第14話 Don't be afraid -1
「四人揃うの、結局今日になっちゃったわね」
噴水の縁で、リーシャが恨めしそうにこちらを見た。
「一昨日も昨日も、ジンさんいなかったじゃない!」
「悪かったな。月末は残業が入る」
「本番前日よ?」
「間に合ってるだろ」
本当は二日前に一度全員で潜るつもりだった。
だが俺が二日続けて残業、ナギも一日は仕込みがあるとかで来られなかった。
社会人と学生の寄せ集めだ。
全員の予定が揃うほうが珍しい。
「まあいいわ。ぶっつけよりマシだもの」
リーシャは息を吐いて、それから手を叩いた。
「それじゃ、『風化した要塞』でどう? 中規模の敵が多いし、道も入り組んでる。四人で動く練習にはちょうどいいでしょ」
「ああ、それで行こう」
俺が頷くと、隣でミナが目を丸くした。
「そこ、ジンさんと初めてボスを倒した場所ですね」
「そうだったな」
「じゃあ、なんだか記念っぽいですね」
記念、という言葉が出てくるあたりが、こいつらしい。
あの時は二人だった。今は四人だ。
「ナギもそれでいい?」
「……ああ」
ナギは短く答えて、それきり黙った。
リーシャが慣れた様子で肩をすくめる。
「じゃ、決まりね。行きましょ」
『風化した要塞』は、以前と何も変わっていなかった。
崩れかけた石壁。苔むした階段。回廊のあちこちに転がる、風化した武具の残骸。
ただ、俺の隣を歩く人数だけが倍になっている。
「隊列決めるわよ!」
リーシャが指を立てた。
「ジンさんが前。ナギは側面から。アタシとミナが後ろ。基本はこれでいくわ」
「了解です」
「……わかった」
回廊の角を曲がったところで、最初の敵が現れた。
『スケルトン・ソルジャー』が四体。錆びた剣を引きずりながら、こちらへ向かってくる。
「行くぞ」
俺は前に出た。装填、六発。
ドォンッ!
爆鳴が石壁に反響し、四体の眼窩が一斉にこちらを向く。
ここまではいつも通りだ。
問題はこの後だった。
爆風で身体を横へ流し、四体をまとめて引きつける。
その動きに、赤い影が反応する――が、遅れた。
ナギの踏み込みが、半歩浅い。
「……」
俺が動いた先を追いかける形になっている。
先回りできていない。当たり前だ。昨日の墓所ではミナが位置を読んで伝えていたが、今日はまだ何も決めていない。
なら、決めればいい。
「ナギ! 左に流す!」
声に出した。
反応は速かった。
ナギが即座に進路を変え、俺が滑り込む先の反対側へ回り込む。
スケルトンの背面が、そこに露出した。
シャッ。
「側面!」
続けて叫ぶ。俺は爆風でわずかに位置をずらし、敵の向きを半歩分だけ回した。
シャッ。
「そのまま!」
敵が俺を追って回り、また背面が空く。
シャッ。
そして最後の一撃は、方向を選ばなかった。
ナギが刀を返し、真上から叩き落とすように振り抜く。
「――【月輪】」
スケルトンの背骨が両断され、崩れ落ちた。
「今の、途切れなかったな」
自分でもわかるほど、動きに迷いがなかった。
「爆音の間隔が、昨日より読みやすい」
ナギは刀を構え直しながら、短くそう言った。
「……ただ、正面に立たされたら今のも崩れる」
「知ってる」
昨日、こいつが正面で刀を止めたのを思い出す。
順番を外されたどころの話じゃない。あそこだけは、最初から通る道がなかった。
「ジンさん、二体来ます!」
ミナの声。
考えるより先にトリガーを引く。
ドォンッ!
