8 現状
「予想よりも悪くはないけど、状況的には悪いと言って良い状況・・・・・リベルタが『悪くない』と言っているのは救いですわね」
「ひどいこと言われているような気がするけど、前科がありすぎて何も言えない」
エスメラルダの素直な感想に俺は苦笑をこぼし、クラリスからの手紙をエスメラルダに渡すと彼女は手早くそれに目を通して。
「・・・・・リベルタが事前にどのような予想をしていて、これよりも悪くなっているという状況を聞きたいですわ」
眉間に皺を寄せる。
まぁ、手紙の内容は俺のさっきの発言からは想像できないほど危機的状況なのだから。
「クラリスさんの拠点としている街に向けて、元老院からは兵が差し向けられて、他の街へはクラリスさんの包囲網を形成するための檄文が送られ孤立無援。私たちが住む大陸で言えば、陛下が配下に号令を出し、討伐を命じたことと同じこと。これが一貴族の領地に対して行われたのなら、絶望以外の何物でもないですわね」
「罪状は、英雄の名を濫用し精霊を無下に扱ったこと。それにより精霊が激怒して長い歴史のある国と精霊の良好な関係を損なったことを償う必要があるって書かれているらしいねぇ」
「こんな物が大陸中に広がったら、神から遣わされた英雄だとしても終わりですわよ」
英雄の末路はかくも儚いとは物語でよく語られるが、いかにも政治闘争に敗れた末路っぽい展開に俺は頭を掻く。
大義名分は我らにありとそこら中で叫んでいるあたり、向こうも本気でクラリスを潰しに来ているとわかる。
これだけのことをしているということは、本格的に元老院はクラリスが邪魔になったらしい。
神様の使徒を襲って、天罰とか下らないのかなと思いつつも、元老院と繋がっているこの大陸の権力者たちもそれに呼応している現状は、有体に言えば最悪と言っても過言ではないだろう。
「問題なのは元老院という治世者の宣う正義が、どれだけ正しいのやらだ。俺が知る限りだけど、こういうのって本当は建前で本命の思惑が別にあるって言うのが常道なんだけど、そこら辺はエスメラルダはどう思う?」
「もう、リベルタわかって言っていますわね」
俺たちが知る、クラリスがそんな大罪を犯しているとは微塵も思っておらず、俺はエスメラルダと顔を見合わせて口元に笑みを作り合う。
「上に立つ者として、清廉潔白であることが理想に過ぎないことは百も承知しておりますわ。けど、これはお粗末と言わざるを得ませんわ。まぁ、リベルタがいるおかげで元老院の化けの皮が剥がれて、真実の一部を掴んでいるからこそそういう感想が出るのかもしれませんけど」
「こういうのを自作自演って言うんだよ。権力者ってこういう裏工作が好きだよねぇ。精霊を操っているのはクラリスじゃなくて元老院だって言うのにね」
裏事情を知る俺からしたら、なんと白々しい行動だと白い目で見ることもできるが、一貫して自分たちのやっていることを棚上げにしてみて見ぬふりをしているマッチポンプもここまで徹底してやれば逆にすがすがしいとも言える。
エスメラルダは、元老院の動きに嫌悪感を抱き、目頭を押さえため息を吐いた。
権力者なら政治的にやる悪徳行為であってもある程度限度はあり、そして暗黙の了解というのもある。
ようは、治世者として越えてはいけないボーダーラインを元老院が既に越えているとエスメラルダは思ったのだろう。
「クラリスさん大丈夫かな?」
そんな権力者に目を付けられたことにアミナは心配する。
「この手紙を俺たちに送れたってことは、まだ包囲網は完成していないってことだ。あちらには俺が鍛えた精鋭もいる。持ちこたえることはできるだろうさ」
エスメラルダの気持ちとアミナの不安は痛いほど察せる。
こう言っては何だけど、FBOに登場する東西南北の大陸の権力者で一番権力に執着しているのは誰かと聞かれれば、プレイヤーは満場一致で西の大陸の元老院だと答えるだろう。
なにせ、この大陸の大自然を破壊して砂漠にしてまで権力にしがみ付き続けて来た連中だ。
