19 EXエンターテイナー 8
時間は少し遡る。
リベルタがせっせと、ワールドツリーを伐採しその情報が西の大陸の市井に流れ始めたころ。
世界樹の消滅ともなれば、西の大陸に住む人々にとっては世界の滅亡の前触れかと思われるほどの大事件。
世間はその真実を求めて、少しでも情報通の人を頼り、その真相を確認することを望む。
噂好きの奥方は、伝手を辿り商人の奥方から情報を仕入れようと聞きこんだり、暇を持て余す冒険者は知り合いの兵士に話を聞きに行く。
やり手の商人は、上からの圧力で真実を知りつつも口を閉ざし、客には愛想笑いで誤魔化す。真実を知らずとも上司の反応で真実だと察する兵士は、街が混乱しないように余計な噂を流さないように気を配る。
世界樹消滅の情報の真偽の追求を、その街の統治者は戒厳令を敷くことで鎮静化を目指すが、その行為が逆効果となり、より世界樹の消滅の噂が真実味を増す結果となり混乱が広がる。
為政者の繰り出した対策は、住民の混乱を避けるための策ではなく、ただ自分の失点を隠そうという悪童が考えそうな愚策。
見栄を張り、そしてその見栄を守るための行為。
それを徹底できればいいが、長年の安寧に胡坐をかいている存在に情報統制など手抜かりなくできるはずものなく。
一時的に混乱は収まるがどこもかしこも、官憲の甘い動きに人々は納得せず、疑念はぬぐえず、場末の酒場ではその噂は常に垂れ流し。
規制を掛けようにも引き締めるための役人が正確な手段と判断が出来なければ意味がない。
それによって確信を抱かずとも不安は広がり、その感情が広がるほど、人は真実を欲しがる。
「あーあ、今日も盛り上がってるねぇ」
そんなある日の夜。
そんな噂話と錯綜する情報の隙間を好む輩が、まるで庭を散歩するかのように、軽やかな足取りで歩く。
堂々と歩いているように見えて、その実闇夜に紛れて動く影は、こっそりととある屋敷を囲む鉄柵を飛び越え、母屋の壁際に忍び寄り、見回りの兵士の目から逃れるために息をひそめ、そして静かに壁を登る。
そしてそっと光がこぼれる窓を覗き込むと、そこにはこの街の長であるガレスが酒を呷っている。
ドワーフ特有の太い二の腕、本来であれば鍛冶や武術で鍛え抜かれているはずのその腕は、いつも豪華な椅子に座り、豪華な食事に明け暮れ、傍らに美女を侍らせてと自堕落な生活を送っているのがわかるほど、筋肉が弛んで怠惰に肥えている。
そんな姿に、わずかな嫌悪感を示しつつ、エンターテイナーの一人はそっと吸盤のような物を窓にくっつける。
中の人に気づかれぬよう、慎重に一個一個つけると、その吸盤にくっつけた細いワイヤーのようなものを持って、そのまま壁伝いに上に登っていく。
「来たな。調子はどうだ?」
「ああ、いつも通り高い酒と美女を侍らせて愚痴大会だ。今ならさぞ楽しい言葉が聞けるだろうさ」
その先には、仲間が円錐状の物体がついている魔道具を屋根の上に設置し終えていて、エンターテイナーが運んできたワイヤーを受け取った。
その先をせっせと魔道具につなぐ作業をしていると、もう一人の影が合流する。
「音消しの魔道具と兵士の幻影が見える魔道具の設置は終わったぞ。これで外でいくら騒ごうとも中にいるやつは一切気づかないし、民衆も幻影の兵士を見て迂闊には入ってこないだろ」
「上出来だ。こっちも作業が終わった。それじゃ、お偉いさんの高尚な話を市民の皆様に聞いてもらおうじゃないか」
ワイヤーを繋げていたエンターテイナーの口元がニヤリと笑って、準備が出来たと言って魔道具のスイッチを入れる。
低い駆動音が辺りに響き、そしてその次の瞬間出てくるのは。
『まったく、愚鈍な民をまとめる苦労というのを奴らはわかっておらん!』
