第11話 紅の夜明け -3
衰弱が抜けるまでの数分を、俺たちは石棺の並ぶ大部屋で過ごした。
「ミナ、MPは?」
「四割です。……リザレク、思った以上に持っていかれました」
「無理はするな」
「大丈夫です。回復分は残しておきます」
そう言うミナの顔には、さっきまでの気負いはもうなかった。
やることが決まった人間の顔だ。
「ねぇジンさん」
リーシャが横に来て、声を潜めた。
「あの子、あんたのことになると急に強気になるわね」
「……そうか?」
「自覚ないの? 呆れた」
呆れたと言いながら、リーシャは楽しそうだった。
『クリプト・ガーディアン』。
最奥の墓室で待っていたのは、天井に届きそうな巨躯の骸骨だった。
朽ちた甲冑を纏い、両手で錆びた大剣を支えている。
眼窩の奥で燃える光は、他のアンデッドよりも一段濃い青だった。
「デカいわね」
リーシャが長杖を構える。
「正面の甲冑は硬い」
ナギが刀を抜きながら言った。
「背骨に核がある。断てるのはそこだけだ」
背面を取り続けろ、ということだ。
よりによって、今日さんざん噛み合わなかった条件をそのまま突きつけてくる。
「……上等だ」
俺は前に出た。装填、六発。
ドォンッ!
爆鳴が墓室に反響した瞬間、青い眼光が俺を捉える。
巨躯が動き、大剣が真上から振り下ろされた。
「――っ」
爆風で真横へ跳ぶ。
石床が砕け、破片が飛び散った。
そして予想通り、ガーディアンの身体が俺を追って回る。
背面を取ろうとしていたナギの正面に、また巨体が向き直った。
だが。
「ナギさん、次は右です!」
ミナの声が飛んだ。
「三秒後、ジンさんが右に跳びます!」
ナギが、動いた。
斬りかからず、先に位置を捨てて右へ回り込む。
俺は爆風で右へ跳んだ。
ガーディアンの身体が俺を追って回り――回った先に、ナギが既に立っていた。
シャッ。
一の太刀が背骨に入った。
半身を切り替えて二の太刀。踏み替えて三の太刀。
「ジンさん、次は後ろに引いてください!」
「了解だ!」
爆風で後退する。巨体が追ってくる。
その回転の外側を、赤い影が滑るように走った。
四の太刀。
「――繋がった」
ナギの声に、初めて温度のようなものが混じった気がした。
「アイギス!」
ミナのバフが飛んでくる。
薄い。相変わらず、ハーバリストのそれには遠く及ばない膜のような光だ。
だが置く場所を間違えていない。それだけで足りる。
「【アイスニードル】!」
リーシャの低位魔法が甲冑の隙間を刺し、MPを回収していく。
ガーディアンが咆哮した。
床に大剣を突き立てると、墓室のあちこちの石棺が音を立てて開き、骸骨たちが這い出してくる。
「増やしてきたわよ!」
「まとめて引き受ける!」
ドォンッ! ドォンッ!
二発。爆音で雑魚の意識を根こそぎ奪い、ガーディアンごと引きつける。
残弾三。
「ジンさん、四秒後に左!」
「――ああ!」
ミナの声に合わせて跳ぶ。
その先に、もう赤い影がいる。
繋がる。
また繋がる。
妙な感じだった。
俺は自分の間合いで、いつも通り避けているだけだ。
何も変えていない。
それなのに、背後で刀が止まらない。
「――もういい」
不意に、ナギが言った。
「え?」
ミナが戸惑いの声を上げる。
「聞こえている」
ナギは短く言った。
「あなたの声より、この音のほうが早い」
言われて、ようやく気づいた。
爆音だ。
俺の爆発には拍がある。
撃つ前に必ずカウントを取っているからだ。
三、二、一。この五年で身体に刻み込んだリズム。
こいつは、それを聞いている。
「ジン」
初めて、ナギが俺の名を呼んだ。
「数えろ。声に出せ」
「……そういうことか」
口の端が上がるのを自覚した。
「3……2……1――」
ドォンッ!
