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13 酔い潰し

 

「少し埃が多いですね、エアクリーンを発動します」


 トリスタンの街に作られた古い脱出路の出口から中に入って来て、出迎えたのは真っ暗な空間と、鼻孔と喉を刺激する埃にまみれた空気だ。

 何年どころではなく、何十年と使っていないであろう脱出路の淀んだ空気は、イングリットのエアクリーンによって一気に快適な空気に変わる。


「ありがとう、イングリット」

「いえ、お役に立てたのなら何よりです」


 俺はその間に、魔道具の灯りで周囲を照らす。

 ゲームで見覚えのある壁は、記憶にある物よりもだいぶ劣化が進んでいるように見える。

 構造的に通路が崩れる心配はなさそうだが、それでも視界に入る範囲の厚く砂埃の溜まった内壁を見る限り、この空間には誰も、それこそモンスターですら足を踏み入れていないようだ。

 点検されている様子も無く、下手をすればこの通路は長いこと忘れ去られているのではなかろうか。


「ミリーも大丈夫?」

『きゅー!』


 私財を持ち出すことを想定されている通路の幅はかなり広い。それこそミリーが動き回れるほどの空間が確かにそこにある。

 となればわざわざ、歩いて移動する必要もなく、再びミリーに跨り走り出すこととなった。


 真っ暗な地下空間を魔道具の灯りだけを頼りにスピードを出すのは中々の恐怖体験かもしれないが、俺たちは気にせず走る。脱出路なのでトラップもなく着々と街の中央に向かって進むことができる。

 所々劣化している個所はあるが、崩壊するほどではないので、問題なく石畳の道をミリーは駆ける。


「あ、分かれ道」


 そんな道を五分も走っているとネルが分かれ道を見つける。

 一方は直進する通路と、もう一方は直角に右に曲がる通路だ。


「そこは右に行ってくれ。その先に下りの階段があるはずだ」

「わかったわ。ミリー」

『キュー!』


 直進すればトリスタンの街の領主の館に向かう地下通路に繋がる。しかし、今はそこには用はない。用があるのは、領主の館に繋がる通路のさらに地下、世界樹の直下に繋がる通路だ。


 ミリーがいったん減速してから、そのまま右折通路に滑り込むように入る。

 こちらは私財を持ち出すことを想定していない通路だと思ったが、こちらの通路もミリーが通るには十分な通路幅が確保されているからスムーズに進める。


 相も変わらず、灯りのない真っ暗な空間だ。俺たちの手元にある魔道具の灯りが唯一の光源だ。


「なに、ここ」

「ここから先はちょっと慎重に進む必要があるな」


 そしてその光源が開けた地下空間を照らした。

 ミリーの足で、ものの数分で目的地の近くに着いた。そこは通路の先が展望台のようになった空間。

 そしてその先は空洞になっていてその先は真っ暗だ。

 ミリーは展望台の先端で立ち止まり、下を覗き込むように身を乗り出す。


 そのまま魔道具でその暗闇を照らすと。


「木の根よね」

「ああ、これは全部ワールドツリーの根っこだ」


 開けた地下空間の内壁一面にびっしりと太い木の根が張っている。

 景色的に言えばこんな空間は、誰かが意図的に作らなければ絶対にできないものだ。


「なに、ここ、すごく気持ち悪い空気だわ」

「それも当然だな。ここは生贄の祭壇だからな」


 その空間の異常な空気に、ネルが鳥肌が立った腕をさする。

 この異常な空間が意図的に作られ、そしてそれが真っ当なモノではないことを直感で感じ取った。


「生贄の祭壇ですか?」

「ああ。はるか昔、このワールドツリーを育てるために大勢の罪人がここに連れてこられた。そしてこの中に放り込まれると襲いかかった根から諸々吸いだされて養分となったわけだ」


