15 伐採?作業
FBOというゲームは、クエストに真正面から挑むということが贅沢だとよく言われる。
それしかルートがない時は仕方ないと思われるが、何かと手間のかかるクエストを、裏技的な方法で労力を減らして攻略できることからその考えは生れた。
「ネル、さっそくだけどあそこの太い根っこ行けるか?」
「任せて!」
『酔い潰し改弐』という酒というのも烏滸がましいような劇物でワールドツリーを酔わせ、相手を無力化してからトレント系の生命線とも言える根っこの切断を始めているのは、そのFBOの経験の片鱗とも言える。
トレント系特化、伐採スキルや戦斧系のスキルをこれでもかとふんだんに付与した、ナフセとパーシー合作のハルバード。
ネルが高く跳躍し構えたハルバードを大きく振りかぶり、見るからに太いワールドツリーの根っこに向かって一気に振り下ろす。
そうすると、まるで包丁で大根を切るかのようにスパッと綺麗に一本の根っこが切り裂かれた。
クラス8のワールドツリーの強さ的に言えば、その硬い根っこがこんなにあっさりと切れるはずがない。
しかし、現実は本体から切り離された根っこは力を失い、灰塵へと化している。
「すごい!ほとんど抵抗が無かった!!」
「元々、斧系の武器はトレント系みたいな木に近いモンスターに強いからな。それに加えて伐採スキルみたいな『木を切り倒す』ことに特化したスキルをふんだんに付与して、その能力を高めている。ワールドツリーにとって、ネルの持つそのハルバードは天敵その物だよ」
「へぇ」
その威力は、対象を特化させたことにより汎用の武器の性能よりも格段に高い。
特化型の武器ゆえに、ツボに突き刺されば、ワールドツリーがクラス8のモンスターの中でもタフネス寄りのモンスターだろうが、物理では俺たちパーティーの最強戦力であるネルが使えば、一撃で致命的なダメージを負わせることができる。
しみじみと根っこを切断して見せたハルバードを見るネルを脇目に、俺は背負っていた荷物から一本の杖を取り出す。
「リベルタって魔法を使わなかったわよね?」
「武器としての杖じゃないよ、これは測定器」
「測定器?」
「そ、これから貼り付ける物の位置をしっかりと把握するための測定器」
一見すれば先端に八面体にカットしたクリスタルを装備した魔法の杖。
しかし、この杖その物には魔法攻撃力を上げたりとか、回復魔法の効果を増幅したりとか、そういう効果は一切ない。
「えーっと、中心地はここら辺か?」
広大な地下空間の中央付近で、杖の先端を色々な方向に向けることにより先端のクリスタルが明滅して、正確な中央の位置を知らせてくれる。
トリスタンの街もそうだが、他のワールドツリーが生えている街もワールドツリーを中心に街が形成されている。
そうなると、自然と街の中央はワールドツリーということになる。
この杖の機能は二つ、1つは街の中心地を探るための機能。
「良し、これを地面に刺してっと」
中心地がわかったらそこに杖を刺し、固定する。
「魔力を流せば、天井に魔法陣が転写されるってね」
2つ目は、今回の作戦の要となる魔法陣の設計図を映し出す能力だ。
クリスタルの中に保存してある、魔法陣の図面をそのまま投写するだけの能力だが、この光は広範囲に広がり、地下空間の隅々まで詳細に魔法陣を投写してくれる。
「さっき切断した根っこに合わせてっと・・・・・よし、こんな感じだな。ネル、とりあえずこの魔法陣に添って根っこを切断していってくれ。多少根の本数が減っても天井が崩れる心配はないからどんどん行ってくれ」
「わかったわ」
その魔法陣は、いわば、この根っこを切る順番を示す設計図だ。
「あ、行く前にミリーに俺の手伝いをするように頼んでくれるか?」
「ミリーを?いいわよ。ミリー、リベルタを手伝ってあげて」