権力への執着という点で年季が違う。
「すぐに向かいますの?」
「正面から救援物資を送るのは、この段階だと得策ではないな。俺たちなら正面突破で物資を届けることもできるけど、できればクラリスが反攻してここまでのエリアを確保して自然とこの拠点を囲い込む方が今後の展開として都合がいい」
元老院という、一大陸を治める組織は長寿種族故に代替わりが遅い。
一握りの権力者が、その椅子に長く座り続けことが多く、それによって権力が肥大化してしまう。
「うちの自慢の、暗部に動いてもらうのが妥当だな」
「そう、ですわね。シャリアさんたちなら」
「こういう時のために増員もしているから余裕もある。たぶん、俺のゴーサインを今か今かと待ってるんじゃないか?まぁ、待っている間にシャリアの容姿にどれほどの男が騙されているか。下手したら、西の大陸でシャリアのファンクラブという名のガチ恋勢が出来ているかもな」
「・・・・・有り得ますわね」
大きくなりすぎて、もはや上層部は動かすことが出来なくなった権力者たち。
その一声によって、この大陸の軍隊が動いた。
討伐対象は、神から選定された英雄。
その英雄を醜聞で汚し、地位と名誉を地の底に落とそうとしている。
元老院の誤算は、俺がこの大陸にすでに着いていて動き始める準備が整っていることだろう。
「そんな男たちの被害をこれ以上広げないためにも行動を起こそうか。アミナ、潜水艦に行って艦長に四番の鈴を鳴らすように言ってきて」
「わかった!」
流石に衛星通信みたいな便利な物はないけど、あらかじめ伝達事項を決めておき、それによって指示を出せるようにはしている。
魔道具による遠隔伝達。
鈴の魔道具に番号を振り、その番号の鈴を鳴らすことによって遠隔地にある同じ鈴を鳴らし、あらかじめ決めていた指示を出すことでその行動をとってもらう。
「さてさて、後顧の憂いがないと思っている輩はこういう奇襲に弱いんだよな」
「悪い笑顔をしていますわよ」
「おっと」
エンターテイナーたちのエンタメが始まる。
西の大陸各地の街に入り込み、情報収集を行っているだろうけど、この指示を出した瞬間エンターテイナーたちのターゲットは権力者たちの醜聞公開に全振りされる。
隠していた真実の暴露というのは、権力者たちにとっては耐え難い苦痛につながるだろう。
「あとは、クラリスの拠点の包囲を図る大部隊に向かう補給部隊を襲撃しておくか。大部隊を動かすとしたら絶対いるだろうし」
「そのためには部隊の移動経路を把握しないとできませんわよ?それに護衛もいますわ」
「地図を見れば、ある程度の進路はわかる。それに俺が鍛えた皆が力を付けさせることに怯えている元老院の兵士に負けるとは思わないよ」
さらにダメ押しで、補給部隊を襲撃して食料の強奪を企てる。
砂漠の大陸で、食料の消失は命を失うことを意味する。
腹が減っては戦ができないと、ことわざにもあるが、特にこの大陸だと世界樹のある街でしか補給ができない。
だからこそ、文字通り死活問題になる。
テーブルの上に地図を広げる。
「大部隊を維持するための食料は、全土が砂漠のこの大陸では特に重要な戦略物資になる。だから、南の大陸での運用みたいに普通の荷車では絶対に運ばない。いくつか理由はあるが、一番はこの大陸のモンスターの特性にある。奴らは常に飢えて、縄張りに入った存在を手あたり次第に襲う。安全な経路というのが限られるんだ」
詳細に作られた地図は、この一枚だけでどれほどの価値を持っているか。
こんな物、どうやって用意しているかと言えば、俺の手作りだ。
細かい箇所の測量などはしていないが、なぜか忘却しない俺の記憶の情報を元に作り上げた地図。
この大陸を旅をしたことのある、クローディアとシャリアにこれを見せた時は、目を見開き互いに驚き、そのあとは無言で自身の記憶との違いを探し始め、まったくの差異がなかったことに俺の異常性を再認識された。
