5 治療準備(物理)
西の大陸で初めて精霊を発見する。
この情報が報告された瞬間、作業員も含めて全員が一気に厳戒態勢になった。
フライハイトでは日常的に精霊と触れ合えるので忘れがちだが、そもそも精霊とは滅多に出会うことができない存在なのだ。
力の弱い精霊であっても出会うことができればレアな体験だと言える。
そしてこの西の大陸で、精霊に出会うということは他の大陸と比べてだいぶ意味合いが変わってくる。
「属性はわかるか?」
「青っぽい髪をしてたから、たぶん、水属性だと思うっす」
「そうか」
情報を持ってきてくれた船員から報告を受けて、今回の作戦で事前にパターン化しておいた精霊への対処方法を展開する。
「飴には反応したか?」
「見つけた瞬間に仲間がやりました。結果は反応しなかったっす」
「パターンレッド!!パターンレッド、メディーーーーク!!!」
甘いものに反応しない精霊など存在しないと思っている、俺は、即座に大声で警報を鳴らす。
いや、俺の口で叫ばなくてもすでに対応はしてくれている。
慌てふためくわけじゃないが、俺がダメだと判断することを周知する必要がある。
「私は医者ではないのですけど」
「それでも、現状一番対応できるのはクローディアだからね。俺の戦闘スタイルは殺意が高すぎる、ネルは力加減がまだまだ甘い、イングリットだと失敗する可能性がある。エスメラルダだと接近されたら負ける。アミナは捕まえるのには向いていない」
そして、俺の叫び声に応えて苦笑しながら近寄ってくるのは、ついさっき解散して別行動しようとしていたクローディアだ。
体を軽くほぐしながら、自分でやることをわかっている彼女は、フライハイト内で格闘戦最強。
敵を捕縛することにかけても、フライハイト内で一番うまい。
「最悪、天拳の使用も視野に入れて。上位精霊だと手加減もできないし」
「水中にいる相手に手加減できるとは思いませんが・・・・・全力はつくします」
口では難しそうに言っているが、その彼女の口元は笑みを浮かべ、確実に対処して見せると物語っていた。
ここ最近、スキルの関係上、無手での対戦は俺の負け越しが増えている。
クローディアのプレイヤースキルは元々高かったが、フライハイトに来てからは俺だけではなく、ゲンジロウやシャリア、ジュデスといった他所では出会えない高レベル所持者と日常的に闘える経験が、彼女の戦闘技術を一層磨かせた。
格闘系のキャラを使ってFBOをクリアしたことがあり、FBO以外のVR格闘ゲームの経験もある俺が負け越している段階で、FBOで俺の知るクローディアの強さを既に超えているのは間違いない。
「イングリット!治療班の手配を!」
「かしこまりました」
「ネルとアミナは他に精霊がいないか警戒!御庭番衆から三名、二人と一緒に行動してくれ!」
「わかったわ!」
「わわ!?ネル、もうちょっとコンテナをゆっくり下ろそうよ!」
「あ、ごめんなさい」
そんな頼りになる彼女を引き連れて、精霊を発見した場所に向かう。
道中で、指示を出せるところは出しておいたが、いきなりのことで、マニュアルには精通していても少し慌てて行動している人も目に付く。
事故だけは起こさないでくれよと、願いつつ現場に急ぐ。
そこは揚陸艇を接舷させているエリア、その沖に1人海上に佇む少年。
青い髪、青い瞳、フライハイトで精霊を見慣れている船員が、水の精霊というのもうなずけるくらい、典型的な水の精霊の容姿だ。
「あ、リベルタ様!」
「変化は?」
「いえ、いきなり現れてからずっとあそこでこちらを見つめているだけで」
ただ一点、目がおかしい。
異形の姿をしているわけではなく、ただどこか虚ろな目で、どこを見ているかわからない様子。
必死に、船員たちが飴を片手に呼びかけを行っているが、見向きもしない。
「クソ!やはりレモン飴を用意しておくべきだったか!?」
「それは艦長の好みじゃないですか!ここは王道のイチゴ飴ですよ!」
「いいや!ここはビターなコーヒー飴だ!」
「これを見よ!芸術的なコーティングを施し、リンゴを丸々1つ包み込んだりんご飴を!!」
筋骨隆々な男どもが、皆片手に飴を握ってそれを必死に振りアピールする様は、お笑いを通り越して、怖さを感じる光景だが、船員たちは皆、フライハイトで精霊たちと触れ合っている。
彼ら、あるいは彼女らが、心優しく純粋なのを知っていて、触れ合う際の注意点も把握している。
そして同時に、この西の大陸に蔓延する精霊たちを蝕む〝病〟のことも知っている。
