14 地下空間の秘密
「本当に何も反応しないわね」
「今のワールドツリーは、酒に酔いつぶれたおっさん状態だからな。まともに動くことはできないし、俺たちを認知することもできない」
ミリーの背中に乗って、イングリットのエアクリーンの魔法に守られながら、思いのほか広いワールドツリーの太い根の隙間の酒気に満ちた空間を進む。
ミシミシと、しっかりとミリーの爪がワールドツリーの根に食い込んでいるというのにピクリとも反応しない。
正常な状態のトレント系のモンスターであるのならとうの昔に発見され、この空間の根という根が襲いかかって来ていただろう。
しかし、ネルが見回している周辺の根は全て沈黙し、悠々と謎にできた空間を闊歩することができている。
「恐ろしい、お酒ですね。これがあれば他のモンスターも平気なのでは?」
「『酔い潰し』には一応欠点もあるんだよ。まず一つ目は体内に摂取させないといけないこと。相手にかけるとか酒気を浴びせるだけじゃそこまで効果は出ない。二つ目は火と言うか熱に弱い。炎属性系の敵だと普通に燃えて相手を強化してしまう時もある」
巨大な体を持つワールドツリーを沈黙させることができる『酔い潰し改弐』の酒気にイングリットが感心しているが、この『酔い潰し改弐』も万能ではない。
「他に水系エリアだと水に薄まって効果激減、大量に投入して濃度を高めるっていう方法もあるにはあるから一長一短、飛行系ユニットだとそこまで運ぶのが一苦労、幽霊系やゴーレム系は効かないとまぁ、簡単に上げるだけでこれだけの欠点がある」
「ですが、条件を満たせばこれほどの効果があるのですから、かなり強力なのでは?」
「まぁ、ね。使い方次第だけど相手の体内に放り込むことができれば高い確率で相手の動きを封じれる強力なアイテムだよ」
しかし、万能ではないにしても有能なアイテムではある。
「放り込むのが難しいモンスターもいるの?」
「そもそも口がないモンスターとかいるからな。今回のワールドツリーは根っこから養分を吸収するっていう習性を利用しているから摂取させることができたけど」
色々なモンスターに効果が及び、行動を無力化できる。
「なかには、酒を飲んで強くなるモンスターもいる。鬼系のモンスターがいい例だな。あいつら、クラス7以上になるとそれがデフォルトでついている。酒精が強ければ強いほど強化されるから、酔い潰しを飲むと本気でヤバい、ステータスが最低でも倍になる。今回つかった改弐を飲ませたら三倍になる。おまけに酔っぱらって動きが変則的になって天然の酔拳が発動するから、回避性能が爆上がりして、変則的な攻撃のせいで倒すことが難しくなる」
「・・・・・使いどころを見極める必要があるアイテムなんですね」
「正しく諸刃の剣だな。使いどころを間違わなければ強力な武器だけど、間違えるとこっちが全滅しかねない。俺たちがあの酒という名の劇物を一滴でも摂取したら問答無用で倒れるから本当に気を付けてくれ」
しかし、逆効果になることも多々あるのだ。
万能アイテムなんて、そうそうにない。
過去に、友人のFBOプレイヤーが『酔い潰し改拾参』というとんでもなくヤバイ物を作り上げて、東の大陸にいるとある鬼に摂取させたことがある。そのプレイヤーは、酔い潰しというアイテムに可能性を感じ、どこまで強化すれば鬼を酔い潰せるかという研究をしていた。
結果はどうなったか。
東の大陸だけではなく、北と南の大陸もその鬼によって壊滅し、西の大陸の最終防衛ラインでどうにかその鬼を討伐することに成功させた。
最強であるはずのプレイヤーが、最強に育成したNPCによって壊滅一歩手前まで追い込まれたのだ。
俺もその教訓を知っているがゆえに、ナフセには改弐以上の酒精強化をしないように言っているし、この酔い潰しのレシピもナフセとリナにしか公開していない。
申し訳ないが、ドンたちドワーフにもこの酒の存在を知らせてないし、パーシーたちにもこの酒の存在を知らせていない。