その設計図通りにネルが、ハルバードで根っこを切断しようとするのを呼び止めて、並行作業で別の作業を進めるためにお願いをする。
立ち止まって顔だけ振り返るネルに用件を伝えると彼女は頷き、目的地に着いて一仕事終えて、手持無沙汰になっていたミリーを手招きして指示を出してくれた。
『きゅー』
「お願いね」
「ここから先はイングリットのエアクリーンの範囲外での作業になるから、マスクをしっかりと装備するんだぞ」
「はーい!」
そして、ネルは鞄の中から防護マスクを取り出してゴーグルと一緒に装備し始める。
魔石を動力源にした空気清浄機能をもったマスク。
元々は砂漠を渡る際に、砂嵐対策で作った物だが、この空間に満ちる強烈な酒気にも十分に対応できる。
アジダハーカ戦の時に使った、レイニーデビル素材の装備よりも防御能力は劣るが、空気の浄化能力は互角の品だ。
さっきの跳躍したときはギリギリエアクリーンの範囲内だったから良かったけど、ここから先は範囲外の作業になる。
中々ごつい見た目をしている、防護マスクとゴーグルが一体化した代物を顔に装着して、ベルトを調整。
そして空気が浄化されているのを確認してから、ネルはハルバードを肩に担いで根っこの切断に向かっていった。
「イングリットはミリーと一緒にこれをお願い」
そして俺は束を通り越して、重ねて束ねて箱型のようにしてまとめてある物を鞄から取り出して、イングリットに手渡す。
「これは、お札ですか」
抱え込むほどの大きさ、そして重量。
普通に持てば重いと言わざる得ない品は、手のひらサイズほどの紙の束。
お札と呼ばれる、消耗アイテムだ。
塵も積もれば山となるというわけではないが、この広大な空間に広がる設計図通りに札を貼るとなると相当枚数が必要になり、相応の重量になる。
それにも関わらず、レベルアップにより強化された身体能力を持つイングリットは表情一つ変えず、涼しい顔で札の束を見る。
手が震えたりもせず、むしろ微動だもせずその束を興味深げに見つめる。
「そうそう、天井の上にある街を安全に降ろすための浮遊の魔法が書かれた札だ。魔法陣の設計通りの地点に張り付けてくれ」
「かしこまりました」
これが今回のワールドツリー討伐に当たり、街を崩壊させないためのキーアイテムだ。
落下して、街が崩壊するのなら安全にゆっくりと降ろせばいいだけのこと。
こんな都合のいい地下空間があるのだから、その地下空間を利用した作業をすればいいだけのことだ。
邪魔なワールドツリーの根っこは酒で酔っ払い、動かない。
元々、トレント系には痛覚はないが、根っこと繋がっているという感覚すらも『酔い潰し改弐』によって感じられず、反撃される心配もない。
その結果着々とネルによって根っこは伐採され続けている。
地中に張り巡らされている根っこの数が数なので、ネルの伐採が進んでも天井が崩落する心配はない。
全て伐採するのは札を貼り切ってからだ。
「俺も別の場所の札を貼るから、イングリットはミリーと一緒に札を貼ってくれ。ミリーには防護マスクがないから、イングリットの側を離れると酔いつぶれるしな」
「承知しました」
防護マスクはさすがに人間用のサイズしかないのでミリーはイングリットともに行動する。
天井に張り付いて、行動できる分作業効率も上がるし、イングリットの側から離れると瞬く間に酒気に当てられ行動不能に陥ってしまうからこの組み合わせはマストだ。
自分用の防護マスクがある俺は、自然とソロ活動になる。
遠目に、ネルがせっせと根っこを切っているのを脇目に、俺も自分の分の防護マスクを鞄の中から取り出して顔に装備する。
魔石も有限、酒気が強いこの空間では浄化魔法も常時稼働しているから魔石の消耗も早い。
イングリットのおかげで魔石も節約できた。
