第13話 待ち合わせは噴水広場で
食器を返しに行く途中で、ふと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば理沙って、なんでアバターも自分と同じ髪型なの」
「んー? 楽だからよ」
「楽?」
「髪型はそこまでじゃないけど、いろいろ変えると気持ち悪いのよ、あれ」
理沙はトレーを返却口に滑らせながら、あっさり言った。
「シンクロ・リンクってさ、リアルの身体の感覚をそのままアバターに写すでしょ。だから元の身体と離れすぎると脳が混乱するの。体格なんて一割までしか変えられないし」
「あ、それは聞いた。だから背は同じなんだ」
「そう。逆に髪の色とか肌の色は好きにできるわよ。あれは感覚に関係ないから」
言われてみれば、理沙のあの褐色の肌は現実にはない。
本人は普通に色白だ。
「じゃあ、その髪型は」
「単に面倒だっただけ」
理沙は自分のポニーテールを軽く引っぱってみせた。
「毎回セットの仕方考えるの、馬鹿らしいじゃない!」
そういう理由か、と少し笑った。
「あ、でも性別は変えられるわよ」
「え、そうなの」
思わず足が止まった。
「変えられるけど、やる人はほとんどいないわね。体格どころの話じゃないもの、あれ。ダイブ酔いがひどいらしくて、慣れるまで何ヶ月もかかるんだって」
「何ヶ月……」
「そこまでして変えたい人だけがやってるって感じね。たまにいるわよ、生産勢の有名どころとか」
理沙はそれ以上その話に興味がないらしく、もう鞄を持ち上げていた。
「で、あなたはなんで銀髪にしたの」
今度はこっちが聞かれた。
「……なんとなく」
嘘だった。
正確に言えば、あの時の私は、自分に見えない見た目を選んだのだと思う。
鏡の中の顔と一つも似ていない誰かなら、外に出られる気がした。
そういう選び方だった。
理沙はたぶん、それを察している。
察したうえで、「ふぅん」とだけ言って歩き出した。
この人はいつもそうだ。
夜。
ヘッドギアを装着して、システム音声を待つ。
『シンクロ・リンク、スタート』
視界が白く染まり、次の瞬間には空気が変わっている。
ルミナスエデンの中央広場。
魔導灯が灯り始めた夕暮れの街に、プレイヤーたちの声が満ちていた。
噴水の縁には、もう三人が揃っていた。
「あ、来ましたよ」
私が手を振ると、リーシャが振り返る。
その隣で、紅い着物のナギさんが軽く頭を下げた。
そして、噴水の縁に座ったジンさんが、こちらを見て片手を上げる。
「よう。今日は早いな」
「講義、二限までだったので」
嘘ではないけれど、本当でもない。
本当は、早くログインしたかっただけだ。
「四人揃ったし、まずは情報整理からいくわよ!」
リーシャがメニューを開いて、四日後のイベント情報を展開した。
『沈鐘の海楼』。
攻略情報はまだほとんど出ていない。当たり前だ、まだ誰も入っていない。
「戦い方自体は今まで通りでいけるはずよ。中は乾いてるし、足場もある」
「なら普段通りだな」
「ただ、ギミックが本体でしょうね。力押しで抜けるようには作られてないわ」
ギミック、と聞いて、少し考えた。
「……ギミックの処理中って、動けなくなる場面ありますよね」
「あるでしょうね。だいたいそういう作りだもの」
「じゃあ、そこは私が先に置いておきます」
自然に口が動いていた。
決まった位置に立たされる場面があるなら、ジンさんは避けられない。
避けられないなら、私の仕事は事後の回復じゃなくて事前の保険に寄る。
ならMPの配分も変わる。攻撃に回す分を削って、その分を残しておく。
「……ミナ」
ジンさんがこちらを見ていた。
「まだ何も始まってないぞ」
「あ。……すみません、癖で」
「いや」
ジンさんは少し笑って、それから前を向いた。
「頼りにしてる」
たったそれだけだった。
それだけなのに、しばらく言葉が出てこなかった。
「はいはい、続けるわよ!」
リーシャが手を叩いた。
その横で、ナギさんが小さく息を吐いたのが見えた。
呆れたのか、笑ったのか。表情がほとんど動かないので、そこまでは読めない。
打ち合わせは一時間ほど続いた。
装備の更新、消耗品の準備、当日の集合時間。
リーシャが仕切って、ナギさんがときどき短く補足する。
その間、私はジンさんを見ていた。
昨日、あの人は墓所で一度だけ判断を遅らせた。
避けるべきか、避けないべきか。
その半拍がナギさんを死なせた。
本人はもう気にしていないように見える。
少なくとも、そう見えるように振る舞っている。
理沙の質問を思い出した。
実際どんな人なの、と聞かれて、私はほとんど何も答えられなかった。
名前も、歳も、住んでいる場所も知らない。
知りたくないわけじゃない。
けれど、この世界では聞かないのが普通なのだと、この二ヶ月でわかってきた。
リーシャもそうだし、リーシャとナギさんなんて一年一緒にいて職業すら曖昧なままだ。
だから、聞かない。
代わりに、私はこの人が次にどこへ跳ぶかを知っている。
息の詰め方も、カウントの取り方も、疲れが出た時に指を握って開く癖も。
それは、名前を知っているより役に立つ。
少なくとも、あの海の底では。
「じゃ、解散! 各自準備しといてね」
リーシャの号令で、打ち合わせは終わった。
「ミナ」
帰り際、ジンさんが振り返った。
「四日後、無理はするなよ」
「ジンさんこそ」
「俺は無理をするのが仕事だ」
「……知ってます」
だから見てるんです、とは言わなかった。
言わなくても、たぶん伝わっている。
この人はそういうところだけ、妙に察しがいい。