この酒の存在を知っているのは作ったナフセと俺、そしてリナ、さらにはエンターテイナーとパーティーメンバーであるネル、イングリット、クローディア、エスメラルダ、アミナとなっている。
念には念を押して、神の契約によってレシピの情報も徹底的に秘匿し、存在も口外しないようにしている。
それくらいに危険なアイテムなのだ。
「このワールドツリーを討伐する際には一番効果的なアイテムだから持ち出したけど、他の戦闘だとあまり使いたくはないな。これに頼りっぱなしだと弱くなるし」
それに、相手を無力化できるアイテムは自分のプレイヤースキルを鈍らせるから、俺個人としてはよほどのことがない限りは使いたくはない。
仲間の危機や、こういう街に被害が出るときとかは使うけど、できうる限りは使用は避けたい。
よくよく考えて欲しい、この『酔い潰し』を使えば無力化できるモンスターがいる。
使い、無力化してあとは殴り潰す。
その繰り返し作業は素材回収とかでは優秀な周回性能を叩きだすかもしれない。
だが、その代わり戦闘というゲームの主目的である行為を単純な作業に堕落させることで実力の鈍化あるいは劣化を引き起こすアイテムでもある。
「そもそも、このアイテム、一本作るのにどれくらいのコストがかかってるかわかるか?」
「申し訳ありません、その点においては把握していません」
「私もわからない」
「諸々の素材を合わせて、500ミリリットルの普通の酒瓶の量で三万ゼニ」
そして何より、この酔い潰しを作るための素材を集めるのがものすごく面倒だ。
低ドロップ確率のアイテムが半数を占め、残り半数もドロップ確率はそこまで良い物ではない。
「三万ゼニ!?」
「私の記憶が確かでしたら先ほど酒瓶を五本ほど・・・・・酒量でいえば五トンほど放流されたかと」
おかげで、酔い潰しを一本作るのにとんでもない金額が吹っ飛んでいる。
俺の口からこぼれた金額に、バッとネルが振り返り目を見開く。
そして、俺の背後からはイングリットが息を飲む音が聞こえる。
「と言っても、素材集めは精霊たちに任せたから人件費的にはそこまでかかってないからお金は大してかかってないよ。でも、もし仮に南の大陸で人を使って素材を集めたらそれくらいにはなる試算だよ」
酔い潰しの一本の単価は日本円で言えば、三百万円だ。それがあの簡易マジックバッグのようなアイテムに二千本分入ってた。
それを五本使ったから合計で一万本分。
日本円で言えば三百億円がこのワールドツリーを討伐するのにつかわれている計算になるということだ。
「で、でも。本当にお金がかかってたら三億ゼニかかってたってことよね?」
「本当に精霊たちには足を向けて眠れないよ。低確率ドロップ品を根気よく集めてくれるから。アミナのスペシャルライブ以外にも、お祭りを開催したり、アスレチック公園を作ったり、舞台劇をしたりしてお返しをしないとな。ああ、そう言えば恋愛相談も受けたな」
その費用を格段に下げてくれる精霊たちは本当にすごい。
改弐でこの値段なのだから、これ以上の能力を求めるとなれば倍々的に値段が跳ね上がっていく。
ゲームあるあるだけど、素材を買い集めるのって普通にコスパ最悪なんだよね。
戦々恐々しているネルの頭を撫でて、その費用は掛かっていないことを教えると安堵のため息を吐いた。
俺自身も、精霊たちが協力的じゃなかったらフライハイトの経営が傾いていたと胸をなでおろしたものだ。
「ということで、実力を下げない意味でもコスパ的にも日常的に酔い潰しに頼るのは良くない。わかったか?」
「わかったわ!」
「かしこまりました」
便利な物には、相応に便利な理由があるとわかったネルとイングリットがうなずいたのを確認して、もうしばらくこの空間を進む。
この空洞はワールドツリーが作ったのではなく、このワールドツリーを植え付けそして育てようとした、元老院の権力者たちの祖先が作った空間。
この西の大陸の歴史の闇。
『夢幻のオヴェイロン』が作らせた空間。
「着いたな」
