第10話 紅の夜明け -2
石棺が整然と並ぶ、広いホール。
天井から垂れ下がった根が、幾本もの柱のように床まで届いている。
「ここでまとめて捌く!」
ドォンッ! ドォンッ!
爆音でヘイトを固め、群れの中心へ割り込んだ。
残弾四。
飛んでくる骨の爪を屈んで躱し、爆風で位置を変え、また躱す。
いつも通りだ。
何も間違っていない。俺のやり方はこれで完成している。
ただ、その「いつも通り」が、今日は一つだけ噛み合っていなかった。
赤い影が、群れの中を移動し続けている。
斬りつける。二の太刀まで繋ぐ。
そこで俺が爆風で位置を変える。敵の向きが変わる。
コンボが切れる。
間合いを取り直す。また最初から。
三度。四度。
一度も、最後まで繋がっていない。
「……ナギ! 位置を言え! 合わせる!」
俺は叫んだ。
返事はなかった。
代わりに、ナギはまた踏み込んだ。
五度目。今度は繋がっている。三の太刀、四の太刀。
あと一手。
その一手のために、ナギは深く踏み込んだ。
型を完成させるための、退路のない一歩だった。
同時に、俺の正面で骸骨が大振りの一撃を振りかぶった。
避けられる。いつも通り、爆風で。
だが避ければ――こいつの向きが変わる。
一瞬、判断が遅れた。
その半拍が、すべてだった。
俺は爆風で横へ逃げ、骸骨の身体が俺を追って回る。
ナギの位置が、背面から真正面へ変わった。
振り抜いた直後の、刀を戻しきれていない姿勢のまま。
骨の爪が、紅い着物を薙いだ。
「ナギさんっ!」
小柄な身体が石床に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
HPバーが、ゼロ。
「――【リザレク】!」
ミナの声が飛んだ。
聖杖の先に、白い光が集まっていく。
長い。蘇生魔法の詠唱は、クレリックの持つ中でも飛び抜けて長い。
「詠唱守るわよ、ジンさん!」
「ああ!」
リーシャが低位魔法で牽制し、俺は爆音で群れを引き剥がす。
残弾を全部使い切って、それでも足りない。
リロード。装填。また爆音。
長い十数秒だった。
「――繋がりました!」
白い光が石床に降り、倒れていた身体を包む。
紅い着物が、ゆっくりと起き上がった。
ナギの周囲に、鈍い色のエフェクトが纏わりついている。
衰弱。蘇生直後の、ステータス低下状態だ。
残った骸骨は、リーシャの魔法とミナの光弾でどうにか片付いた。
静けさが戻った大部屋で、俺は剣を収めた。
「……すまない」
自然と、その言葉が出ていた。
「あそこは俺が避けるべきじゃなかった」
「いや」
ナギは石床に手をついて立ち上がり、刀を鞘に納めた。
その動作にも、やはり一切の崩れがない。
「避けるべきだった。あそこで避けなければ、崩れていたのはあなたのほうだ」
淡々とした声だった。
責める色も、庇う色もない。
「私の型は、敵の向きが変わらないことを前提にしている。あなたの回避は、敵の向きを変え続けることで成立している」
ナギはようやく、真っ直ぐに俺を見た。
「どちらも間違っていない。だから、直しようがない」
言葉を探したが、見つからなかった。
理屈が通っているからだ。
「これだ」
ナギは静かに言った。
「だから、組まない」
その一言を最後に、ナギは大部屋の出口へ向かって歩き出した。
引き止める言葉が、すぐには出てこなかった。
言い返せなかった。理屈が通っている。
それに、ずいぶん聞き覚えのある結論だった。
野良でパーティーを組むたびに言われてきた。
お前のやり方には合わせられない、と。
言い方は人それぞれだったが、中身は全部同じだ。
「……ちょっと、待ちなさいよ」
リーシャが声を上げた。
「一回死んだくらいで結論出すの、早すぎない?」
「早くない。一度で足りる」
「足りないわよ。アタシだって二回試したもの」
「……」
ナギは足を止めたが、振り返らなかった。
「リーシャ」
「なによ」
「あなたと組むのは、断っていない」
その言い方に、リーシャが眉を寄せる。
「それは……そうだけど。でも固定は四人で組むのよ。ジンさんが入らないなら意味がないでしょ」
「そうだ。だから、断っている」
淡々としていた。悪意も当てつけもない。
「……いいさ、リーシャ」
俺は口を挟んだ。
「言ってることは正しい。俺のやり方が特殊なのは、俺が一番わかってる」
「ジンさん!」
「事実だ」
肩をすくめてみせた。
慣れている。本当に慣れている、はずだった。
「――待ってください」
声が上がった。
ミナだった。
聖杖を胸の前で握りしめて、ナギの背中を真っ直ぐに見ている。
「ナギさん。合わないから組まない、って言いましたよね」
「……言った」
「それ、私が言われたことです」
大部屋の空気が、一瞬止まった。
「一ヶ月前に、パーティーの人たちに言われました。お前のやり方には合わせられない、って。それで、置いていかれました」
ナギがようやく振り返った。
「……それとこれは違う」
「違いますか?」
ミナは引かなかった。
「私、あの時なにも言い返せませんでした。合わないのは事実だったから。……でも、あとから思ったんです。あの人たちは、合わせようとしてくれたのかなって」
言葉を選ぶように、一度だけ息を吸う。
「ナギさん、さっき一度も『どう動くか』を聞かなかったですよね」
その指摘に、ナギの目がわずかに動いた。
「ジンさんは聞きましたよ。位置を言え、合わせるって。ナギさんは答えませんでした」
「……答える必要がなかった。どう動かれても、型は成立しない」
「本当ですか?」
ミナは一歩、前に出た。
「ナギさんに必要なのって、敵が動かないことじゃなくて、次にどこを向くかが事前にわかることじゃないですか?」
ナギが、初めて言葉に詰まった。
「……それは」
「だったら、私が言います」
言い切ってから、ミナは自分の言葉に驚いたように少し肩を縮めた。
だが、視線は逸らさなかった。
「私、ジンさんが次にどこへ跳ぶか、だいたいわかります。ずっと見てきたので。……それを、ナギさんに伝えます」
沈黙が落ちた。
紅い着物の裾が、垂れ下がった根の間を抜けてくる風にわずかに揺れる。
「……感情の問題ではない」
ようやく、ナギが口を開いた。
「はい。だから技術の話をしています」
即答だった。
リーシャが小さく吹き出す。
「あんた、いい性格してるわね」
「え、私、変なこと言いました!?」
「褒めてるのよ」
ナギはしばらく黙っていた。
それから、腰の刀に手を添えて、静かに言った。
「……一度だけだ」
「はいっ!」
「この先に、この墓所の主がいる。そこまで潜る」
そう言って、ナギは奥の通路へ向き直った。
「そこで成立しなければ、この話は終わりだ」
異論は出なかった。




