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16 嘆きの人形

 

『酔い潰し改弐』によって泥酔状態になり感覚の麻痺したワールドツリーには、現在行動制限がかかっている。

 本体を支える養分の吸収器官である根っこが空間全体にはびこる、この地下空間に侵入者が現れたのなら、本来ならその存在を吸収するために細根が殺到するはずだ。

 しかし、その行動は封じられ、もはや自慢の根っこはすべてネルによって切り落とされた。

 空間を支えるワールドツリーの根を排除したことによる地盤沈下に対しては、浮遊の札によって対策を施した。

 街の住民の生活環境を壊さず、誰にも気づかれないようにゆっくりと降下するようにしてある。


 そんな手の込んだ『作業』をしていたから、ここまででも結構な時間を要した。


『さてと、次は本体だな』


 ワールドツリーの安全な討伐を目指すと、どうやっても手順が増え、作業時間も増える。

 ただ倒すだけなら真正面から挑み、倒した方が楽だし断然早い。

 街の被害という観点を度外視すれば、俺たちなら戦力的にはそれが可能だ。


 効率的に討伐することだけに着目するのなら、その目的に合わせた作戦を展開すればいいだけのこと。


 しかし、ゲームではなく現実としてこの世界を知ってしまった俺は、さすがにそこまで倒すことだけに効率厨になることはできない。

 この世界に転生して、この世界の住民の生の生活を間近に見てしまえば、クエストの攻略でも一般市民に被害を出さないというという配慮がどうしても組み込まれる。

 今回のクエストでは真正面からの戦闘だと街の被害が甚大になってしまうし、こっちの正体も向こう側に知られてしまう。

 お尋ね者待った無しルートは勘弁願いたい。


 なので、隠密行動でやれるように地下でせっせと作業をしているわけだ。


 FBOの時はNPCの仲間を増やして、同時に他の街でも同じ作業をできるようにして、西の大陸のクエスト攻略の時間短縮をできるようにゲームプランを構築していた。

 大陸にあるすべてのワールドツリーを排除して補給線を断ち、そのまま『夢幻のオヴェイロン』を一連の流れとして討伐できる枠組みを用意するのがFBOでの時短攻略のコツだった。


 西の大陸からゼロスタートの時は、それ専用のNPCパーティーすら構築していたほどだ。

 そこまで効率的にやらないと西の大陸のクエストは本当に時間がかかるのだ。


 何も知らない初心者たちが、エルフが好きとか、なんとなくとか、根拠なく西の大陸からゲームを始めて、ワールドツリーとの戦闘で詰むなんてことはFBOでは良くある話だ。


『救援求ム、ワールドツリーが倒せない』


 なんてタイトルのSNSはFBO界隈でよく流れていた。

 そんな彼らの中にはネタで、某空気男の曲のパロでワールドツリー版が作った輩もいて、それを倒せないワールドツリーの前でFBOプレイヤーがゲーム内で熱唱している動画を見たことがある。