酒に酔い、女に酔い、そして権力に溺れた男の盛大な愚痴だ。
『わしが、ないと言えばないと思えばいいのに、何が真実を知りたいだ!!下らぬ!本当に下らぬ!!』
為政者として、誰にも聞かせてはいけない声。
決して表には出してはいけない声。
『おかげで、民から搾り取った金でお前たちと遊ぶ時間すら減ってしまったではないか!』
その愚痴は止まらず、否、止まることを知らず延々と垂れ流している。
「うへぇ、垂れ流すことを考えた俺たちが言うのもなんだけど、なんだこれ?、新手の精神攻撃かよ」
「見ろよこれ、俺のレベルでも鳥肌が立つくらいに嫌悪感が出てる」
「わかる、たまに聞こえる猫なで声があるせいで、余計に気持ち悪いよな」
夜中であるが、大音量で屋敷の外に響かせているからどんどん屋敷の前には人だかりができている。
屋敷には鉄柵があり、さらに警備の兵士もいる。
それ故に簡単には入り込むことができないが、逆を言えばその防壁の周りに人が集まりどんどんこの垂れ流しにされている声が市民に聞かされるということになる。
『そんなこと言って良いんですか?大切な民ではないですか』
そんな嫌悪感のなかで鈴の音のような綺麗な声が混じる。
それはエンターテイナーたちの上司であり、リーダーの片割れ。
この音声を吐き出させるためだけに、館の中に忍び込んで見せたシャリアの声。
『構わん!構わん!奴らなど所詮は世界樹の恩恵を受けるだけの金蔓にすぎん!代わりなどいくらでもいる!!』
盛大な愚痴をこぼし、さらには為政者としてクズと言われてもおかしくないことを吐き出し続けているのに、女はその声色に嫌悪感を混ぜず、優しくたしなめるという大人の対応を維持している。
声だけを聞けば、他に混じる媚びを売る女性たちのように同調している声のようにも聞こえるが、その実情を知っている部下たちは感心するように頷く。
「いや、俺たちはまだマシじゃね?館の中であの野郎に酒を注いでいるシャリアさんの方がヤバいだろ」
「それな。いざという時は俺たちが助けに入るってことになってるけど、それよりもあの猫なで声を直に聞くってなると俺だったら頭がおかしくなりそうだよ」
「そもそも、セクハラ野郎の至近距離に近づくのも俺には無理だ」
体を張っての潜入工作。
元々情報を引っ張ってくるということをメインにやっていたシャリアだが、この暴露大会の会話を引き出す役をやると宣言した時、エンターテイナーたちはだれも止めなかった。
危険なのは百も承知、そして万が一のことを考えると命の危機以上のヤバいことになるとは思っていた。
しかし、それ以上に思ったのが。
「さすが、シャリアさんだよな。俺たちにはできないことを平気で成し遂げるからよ」
「ああ、前に俺がやった全裸で兵士たちの気を引くこともヤバいが、シャリアさんはその上を行くよな」
「確かに、あの時のお前ヤバかったよな。魔法とか矢とか普通に飛んできてそれをギリギリで躱して挑発してたよな。大事なところは闇魔法で隠していたけど」
シャリアならできそうという発想だった。
どんなところにでも潜入して、どんな相手でも必要な情報を引っ張り出して、男なのに、いや、男だからこそ男心を的確に理解して、手玉に取って見せる。
男なのに男性特効をもったハニートラップ要員という矛盾を抱えた存在。
「まぁ、あれは普通に挑発しながら逃げればいいだけのことだしな。それを考えるとそこまで難しいわけじゃない」
「いや、俺たちはリベルタさんに鍛えられているからできるだけで、顔を覆面で覆ってそれ以外は防具無しどころか服無しの全裸で、通路を埋め尽くすような数の兵士から逃げるのはおかしいからな?」