爆音で新手を引き寄せ、六体全部を自分に集めた。
「アイギス!」
淡い光が身体を包む。相変わらず、置く場所を間違えていない。
「【ショック・チェイン】!」
リーシャの紫電が一体から一体へ飛び移り、群れの動きが鈍る。
その隙間を赤が滑る。
「ナギ、右へ回れ!」
「――ああ」
噛み合っている。
昨日までとは、明らかに別物だった。
三十分ほどで、俺たちは要塞の中層まで進んでいた。
「悪くないわね」
小休止の間、リーシャが満足そうに言った。
「ジンさんが声出すようになったの、大きいわ」
「言われてみりゃ、今まで一人でやってたからな」
野良で組んでも、誰も俺の動きなんか聞いちゃいなかった。
言うだけ無駄だと思っていたから、言わなくなった。それだけの話だ。
「ナギ、どう?」
「……問題ない」
ナギは石壁に背を預けたまま、目を閉じている。
「あの拍は、聞き取りやすい」
「褒められてんのか、それ」
「褒めている」
真顔で返されて、リーシャが吹き出した。
「あなた、ほんと言葉足りないわねぇ」
軽口の応酬を眺めながら、俺はふとミナの方を見た。
聖杖を膝に乗せて座っている。
表情は普段通りだ。
ただ、指先が杖の柄を何度も撫でていた。
「ミナ」
「……はい」
返事が、一拍遅れた。
「MPは」
「七割です。大丈夫です」
数字は問題ない。
それでも、何かが引っかかった。
「疲れてないか」
「大丈夫です。全然」
即答だった。
昨日、俺の脳疲労を「気のせいじゃないです」と言い当てたのと同じ調子で、今度は自分のことを大丈夫だと言っている。
「休むか」
「まだ三十分ですよ」
ミナは小さく笑って立ち上がった。
「行きましょう。まだ全然いけます」
中層から先は、敵の数が増えた。
一度に五体、六体と湧いてくる。
俺は爆音で全部を引き受け、ナギの型に合わせて位置を刻む。
リーシャが低位魔法で削りながらMPを回収し、要所で中位を撃つ。
回っている。四人とも、それぞれの仕事をしている。
「ナギ、背面いける!」
「【霞】」
「側面!」
「【流】」
言葉が減っていく。
声を出す回数が減っているのに、動きは合っていく。
そういう場所に、確かに来ていた。
だから、気づくのが遅れた。
「――ジンさん、右っ!」
ミナの声が飛んだ時、俺はもう右へ跳んでいた。
爆風で身体を流し、スケルトンの一撃を躱す。
問題なく躱せた。躱せたが。
いつもなら、声はもっと早い。
「アイギス!」
光が身体を包んだのは、敵の刃が空を切った後だった。
間に合っている。だが、以前のような「先に置いてある」感じがない。
「セフィラ!」
続けて緑の光。これも遅い。
三十秒後、また同じことが起きた。
「ジンさん、後ろです!」
言われた時には、俺はもう振り向いていた。
言われる前に気づいたのは、これで三度目だ。
ミナの読みがいつもより遅い。
「ミナ」
「はい」
「一回、下がれ」
短い沈黙があった。
「……大丈夫です」
「大丈夫かどうかは聞いてない」
言い方が硬くなったのが、自分でもわかった。
「昨日、お前が俺に言ったんだ。早めに言え、って」
「それは……」
「同じことだ」
ミナは何か言いかけて、口を閉じた。
それから、小さく息を吐く。
「……すみません。少しだけ」
リーシャが敵の群れに雷を放ちながら、こちらを一瞥した。
何も言わない。だが、状況は把握している顔だった。
残り四体を片付けて、俺たちは回廊の隅で足を止めた。
ミナは石壁に背を預けて、聖杖を胸に抱えている。
MPバーは半分以上残っていた。
HPも減っていない。数字の上では、どこにも問題がない。
「……変ですよね」
ぽつりと、ミナが言った。
「私、疲れてないんです。MPも足りてるし、手も動きます。なのに」
言葉を探すように、少し黙る。
「なのに、間に合わないんです」