 この展望台は罪人をつき落とすための処刑台みたいな役割もあった。


「今は使う必要がないから忘れ去られているようだけど、今も現役でワールドツリーが餌を待ってるってことでこんな空間があるんだ」


 胸糞悪い暗い話がちょくちょく混じってくるのがFBOだった。

 このストーリーには、もう少し黒い話があって、政敵で邪魔だったり、冤罪で捕まえられた人も密かに突き落とされたという話もある。

 突き落とされたら最後、何もかも吸収してしまうから跡形も残らない。


「こんな場所で、何をするの?」

「言っただろ、伐採作業だって。さすがに表からあの太い幹を切るのは骨が折れるし、倒したら倒したでこれだけ地中に張り巡らされている根が消えて街がヤバいことになる」


 そんな危険な空間で何をするのかと、ネルが振り返り俺の方を見るが俺はマジックバッグを漁ってここで使う物を取り出す。


「そのために、これを用意したんだ。その名も『酔い潰し改弐』」

「それ、お父さんたちの誰もが小さなコップ一杯も飲めなかったお酒?」

「元々の酔い潰しって言う酒が味は二の次、三の次、四の次、五の次って酔わせることだけに特化したお酒だからな。神すらその一滴で酔わせ次の日は二日酔いにさせるほどの酒だ」


 取り出したのはいたって普通の酒瓶。白い陶器の酒瓶にきちんとコルクの蓋がされていて、さらにその上にお札によって封がされている。


 この酔い潰しという酒は、文字通り酔うためだけの酒だ。アルコール濃度なんて関係ない。

 酒として酔わせるためだけの、効能、そして効果を発揮するれっきとしたポーションなのだ。

 バッドステータスである『酔い』を付与するこの酒を果たしてポーションと呼んでいいのかは些か以上に疑問だが、アイテム分類的にはポーションに区分される。

 真に恐ろしいのは、この酔い潰しは急性アルコール中毒は一切起きないのだ。

 更に依存性もない。酒の味としては下の下の下、しかし酔うという効果に関しては他の酒の追随を許さぬほど凶悪なのだ。

 そういうアイテムを今回用意した。


「それを、さらに魔改造して酔わせる効果を増強したのがこの『酔い潰し改弐』だ」


 そんな物を作るためにナフセに協力してもらって、毒物とか危険物を取り扱うような防護服を着こんで作り上げ、さらに瓶からその酒が一滴でもこぼれないように容器の陶器も特殊な物、コルクと封印の札も特製の物を用意した。


「でも、相手はトレント系のモンスターよね?木が酔うの?それにあんなに大きな木なのに一本で足りるの?」

「この一本でも酔うんだよな。普通の酒だと全く効果ないけど、これは『酔う』っていう概念を押し付けるヤバい酒だから。毒耐性とか持ってるモンスターだと効きづらいけどね」


 劇物と言っても足りないくらいの危険物を慎重にマジックバッグから取り出し、そしてそれをそのまま暗闇の中に向けて放り込む。


「ワールドツリーも地表の本体の毒耐性は高めだけど、トレント系って根から栄養を吸収するから、根からならこの酒をもろに体の中に吸い込むんだ。そうなってくると毒耐性とか一切無視して体内に吸収することになるんだ」


 パリンと何かが割れる音が響き、その直後に。


「何も起きないわよ」

「どうかな?」


 何も起きない、一瞬不発かと思ったかもしれないがその直後に『ブワっ』と闇の中から何かが噴き上がってくる。


「なにこれ!?」

「ははは!!酒瓶の中に高濃度で圧縮していた酔い潰し改弐の酒気だ!あの瓶一見すれば小さいけれど、出し入れが一回しかできない簡易的なマジックバッグみたいな物なんだ。あの酒瓶一本に一トンの酔い潰し改弐が入っている」

「一瓶に一トン!?確かそのマジックバッグにたくさん入ってたわよね?」


 そして何者をも絶対に酔わせてみせるという気概を見せる、酔い潰しのポーションとしての空気がこの空間に一気に充満する。

 アルコールが揮発しているような空気がイングリットのエアクリーンとぶつかり、俺たちの周囲だけは問題ないけどそれ以外の空間。それこそワールドツリーの根に向かって一気に酔い潰し改弐の酒気が染みわたっていく。


 色々なダンジョンに潜り、素材を集め、簡易的なマジックバッグのような収納瓶を作れるようになったのは西の大陸に渡る直前。

 別の方法を考えていた最中の俺に朗報を持ってきてくれたナフセには感謝しかない。


「保管庫の中にあった奴は全部持ってきた。ワールドツリー一体につき五本は使えるぜ!」

「すなわち、五トンの酒を摂取させるということですか」

「これで酔わない存在はいないぜ!!だけど良い子は真似しちゃだめだぞ!アルハラになるから!」

「だれに、言ってるのよ」

「いや、なんとなく注意喚起しておかないといけない気がした」


 高笑いをしながら、俺は追加で四本の酒瓶をマジックバッグから取り出してまた闇中に放り込む。そして遅れるように陶器が割れるような音がしたその瞬間、さらに濃くなった酒気がこの空間を満たす。

