17 EX 元老院 1
元老院、それはこの西の大陸では比肩する存在がないほどの絶対的権力者たちの集団。
エルフ族、ドワーフ族と言った長寿族で構成されている故に権力者の代替わりというのが遅く、ここ数百年で起きていない。
「どう責任を取るつもりだ。トリスタン卿」
その代替わりが起きていない理由はいくつもあるが、その一つであり、かつ絶対的だったのは『世界樹』とこの大陸では呼ばれているワールドツリーというトレント系モンスターの存在があった。
そのモンスターの管理をして人々の住む土地に安寧という名の檻を形成し、権力を維持するという役割を元老院のメンバーである街の長は担っていた。
それはこの数百年という彼の権力者としての歴史において、不動のものであり、不変の物だった。
「・・・・・」
「沈黙は肯定とみなすぞ」
事の起こりは、今回の元老院の緊急招集が行われる三日前。
突如として、トリスタンの街の世界樹、ワールドツリーが消滅した。
何の前触れもなく、否、少女の叫び声のような声がわずかに聞こえたという噂話はあるが、逆に言えばそれ以外の情報はなく、それ以外の前触れもなくトリスタンの街に存在した世界樹は消滅した。
「お、お待ちください!今、部下に指示を出して鋭意捜査中です!」
その事実は、数百年の間安寧という名の支配を実行してきた元老院の屋台骨に悲鳴を上げさせるほどの衝撃を与える。
円卓に座る一画、トリスタンの街を支配していたエルフの男は、焦りを隠すこともできず、慌てて立ち上がって弁明を叫ぶが、他の街の支配者たちは冷めた目でそれを見ていた。
「三日も時間の猶予があったのに、なんら報告が上がってこぬではありませんか。なぁ、パーシヴァル卿」
「左様ですな、ガウェイン卿。我らが世界樹が消滅してしまったというのに、その原因の一端すらつかめないとは、世界樹の守り人としての資質を疑いますな」
ワールドツリーが与える恩恵は、数百年という長寿族でも長い時間で身に染みてわかるほどに絶大だった。
土地を支配できる。
水も、土も、風も支配し、そして街の外のモンスターからも身を守ることもできる。
生活基盤のすべてを押さえ、気に入らない住民を街から追放するだけで相手の生活は破綻する。
長い歴史、そう、長い歴史でそうやって都合のいい住民だけを選定し続けて、地位を盤石にするにはワールドツリーという存在は元老院にとっては依存と言っても過言ではないほど、重要な存在だ。
それは、他者が考えるよりも絶対的恩恵で、西の大陸の権力者たちにとっては口にはしないが、世界樹とは神よりも身近であり、絶対的な力の象徴だった。
エルフの男二人が口元を冷笑で染めて、元老院から脱落する未来が確定している『元』仲間を蔑むのも無理はない。
それほどの失態を犯したのだと、この場にいる誰もが理解している。
「アーサー翁、この者の処遇はいかがいたしますか?」
他の街を支配するドワーフの男が、円卓と言いつつも最も豪華な椅子に座るこの元老院で最古参のエルフの男を見る。
この元老院は合議制を導入し、多数の意見を採用すると表向きにはなっているが、この男が口を開けば、その言葉が元老院の意思を決定する。
「・・・・・世界樹を消滅させた罪は何事にも変えられぬ。しかし、トリスタン卿の数百年に渡る忠義もまた事実」
目の前を見ているのにどこか遠くを見るような、そこを見ていないと言わざるを得ない空虚な目でトリスタン卿を見たあと口を開いたアーサー翁。
その視線を浴びたトリスタン卿はびくりと背筋を揺らして沙汰を待つ。
「三カ月の猶予を与える。それまでに下手人をこの場に連れて来い。できなければ・・・・・わかるな?」
「はっ!神樹に誓いまして!」
数百年の忠儀が、たった三か月の猶予に変わる。