「これが、ワールドツリーの真下?」
「そうそう、すごい数の根っこだろ?」
まるで意図的と言わんばかりの広大な空洞。
最初の生贄の祭壇の通路から徐々に広がり続け、途中からはもはや果ての壁はどこにあるのかとわからなくなるくらいに、広大な空間が街の下に出来上がっていた。
こんな空間が何のためにあるのか、知っている俺からしたら吐き気しかしないが。
「すごい数だけど、なんでこんな大きな空間があるの?普通の木って土の中に根を張るのよね?これだと変よ。まるで根っこが街を支えて浮かせているみたいじゃない」
ここまで進んできて、ミリーが悠々と通れる道のりを経験したネルの疑問は当然と言える。
天上に張り巡らされるワールドツリーの根っこ。
この空間の上には西の大陸の街であるトリスタンがあり、そしてそこには住民がいる。
「夢幻のオヴェイロンが目覚めたときワールドツリーはとある行動を起こす。それに関しては説明したよな?」
「たしか、溜め込んだ魔力をオヴェイロンに送るのよね?」
まるでこの大陸に意図的に造られたかのような砂漠、そこでしか人々が生きることを許されない環境、モンスターも飢えて理性の欠片もなくなり襲い掛かり、この西の大陸では安全な場所はワールドツリーが恩恵を与える土地しかないと、長い歴史で思い込ませてきた実績。
「そう、精霊たちが管理しているこの大陸の地脈、そこから日夜ワールドツリーが魔力を吸収しその体にため込んでいる。それを『夢幻のオヴェイロン』が復活する際に送るんだけど、アジダハーカやほかの大陸にいる同格のモンスターと戦うとなるとそのエネルギーだけでは足りない。いざという時の予備燃料が必要なんだ」
そのために元老院を操り、そして一時の夢として一つの大陸の権力の頂点という椅子を用意した。
すべては、その時のため。
「まさか」
俺の予備燃料という言葉に、イングリットは何かに気づいて目を見開く。
「イングリットは気づいたか。そう、ワールドツリーはこの街の住人を外敵から守る。外からの危険から遠ざけ、この土地に住民を縛り付け、外に出さないようにする。それは来たるべき日、いざという時に地面を崩落させ地上に住む住人を全て根の下に押し込み、これまで生きて来て蓄えている魔力を吸収するためだ」
「それって」
そして俺はその気づきに対して答えを教える。
これがFBOの中でも西の大陸のストーリーが胸糞と言われる所以。
「元老院は知っているんだよ。この街の住人がすべて『夢幻のオヴェイロン』に捧げられる生贄で、エネルギーの予備だということを。守られているのは幻想だ。守っているふりをして生活空間って言う檻に閉じ込めているだけなんだよ」
この大陸の住人は、快適な土地を意図的に用意されそしてそこで歴史を紡ぎ、それを当たり前にして土地から離れられなくなっている。
怪物に支配された大陸。
それが西の大陸なのだ。
「なにそれ、ひどい」
「許せません」
「ああ、許しちゃいけないし、その計画をぶっ壊す必要もある」
FBOでこれを知った時は、なんでそんな暗いストーリーにしたのかと幾人ものプレイヤーは思った。
その真実はサ終されても語られることはなかったが、それがどうにかなると知ったプレイヤーたちは、小説の物語を変えるがごとく奮起した。
普通のゲームなら、そのストーリーの対策をNPCなり進行クエストで提示される。
そして既定の方法でその物語を攻略するのだが、FBOは違う。
「さぁ、さぁ、ネル。気合を入れろ。こんだけ張り巡らされている根を全部伐採して、ワールドツリーを討伐するぞ」
「任せて!全部私が切り裂いてあげるわ!!」
奇抜な方法だろうが、予想外だろうが、どんな手を使ってでも自分の理想の結果を引っ張り出す。
それがFBOプレイヤーの真髄なのだ。
「それじゃ、準備を始めようか。なに、酔っ払いを始末するだけの簡単なお仕事さ」
元老院の敵に回った存在はそういう存在なのだと教えるために、俺たちは行動を起こすのであった。