 それくらいに、ワールドツリーは倒すまでが面倒で、それゆえに倒す方法は研究された。


 より簡単に、より少人数で、より効率的にと検証班が実践検証を行って、倒す方法が模索された。

 そんなFBO検証班たちの努力の賜物である検証結果を知識として備える俺がここにいるというのは、ワールドツリーにとっては不運と言うしかない。


 ひとまず、側根の根っこを切り落とし終えて、地盤崩壊を避ければ残るは本丸のワールドツリー本体。

 根っこを切り離したことによるダメージは入っているだろうけど、HPゲージはまだまだ八割以上残っているだろう。

 地下空間全体に広がっていた根を切り払い、ワールドツリー本体を支える不格好な主根だけが天井に残っている光景を、俺は腰に手を当てて見上げている。


『ここからどうするのリベルタ?』

『ちょっと待ってくれ、攻撃効率を上げるために色々とデバフをかけないと』


 堂々と街の中央に生えているワールドツリーを下から、それも根っこの付け根の部分を見上げる光景なんて珍しいだろう。

 しげしげと、ネルがしばらく観察したのちに、防護マスク越しに俺を見る。

 ワールドツリーのいる場所は近接攻撃するには少し高さがあるが、俺たちの身体能力なら問題なく攻撃できる。


 なので、ネルがハルバードを構えて攻撃する?と首を傾げて聞くのは当然の流れだ。


『デバフ?』


 しかし、ただただ攻撃して倒すのにはワールドツリーは些か以上にタフだ。

 ここからさらに、もう一工夫を加えてダメージを通りやすくする必要がある。


『トレント系はタフだからなぁ。酔い潰しで沈黙させているけど、そのタフさは健在だ。酔い潰しで動きを封じても自動回復まではさすがに止められない。時間をかけて倒すと、万が一目覚める可能性もなくはない。そうなると面倒なことになる。根っこを切ったのは根っこをフル稼働させて回復されないようにするためだし。それでも、本体の耐久値は同格のモンスターの中でも群を抜いて高いし』


 ワールドツリーは耐久性、具体的に言えばHPと回復能力という点で言えばあの恐ろしき雨の日に現れたレイニーデビル『ジェリークラウドレイニー』よりも上だと言えばそのタフさは伝わるだろう。


 あのレイニーデビルを倒すためには大規模な攻勢をしかけた。

 それでもギリギリだったと今にしても思う。

 そんなレイニーデビルよりもタフなワールドツリーに、色々と装備も強化されたと言ってもたった三人で挑むというのは、傍から見れば愚かな行為と言われても無理はない。


『なので、取り出すはこのいかにもヤバそうな見た目の人形です』


 しかし、物事には例外がある。

 やろうと思ったのなら、やれるように工夫する。


 そんな座右の銘があり、そして実現してきた検証班が作り出したワールドツリーを討伐するときに使うアイテムを鞄から次々と取り出す。


『・・・・・不気味ね』

「はい、少々見た目が独特ですね」

『イングリット、素直に言って良いんだぞ?』


 サイズ的には小さな子供が持ちそうな、少女姿の人形だが、その見た目が完全にホラーチックな容姿のため、ネルは気味が悪いと言わんばかりに防護マスクの中で表情を歪める。

 イングリットはさりげなく、一歩引いている。


 ミリーに至ってはその人形を見た瞬間に本能的に怯えて顔をしかめている。


『それ、なんていう人形なの?』


 朽ち果てた洋館とかに放置されている、古ぼけた少女の人形と言えばいいだろうか。

 ホラー映画だと空中とか飛んで、不気味に笑い始めそうな雰囲気だ。


『クライバンシー人形だ』


 呪いの人形と言い換えたほうがわかりやすい見た目のそれを、合計で十体ほど取り出したところで、また別のアイテムを取り出す。


「リベルタ様、何故金槌を?」

『え?この人形をワールドツリーに打ち付けるためだけど?』


 金槌と五寸釘。

 洋風の少女人形ではなく、藁人形であれば丑の刻参りと言われそうなセットにイングリットが首を傾げる。


 FBOでは色々なデバフスキルやアイテムが存在する。

 そしてデバフの代名詞と言えるのは呪い系のスキルやアイテムだろう。


 流血や、毒といった物理的なデバフも色々と存在しているが、防御力を下げたり速度を下げたり、攻撃力を下げたりと、ゲーマーにとって馴染みがあるデバフの大多数がこの呪い系統のデバフに該当する。


 そもそも、ステータスという目に見えない力を下げるというのを物理的な分野で行うとなると、手足を損壊させたりしないと実現できない。


 そんなことをしていると、デバフではなく普通の攻撃だろ?という認識になる。


 相手の肉体に物理的なダメージを与えるデバフは毒や火傷、そして流血といった物が代表に上がる。


 しかし、今ここで俺がワールドツリーに施すデバフはステータスダウンをするためのデバフだ。


『大丈夫なの?触ったら呪われそうな見た目だけど』

『大丈夫大丈夫、呪われるのはワールドツリーだから』


 その中で色々と制約があるけど、デバフ界隈では性能が一級品なのがこの『嘆きの人形』こと『クライバンシー人形』だ。


『・・・・・呪われるのね』

『呪われるねぇ』


 このクライバンシー人形は服の色によって、ステータスダウンの中身が変わる。

 赤なら攻撃力、緑なら速度、そして青なら防御力といった感じだ。


 十体ほど取り出したクライバンシー人形の服の色は、青が五体、紫が五体。


 青はさっきも説明した防御力ダウンの効果が付与され、紫は回復阻害のデバフだ。


『ま、自分の体に打ち込まない限りは被害はないから安心しろ』


 そんな効果を持ったクライバンシー人形の一体を片手に持って、反対の手に五寸釘と金槌を持った俺は、ワールドツリーの本体を見上げて、一回しゃがみ込み跳躍する。


 一回の跳躍で、一気にワールドツリーの本体に迫り、跳躍による滞空時間の間に俺はクライバンシー人形をワールドツリーの体に押し付け、指に挟んでいた五寸釘を飛ばして尖った部分がクライバンシー人形に突き刺さりそうになった瞬間金槌を振り下ろす。