この理不尽な交換に異議を申し立てることなどなく、トリスタン卿は胸を張って返事をする。
「アーサー翁の寛大な処置に感謝するんだな」
「・・・・・モードレッド卿」
寛大とは言い難いが、ワールドツリーを失ったという失態を前にすれば、即死刑にならなかったのは十分な温情に値するらしい。
皮肉気に笑う、ドワーフの男をトリスタン卿は睨みつけるが、自分の地位が危ぶまれているトリスタン卿ではさしたる効果もない。
最早同格として見られていない事実、その現実だけが伝わる。
「そうだな。今はただでさえ逆賊を討伐するのに忙しい、足を引っ張らないでいただきたいな」
「ケイ卿のおっしゃる通りですな。いやはや、私の街が離れていなければ、私自ら剣を取り、あの小娘の首を取って見せるのに」
沙汰が言い渡され、余命いくばくかとなった男には最早興味がないと言わんばかりに雑談が広がりつつあり、トリスタン卿がぎゅっと握りこぶしを作り、それを隠す。
「そう言えば、ガレス卿、戦時物資の運搬に抜かりはないであろうな?あれは、我らの街からも供出した貴重な物資、もし万が一逆賊に奪われようならそこの男のようなことになりかねないぞ?」
「ご安心を、ランスロット卿。我が精兵を護衛に付け砂船の船長も歴戦の猛者を配しました。万が一もないですな」
「それは心強い!精強と謳われるガレス卿の兵士なら安心だな!どこぞの街の兵士は終ぞ世界樹の異変に気付かなかったからな」
「いやいや、何をどうすればそのようなことになるのか某にもわかりませんな」
下卑た笑い声、それは今回の悲劇も所詮は他人事だと思っている故の余裕からこぼれるモノだった。
自分には起こり得ないという楽観的な思考が、明日のことを楽観的に考えさせ、そしてそれを事実だと認識させる。
元老院の地位の地盤たる、ワールドツリーが消滅したという事実があるというのに、なぜ危機的思考を抱けないのか。
それは数百年の歴史があるからではなく、その力を否定するという思考が最早彼らの中にはないからだ。
長い間何事もなく、安寧に好き勝手出来る時間は、その人物が持つ潜在的資質ですら腐らせ、思考をより低俗にする。
大事な会議の場というのも忘れ、特産物の自慢話や会議後の食事の話まで出始め、厳粛な雰囲気とはかけ離れているときだった。
ダン!と大きな音を響かせ議場の扉が開かれた。
「何事だ!」
扉の前に控えていたドワーフの兵士が槍を交差させ、飛び込んできたエルフの男を取り押さえるが、エルフの男はそれどころではないと目を見開き口を大きく開けて叫ぶ。
「パーシヴァル卿に危急の知らせが!!パーシヴァルの街の世界樹が消滅しました!!同じです!トリスタン卿の街と同じく突如として消えたと!」
「なんだと!何の冗談だ!!」
その叫び声は一瞬の間を持って、受け入れられ、さっきまで余裕の笑みを浮かべていたエルフの男は泡を食ったように慌てて蹴り倒すように椅子から立ち上がる。
「冗談ではありません!黄金の鳥による緊急伝達です!」
「・・・・・そんな、馬鹿な」
現実を受け入れられず、否定の言葉を口にするも、男が持ってきた書状は各街に設置されていた緊急伝達用の用紙であった。
駆け寄り、その紙を奪い取ったパーシヴァル卿は、その中身を読んで膝から崩れ落ちる。
「「「・・・・・」」」
一度ならず二度目、その事実を前に何かが起きているとようやく感づき、雑談を取りやめ互いを見始める。
互いを見つめる理由は、腹の奥では互いに仲間だと思っておらず、そして隙あらば蹴落とし、その街の世界樹の恩恵を自分の物にしたいという考えを、ここにいる全員が持っているからだ。
消滅させたいとまでは考えていなかったが、自分以外の誰かがその席から蹴落とし、発言力を高めたい故に強硬手段に出たと考えた故の視線。
