
石造りの回廊は乾いていて、壁には水位の跡が幾重にも残っていた。
そして、右手の壁。
そこは石ではなく、透明な何かが嵌め込まれていた。
分厚い、水晶に近い板。
その向こう側に、深い青が広がっている。
「……海だ」
ミナが窓に手をついた。
俺たちのいる場所は乾いていて、壁一枚向こうは海の底だった。
光は上からわずかに差し込むだけで、青は下へ行くほど黒に近づいていく。
魚の群れが窓の外を横切り、そのまま闇の方へ消えていった。
「悪趣味な造りね」
リーシャが呟いた。
「わざわざ見せるように作ってるじゃない、これ」
「そうだな」
俺も同じことを思っていた。
水を抜いた空間から、外の海を眺める窓。
実用的な理由が思いつかない。
「行くぞ。あまり離れるな」
回廊を進むと、天井の高い区画に出た。
床には水路の跡が縦横に走っている。
セレスタンが「水路が多すぎる」と言いかけたのは、これのことだろう。
浅い溝が幾筋も走り、それが全部、奥へ向かって伸びていた。
その水路の交差点に、それはいた。
背丈は俺の倍ほど。
石と金属を組み合わせた人型で、関節部から青白い光が漏れている。
両腕が異様に長い。腕そのものが、太い閂の形をしていた。
『ゲート・センチネル』。
そいつは動かなかった。
交差点の中央に立ち、こちらを見てもいない。
「……本当に無視されてる」
ミナが小声で言った。
「調査団の人が言ってた通りですね」
「みたいだな」
俺たちは足音を殺しながら、少しずつ距離を詰めた。
センチネルの背後、回廊の奥に、閉じた隔壁が見える。
あれを開けるには、目の前の門番を倒すしかない。
「どうする?」
リーシャが囁いた。
「音に反応するって話でしょ。ジンさん、爆音使えるの?」
「わからん。使ってみないことにはな」
「使ってみて駄目だったら、目も当てられないんだけど」
「その時は下がる。……とりあえず、殴ってみるしかないだろ」
言った瞬間だった。
ナギが半歩前に出て、刀の鯉口を切った。
パチン。
小さな音だった。
鍔と鞘が触れ合っただけの、それだけの音。
センチネルの頭部が、こちらを向いた。
「……悪い」
「謝るな。どうせ避けられん」
関節の光が強まり、長大な両腕が持ち上がる。
交差点の水路に沿って、青白い線が走った。