『キヤアアアアアアアアアア!!!!』


 その瞬間に響く、切り裂くような嘆きの叫び。

 痛みに悶え、そして暴れ狂うクライバンシー人形は瞬く間に人形の手の先から爪を出してワールドツリーの体に狂ったようにしがみ付く。


 爪はめり込み、しがみついた対象を絶対に離さないという人形の執念を見せつけられながら、俺は重力に従って自由落下で落ちる。


『とまぁ、あんな感じで呪われるから』

『怖いわよ!?叫び声もそうだけど、目から血の涙みたいのも流しているし、表情がさっきよりも怖いわ!!』


 そして着陸した際に、説明してみるとネルがドン引きした。


 クライバンシー人形の制約として挙げられるのがまず、デバフ対象に固定しないといけないことだ。

 直接触れて、そして固定しないと発動しない。


 そしてその呪いのデバフの解除方法は、脆いクライバンシー人形を壊せばいいだけ。


 なので、動き回るような敵相手にはあまり、使い勝手は良くない。

 今回は酔い潰しで動きを封じているし、体もほとんど動かないワールドツリーだからこそ有効なデバフアイテムなのだ。


 もう1つ制約があって、どちらかというとこっちの制約の方が面倒だと言える。


『次のやつも打ち込まないとな』

『まだやるの!?』

『一体だとまだまだ防御力を下げ切るのには効果が不十分なんだよ。あと、この人形、十体の姉妹全部を打ち込まないと、使用者も呪われるんだよね』

『やっぱり、呪われるんじゃない!?』


 このクライバンシー人形を作る際には一体ではだめなのだ。

 すべて十体セット、色は選べるからデバフ方面では種類は選べて便利なのだが、全ての人形を同一個体に打ち込まないとそのデバフが使用者にも返ってくる謎仕様なのだ。


 時間制限は一体目を使ってから一時間以内と長めに設定されているが、動き回っている相手に十体も人形を打ち込むことは難しく、さらに作業の途中で一体でも破損したらその段階で失敗扱いになり、十体分のデバフが使用者に反映されてしまう。


『大丈夫大丈夫、さっさと打ち込んでくるから、二人はその人形を触るなよ』


 代わりに、このクライバンシー人形のデバフ能力は一級品だ。

 クラス8だろうがクラス9だろうが関係なく、最大効果のデバフ効果を与える。


 こういう動かないトレント系みたいなモンスターにはうってつけのデバフアイテムだ。


 五体分の防御力ダウンを付与すれば最大効果を得られるし、五体分の回復阻害効果を付ければ、回復が追い付かなくなっていずれは死滅する。


 手早く残りのクライバンシー人形を打ち込んでみると。


『セミみたいだな』

『こんな怖いセミの大合唱は嫌よ』


 遠目から見ると必死に木にしがみついて鳴く、セミに見えなくもない。

 泣き叫ぶ声の響き渡るのが真っ暗な地下空間ということも相成って、ホラー感が満載。


 俺が場を和ませようと冗談を言ってみたが、さすがに受けが悪かった。


『そうか、なら、さっさと倒すか。人形を傷つけないように気を付けて攻撃してくれ』

『早く終わらせましょう、このままだと耳がおかしくなるわ』

「そうですね、早めに終わらせましょう」


 俺が鎌槍を構えるのに合わせ、ネルはハルバードを、イングリットは仕込み刀を携えワールドツリーに襲い掛かる。


 この後の戦闘行為は、クライバンシー人形の泣き叫ぶ声をBGMに、一方的な暴力を叩きつけるだけだ。


 その日の夜、トリスタンの街からワールドツリーが消えた際に泣き叫ぶ声が聞こえたと後でエンターテイナーから聞くのであった。


今回も楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


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