クラリスというこの元老院が逆賊だと認定している神の使徒ではなく、さらに外敵すらも疑わず、身内を疑うのがこの場にいる存在たちの関係を如実に表している。
そんなわずかな沈黙の最中に、開かれた扉の向こうから聞こえる足音。
それはゆっくりと歩いてくる音ではなく、慌てているのが手に取るようにわかるような荒々しい足音だった。
その音を聞き、元老院の何名かは崩壊の音だと錯覚して頭を振り、気の迷いだと割り切った。
「ガレス卿に報告です!」
「今度は何だ!」
二本目の世界樹の消滅だけでも大ごとだというのに、これ以上のことがあるのかと、入り込んできたドワーフの兵士にガレス卿と呼ばれたドワーフの男が叫ぶ。
「はっ!ガレス卿にお伝えします!戦時物資を運んでいた砂船が襲撃され拿捕されたとの事!乗組員は全員無事であり、護衛の兵士は怪我人が多数出ておりますが、死傷者はいないとのこと」
「馬鹿な!何かの間違いであろう!!」
しかし、その叫びの代償を支払わせられるとは誰が思うか。
ドワーフは神経が図太い、伝令に来たドワーフの兵士も自分の職務を全うするためにその叫びに怯まず、覚えて来た内容を全力で叫び、議場に響き渡らせる。
その内容を聞いて、ガレス卿はその胴長短足の体を椅子から降ろして兵士の元に駆けだす。
どこかで見たような光景の再来に視線は入り口の方に集まり、これもまた見覚えのある用紙までが同じ。
違うのは、伝令の兵士がエルフからドワーフに変わったことと、緊急伝達の内容が世界樹の消滅から戦時物資の喪失に変わったこと。
失態具合で言えば、世界樹の消滅よりもマシであるが、経歴に大きな傷がつくほどの失態であることには変わりない。
「っく!?敵は、敵の正体については何か情報はないのか!!」
「伝達内容はそれだけであります」
「クソ!役立たずが!!何のために金をかけたと思っているんだ!!」
背後から突き刺さる、冷たい視線。
さっきまで談笑しあっていたランスロット卿ですら、笑みを消し、どういうことだと詰問するような視線を送ってきている。
せめてもの抵抗で、情報を少しでも引き出そうとしたが、現場からかけ離れているこの議場に入ってくる情報は限られる。
緊急伝達は速度が速い代わりに、入れられる情報も限られる。
欲しい情報が無かったガレス卿は舌打ちをして悪態をつくが、それで現状が変わるわけではない。
世界樹を失ったトリスタン卿はそんな2人を見て、心の中で『ざまぁみろ』と思った。
片方は自分と同じ立場に堕ち、もう片方は片足を踏み外して、もっと失態をすればこちらに堕ちてくるとわかった。
その失態を見て、心の中がスッと軽くなるのを感じている。
何かが起きているのは確かだ、しかしそれよりも、他者の失態を見て気分が良くなる。
これが数百年かけて腐ってきた連中の姿。
「皆の衆」
そんな連中をまとめる立場の男の一声に、阿鼻叫喚の地獄絵図になりかけの光景に静けさが戻った。
「此度の異変は最早看過するわけにはいかぬ、全力を持って解決に当たれ」
そしてそんな指示を飛ばせば、ようやく自分の身にも火の粉が降りかかっていることに気づいた残った元老院たちは頷き。
「「「「神樹に誓って!」」」」
己の利権を守るために、胸を張って誓いの言葉を放つのであった。
その内心は、染み付いた楽観的思考を捨てきれず、まだ何とかなると慢心で満たされながら行動を起こし始める。
異分子とも言える自由の子から崩壊を知らせる鐘の音は響いた。
『ふーん。これはいいタイミングだね♪』
そしてその自由の子によって生み出された義賊は、闇に潜み、侵入してその会議の様子を見て動くならここだと悪い笑みを浮かべて、誰にも気づかれることもなく闇に溶け込み消えるのであった。