「そんなモンスターがはびこる砂漠の中で軍の命綱である食料物資を運ぶとしたら、当然だけど経路は限られる」
そんな細部にこだわった地図の上を俺は指を滑らせる。
「少量の食料、それこそ一部隊程度の食料ならモンスターの縄張りを通り抜けて運ぶことはできる。だが、大部隊を維持する大量の食料を運ぶ補給部隊となれば相応の人数が通る。大人数でモンスターの縄張りに入り込めば、間違いなく大量のモンスターがその部隊に襲い掛かる」
頭に刻まれる、モンスターたちの分布図を思い起こし、そして記憶に残る西の大陸の地形を加味して。
「そんな危険を冒す必要が、今の元老院側にあるとは思わない。クラリス派の勢力は一つの街に集約され、元老院側の方が包囲する形をとっている。後顧の憂いがない状態で下手なリスクを取る必要がない」
さらに、クラリスがいると思われる街までの経路だとすれば。
「ここだな、トトス砂漠。砂船が使えるほど豊富な砂があり、尚且つモンスターの空白地が多い。この砂漠を通る可能性が高い」
さらに経路は絞られる。
相手があの元老院であるのなら、自分たちの圧倒的な権力が負けるとも思っていないだろう。
なので、隠れる必要もなく最短経路を通ると予測される。
そうなってくると現場の人間は、安全な経路と思い込んでいるので、奇襲を避けるという考慮を二の次、あるいは三の次にする。
「その予想に自信の程は?」
「クローディアがゴブリンに挑んだ際の勝率くらい」
「・・・・・あの方が、ゴブリンに負ける姿が想像できませんわ」
「俺もだ」
そこまでの情報を加味した結果を告げる。
それにエスメラルダは真剣な顔で地図を見たのち、確証度を確認してきた。
「わかりましたわ。襲撃部隊の方の選定は私が担当いたしますわ。エンターテイナーの方々を一人と御庭番衆の方々を一分隊、できれば砂漠に詳しい方がいるのが望ましいのですけど」
そこに迷わず頷いた俺にエスメラルダは信じると頷き返す。
「クローディアはダメだ。顔が知れ渡りすぎている。それにモンスター相手ならともかく戦争に彼女を参加させるのは神殿関連でだめだな」
「そうですわね。それでしたら、エンターテイナーの方に地図を持たせて行ってもらうほかありませんわね」
人員選定を彼女に任せて、さらにダメ押しの手を考える。
元老院の醜聞は、エンターテイナーたちが広めてくれる。
元老院が派遣している補給軍隊の足止めは、今編成している部隊がやる。
これ以上になにができるかと、なれば。
「うーん、もう一押し欲しいところだな・・・・・そうだネルと一緒にいくつか世界樹を伐採しにいくかぁ」
「なんでそうなりますの?」
「それが一番効果的に、元老院への嫌がらせになるからかな?」
本格的な動きはもう少し先にして、その前にできる準備段階で敵の急所を突くかという発言にエスメラルダはピタッと止まったあとに、ため息を吐いて俺の方を見た。
「出来ますの?」
「ネルと俺ならできるな。イングリットも連れていけば万全だ。この拠点の守りはクローディアとアミナがいれば十分だし、指揮はエスメラルダに任せる」
「総大将が自ら敵陣地に乗り込むなんて、誰も考えませんわ」
「それだからこそ、奇襲になる」
俺の奇天烈な行動は今さらだ。
それがわかっていて、尚且つ引かないとわかっている彼女はもう一度ため息を吐いて。
「無事の帰還が絶対条件ですわ。それをお約束くださいまし」
「リベルタさんにお任せあれ、みんな無事に帰ってくるよ」
「それでしたら、私の言うべき言葉は一つですわ」
そして笑顔を俺に向け。
「ご武運を」
「おう!」
そうして三方向の同時作戦が開始されるのであった。
今回も楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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