そんな存在が、ニコニコと笑いながら失言を引っ張り出しているというのは、このドワーフの男の人生終わったのではと思わせるのに十分な成果だ。
『そう言えば、英雄様の話って本当なのですか?神からの使いが精霊様を酷使したなどと、真実なら私、悲しくなってしまいます』
「お、シャリアさんの本気が出たな。これで落ちない男はいないぜ」
「俺たちも訓練で、シャリアさんの涙目の上目遣いを喰らってるけどよ、あれを耐えられる男はいるのか?」
「リベルタさんくらいじゃね?あの人、普通に耐えそうだぞ」
スピーカー越しでもわかる、悲しさが伝わってくるシャリアの声。
きっと憂いに満ちた儚げな表情もセットだろうなと、エンターテイナーたちは思いながら、止めを刺しに来ているなと内心で思う。
「有り得る、俺たちは全員ダメだったからな。まぁ、おかげで並大抵の女性にはときめかなくなったけどな・・・・・」
「言うなよ、おかげで俺たちエンターテイナーの恋人がいる人数がヤバいことになってるんだぜ?あ、バミューダさんとかは?普通に女に興味なさそうだぜ?」
「上司が可愛いって言うのも困りものだよな。バミューダさんなら有り得そうだけど、顔面真っ赤になって照れるってパターンもあるんじゃね?」
その時のシャリアの表情をしっかりと想像できるエンターテイナーたちは、そっと遠くを見て自嘲気味に笑うのであった。
訓練と称して、エンターテイナーたちに最上級の可愛いを披露し続けるシャリア。
その容姿と男心を突き刺してくる暴力的な魅力のおかげで、女性の好みの容姿が上司になりかけているのを自覚している故に、沼に入り込んでしまっている。
『そんな物でっちあげに決まっておろう!わしらの手にかかれば神から選ばれた英雄であろうとも賊に仕立て上げることなどたやすいことよ!』
「あったら、見てみてぇ。まぁ、見られたら殺されそうだけど」
「それもそうだよな。俺、バミューダさんが女性に入れ込んでいるところなんて見たことないし」
「確かに。なんというか、あの人秘密を知られたら殺すみたいな雰囲気あるもんな」
そうして決定的な失言が飛び出たことで、終わったなと揃って思い、眼下に見える鉄柵の向こうに集まる市民を見る。
暗闇故にそこまで細かい表情は見えないが、それでも怒りそして叫んでいるのも聞こえる。
その声はエンターテイナーたちが設置した魔道具によって敷地内には届かず、その間もずっとガレスの声は垂れ流しになっている。
その声を聞けば聞くほど、市民の怒りを煽り、その地位にふさわしくない男だというのをこの街中に知らしめる。
「そろそろ、魔道具止めて中のやつらにも知らせた方が良いんじゃないか?」
「確かに、シャリアさんも脱出しないといけないし」
「あの人なら大丈夫だろ、三秒もあれば別人に化けるし」
その成果が出たことを確認できた三人は、揃って魔道具の撤収準備にかかる。
痕跡を残さず、しっかりと魔道具を回収し、そして来たときと同じようにひっそりと屋敷から立ち去る。
魔道具を止めた瞬間に響き渡る、民衆の怒号。
幻影の兵士が消えたことにより、コケ脅しだったことに気づいた民衆がさらに怒り、その怒りに任せて門を壊そうと殺到する。
その怒号に気づき、詰所から兵士たちが飛び出てくるが頑丈な柵が歪み、門をこじ開けようとする民衆の表情を見て一瞬怯むも、応援を要請して兵士たちが次々に立ちはだかる。
その隙にエンターテイナーたちは屋敷から脱出するのであった。
「さて、この後脱いで走るけど、お前たちもどうだ?」
「いいな」
「闇魔法の訓練にもなるしな!!」
その時に屋根の上を走る全裸の人影を見たとか見なかったとか噂になったが、街のトップの不祥事にその噂などあっという間にかき消されるのであった。