 ビシッとどこかの空間を指さして、注意喚起を促すというボケをネルに突っ込まれて、頭を掻いているがその間も酔い潰し改弐の酒気はワールドツリーを侵す。


 いかにモンスターの中でも最大の巨体を誇ろうが、五トンの酒という名の酔わせること特化した劇物を摂取させられたらいかにワールドツリーであろうとも無傷では済まない。

 死ぬことはないが、全身が酔いに侵され、まともに体の機能を発動させることができなくなる。


「さて、さて、そろそろいいかな」


 この酒気を吸収しないように、体の機能を閉鎖し始めているだろうがもう手遅れ。

 体内に吸収してしまった酔い潰し改弐は酔いの継続時間も延長しているから半日は確実に酔いっぱなしでさらに、強烈な二日酔いが明日から二日間ワールドツリーに襲い掛かる。

 なのでこの根っこは麻痺してまともに栄養を摂取できず酔いつぶれて動けないないただの木の根っこに成り下がった。


「ネル、ミリーに壁伝いで降りるように言ってくれ。イングリットはエアクリーンを維持してくれ」

「わかったわ。ミリー」

『キュー?キュ』


 安全が確保されたとはいえ、それは俺の言葉だけの保証。

 そんな空間に入ることにミリーは一瞬『本当に入るの?』と確認を取ったが、ネルの笑顔に負けてしぶしぶと言った感じで鋭い爪を展望台の石畳に食い込ませたり、ワールドツリーの根に食い込ませてゆっくりと降り始める。


 乗っている俺たちはミリーの体を足で挟むことで、落ちることなくそして手を使わず、垂直に壁を下りるという芸当を成し遂げる。


「深いわね」

「まぁ、あの巨体だからな。それなりに根っこも深い」

「ねぇ、これだけの根を全部切るの?」

「さすがに全部を切ってたら何日もかかるよ。切るのは奥の方、幹の根元の方の根が分岐する前の地点だな。そこなら切る場所が少なくて済む」


 思ったよりも広い空洞の中をミリーに乗りながら進む。その間トレント系モンスターならあるはずの根っこの攻撃は一切起きない。


 酔い潰し改弐によって酔い潰れて完全に感覚が麻痺して、機能不全を起こしている。

 おそらく今のワールドツリーにとっては俺たちが根っこの上を歩いているという感覚すらない。

 感じているのは、酒による酔いだけ。

 トレント系のモンスターであるから、他のモンスターと違ってふらふらと揺れて倒れ込む心配もない。


 なので、地上の方でもワールドツリーの異常にも気づくことはない。


「それなら安心ね。あんなに大きな木だもの、根っこの先を切っていったらどれだけ時間がかかるかわかったものじゃないわ」


 安心して、地下で根っこを切り離して、ワールドツリーの息の根を止めることができる。


「切るのは斧神術を持ってるネルが頼りだからな。トレント系ならネルが一番ダメージを与えられる」


 そして並大抵の強度ではないワールドツリーの根っこを切るための装備も用意している。

 ネルの背中にはいつもは見慣れないハルバードが背負われている。

 今回の作戦のために用意した新装備、対トレント系に特化したスキルを付与した一品。


「任せなさい!全部切ってあげる!」

「ああ、頼むぞネル」


 そんな装備を用意して俺たちは奥に進むのであった。





今回も楽しんでいただけたのなら幸いです。


そして誤字の指摘ありがとうございます。


もしよろしければ、ブックマークと評価の方もよろしくお願いいたします。


コミックス2巻と書籍第3巻発売決定!!ともに2026年10月15日発売です!!

それに伴い書籍第三巻の表紙絵を公開します!

絵師である『もきゅ』様に描いていただいたイングリットさん!

夕日をバックにした語らいの光景です!!


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
木が酔わ気になって気づかない、なんちて
闇さんことナフセさん、リベルタと契約してからハッスルしてますね。 成る程。根っこを利用して酔わせると。植物という先入観で見落としていました、確かにモンスターという生き物ですもんね。 それにしてもなんて…
ラウンド〇ップ改弐とかだと酔うとかじゃなくそのまま殺して枯れさせてしまうから今回はNGなのよ
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