爆風で跳ぶ。
巨体が回る。
その回転の外側に、赤が滑り込んでいる。
声も、指示もない。ただ拍だけが二人の間にあった。
シャッ、シャッ、シャッ。
「3……2……1!」
ドォンッ!
「……いい拍だ」
ナギの声が、初めてはっきりと聞こえた。
「【グレイシャル・ノヴァ】ッ!」
リーシャの高位魔法が墓室を白く染め、雑魚の群れごと甲冑を凍てつかせる。
硬化した装甲に、ミナの光弾が突き刺さった。
「グレアム!」
砕けた甲冑の下から、青白く光る背骨の核が露わになる。
「――そこだ!」
俺は最後の一発を撃ち込み、爆風でガーディアンの正面へ滑り込んだ。
巨体の意識を、正面へ縫い止める。
赤が、背後を取った。
「――【残月】」
一閃。
音は、ほとんどしなかった。
青い光が縦に断ち割られ、巨躯がゆっくりと崩れていく。
朽ちた甲冑が石床に落ち、やがて光の粒子となって散った。
墓室に静寂が戻る。
「……終わった、か」
俺は剣を収め、大きく息を吐いた。
「やりました……! 繋がってました、最後まで!」
ミナが飛び跳ねるようにして駆け寄ってくる。
「アタシの魔法への言及がないのが気になるわね」
「あっ、リーシャもすごかったです!」
「取ってつけたみたいに言わないでよ」
いつもの調子でぼやきながら、リーシャは長杖を担ぎ直した。
その視線の先で、ナギが刀を鞘に納めていた。
納刀の音まで静かだった。
地上へ戻ると、空が変わっていた。
聖樹の枝葉の隙間から差し込む光が、夜の名残の藍を押しのけて広がっていく。
夜明けだった。
ゲーム内の時間は、リアルの四時間で一日が巡る。潜っている間に朝が来ていたらしい。
朝日が、聖樹の根に腰を下ろしたナギの着物を照らした。
緑と藍の中で、その紅だけが燃えるように鮮やかだった。
「ナギ」
俺は声をかけた。
「答えを聞かせてもらえるか」
「……」
ナギは膝の上に刀を横たえたまま、しばらく黙っていた。
「私は、間違っていた」
ぽつりと落とすように言う。
「型が成立する条件を、敵が動かないことだと思っていた。違った」
「違ったのか」
「読めればいい。動くかどうかは関係がない」
それは、俺が五年かけて誰にも説明できなかったことでもあった。
「あなたの爆発は、拍が正確だ」
ナギは顔を上げた。
「あれだけ動き回っていて、一度も拍が乱れない。……あんなものを、私は初めて見た」
素直な物言いだった。
褒められ慣れていない身としては、正直、どう受け取っていいかわからない。
「……そりゃどうも」
「不遇職だと聞いていた」
「ああ、よく言われる」
「言った人間は、あなたの拍を聞いていない」
言い切って、ナギは立ち上がった。
そして、ミナの方を向く。
「ミナ」
「は、はいっ」
「助かった。……あなたがいなければ、私は今日、ここを出ていた」
「い、いえ、そんな……!」
ミナが慌てて手を振る。
その様子を眺めていたリーシャが、わざとらしく咳払いをした。
「で? 結論は?」
ナギは少しの間を置いて、静かに答えた。
「固定を、組む」
リーシャが両手を打ち鳴らした。
「よし来た! これで四人ね!」
「やった……! やりましたね、ジンさん!」
「ああ」
タンク、ヒーラー、アタッカー二枚。
ようやく形になった。
朝日が聖樹の天蓋を抜け、街全体に降りていく。
その光の中で、紅い着物がゆっくりと歩き出した。
「リーシャ」
「なによ」
「例のもの、いつだ」
「あら、知ってたの」
リーシャがにやりと笑った。
「限定インスタンスダンジョン。次の開放まで、あと五日よ」
一旦、書き溜めた分はここまで