本当だったら、俺たちの魔力を使うタイプの防護マスクにした方が良いんだけど、砂漠という土地ではいざという時に魔力が使えなくなると致命傷になる。
なので、少しでも節約するために魔石タイプの防護マスクを使う。
「では、参りましょう」
『きゅ!』
俺の防護マスクの装着を見届けたイングリットは、ミリーに跨り行動を開始する。
了解と感じ取れるような鳴き声を上げて、ミリーは一回しゃがみ込むと一気に天井に向けて跳躍する。
たった一度の跳躍で、天井に張り巡らされている根っこに爪をかけ、そしてそのまま天井を移動し始めている。
逆さまになって頭に血が登らないか心配になるが、そこは適宜対応するだろうと思い、高速移動しながら札を張るイングリットを見送り、俺も作業を開始する。
あのペースなら端まで行くのにもそこまで時間はかからないだろうなと思いつつ、鞄の中から、もう1つお札の束を取り出して天井を見上げる。
『さてと、やるか』
首を一回こっきりと鳴らして、しゃがみ込んでから跳躍。
そして勢いを生かして、そのまま反転し。
『よっこいせっと』
脚にマジックエッジを生やして、天井に片足を突き刺す。
そして魔法陣に指定された箇所に、お札を張ってそして次の箇所に移動するときはマジックエッジを一瞬解除して反対の足に生やす。
それを高速で、交互に繰り返して走り出す。
『あー、頭に血が上る。ゲームだとなかったぞ』
時折、天井にぶら下がるような姿勢になって、血液を足に流して体調を維持しながら高速で移動しつつお札を張る作業をする。
FBOの時は専用の張るための魔道具も用意していたが、今回は手作業だ。
流石にそこまでの物を用意できなかった。
ネルの切断、俺とイングリットのお札張り作業。
これ、本当にワールドクラスモンスターの討伐作業なのかと疑問符を浮かべるような光景。
モンスターと一切、戦わず、別の作業をメインにやっている光景は戦闘とは呼び難い。
しかし、これがこのワールドツリーを討伐するにあたっては最善手であるのもまた事実。
天井で高速移動するという珍光景を作り出すのが、最善手とは笑えるなと思いつつ、せっせとお札を貼り。
『リベルタ!終わったわよ!』
『おう!なら、お札を張るの手伝ってくれ!』
『わかったわ!』
途中からは、指定された根っこを切り終えたネルも参戦してのお札を貼る作業をする。
いたるところに貼られるお札は、ホラーみたいな光景になるが、必要故に気にしない。
真っ暗な空間にお札という組み合わせが、あまり良くないシーンを連想させるが気にしない。
『ふぅ、終わった終わった』
『結構時間がかかったわね』
「はい、さすがに街一つ分の空間を走り回るのは大変でした」
そのお札を貼り終えて集まれたのは三時間後。
普通に考えれば三時間で終わる作業量ではないが、高レベル者のごり押し戦法でどうにかした。
『あとは、魔法陣を展開して天井がゆっくりと降下するようにすれば本番だな』
『降下するのはいいけど、気づかれないかしら?』
『天井までの高さを計測したけどおおよそ十メートル、その高さを九十日かけて降りてくるから一日約十一センチとちょっとの計算だ。一分あたりに降下している速度なんて髪の毛一本分くらいだから誰も気づかない』
「ですが、三カ月後には視界が十メートル分下がっているのですよね?途中でどなたか気づくのでは?」
『それよりも、騒がしい奴らが今色々とやっているだろ?気づくのはしばらく後さ』
「なるほど、それも含めての計算ですか」
準備はできた。杖に手を伸ばし、魔力を流し込めば魔法陣を投写している光に魔力が乗る。
それによって貼られたお札が効果を発揮し、これで天井が崩落する心配はない。
『そういうこと、そしてもう天井が落ちてくる心配はない。ネル、片っ端から根っこを切っていけ!』
『わかったわ!』
これで心置きなくワールドツリーを伐採できるのであった。