健全な精霊であれば、この甘いものラッシュを前にすれば多少なりとも反応を示す。
それくらい精霊というものは無類の甘いもの好きなのだ。
正常な精霊であれば、この男たちの努力に対して少しかあるいは思いっきり引きつつも、手元で振り回される飴には興味を抱く。
「リベルタ」
「ああ、当たりだ」
その精霊を見たクローディアは俺の名前を呼び、確認を取ると俺は頷きゴーサインを出す。
「捕獲します」
「俺は気配を消して、他に精霊がいないか探す」
「そちらは頼みます。あの精霊だけではない気がしますので」
そして正面から行くのはクローディアに任せる。
軽く深呼吸をしてから、一歩前に踏み出したクローディアは、ゼロから一気にトップスピードに達して。
「いやぁ、見事な水上走法」
陸地から海へ踏み込み、本来であれば沈むはずの足を沈ませず、水上の上を走ってみせた。
あれは、スキルではなく、純粋な体術だ。
ステータスという名の力技と言い換えてもいいが、スキルの中には水の上を走ったりするためのスキルもしっかりと存在する。
しかし、技術でもできることをわざわざスキルで補うことはスキルスロットの無駄。
訓練して身に着けた技術を披露するクローディアをしり目に、俺も大きく深呼吸をして存在を希薄にさせる。
俺の動きは誰からも認識されず、静かに一歩踏み出せば、もはや俺の動きを追える存在はいない。
虚ろな瞳をした水の精霊が海からきたとして、すぐに見張りに見つかるように登場したのには訳があると踏む。
偵察ならもっと見つかりにくいようにするだろうし、強襲ならそもそも戦闘が始まっていない段階でおかしい。
まるで、あの精霊を見つけてくれと言わんばかりの行動。
その動きの理由はいくつか、想像ができるが。
「うーん、こっちかぁ。予想が外れた」
今の西の大陸の情勢を考えると、おのずと理由は絞れる。
その予想の中で、最初にこれだと思っていた物は外れ、代わりに見つけたもので何故あそこに水の精霊がいたかというのを察した。
「大丈夫か?君たち?」
『だれぇ?』
あの水の精霊は、俺たちを探していたわけではない。
ここいら一帯を巡回していたわけでもない。
いま俺の目の前で、岩場の片隅で肩を寄せ合い、震え、怯える精霊たちを追跡してきた結果、偶然にも俺たちの拠点を見つけてしまったわけか。
『『『!?』』』
ドパンと海が破裂する音が響き、小さな精霊たちは驚き、さらに怯えてしまった。
「大丈夫、あの精霊は俺の仲間が何とかするから。ほれ、とりあえず、飴食べるか?」
ちらりと、音のした方を見れば、海上を走るクローディアが水の精霊と戦闘を開始したのが見えた。
海上、それも足場が不安という環境下、地の利は間違いなく水の精霊にあるにも関わらず、レベル差とプレイヤースキルで水の精霊を圧倒し始める。
その戦闘光景を見る限り、水の精霊は中位くらいの実力。
一般人からしたら災害と言えるような実力を持っているのだろうが、クローディア相手では地の利があっても、不十分だと言えるような実力だ。
『お兄ちゃんいじめちゃダメ!!』
飴を取り出して、安心させようとしたが、その戦闘を見て、水の精霊が押し込まれているのを見て、小さな水の精霊が俺の袖を掴んで抗議してきた。
『お兄ちゃん優しいの!ちょっと前まで、優しいお兄ちゃんだったの!!』
『変になっちゃった皆から、私たちを守ってくれたお兄ちゃんなの!!』
『いじめないで!!』
この健気な言葉を聞いて、おおよその事情は察した。
この精霊たちは追い立てられてきた、避難者ということか。
「大丈夫、大丈夫、ちょっと力技になるけど、あの精霊、お兄ちゃんもちゃんと助けるから」
ここら辺まで逃げてきたと言うことは、町周辺は最早精霊が近づいたらヤバい土地になっているのは間違いないな。
小さな精霊たちを安心させるために、ニッと笑顔を浮かべ、戦いの行く末を静観するように促す。
打撃を繰り出す、クローディアであるが、彼女の攻撃が本気であれば今頃、あの水の精霊は四肢のいずれかを失っているのは間違いない。
だが、いまだ五体満足である。
「あのお姉さんはな、精霊のお兄ちゃんを助けるために戦っているんだ。俺たちは、この大陸でおかしくなっちゃった精霊を助けるために来たんだよ」
『本当?』
「ああ、精霊王様から頼まれているからな。ほら、これが証拠だ」
戦いが激しさを増すにつれて、どんどん不安な表情を深めていく精霊たちを安心させるために、俺は懐からとある物を取り出す。
『王様の石だ!』
『王様の魔力!』
『あたたかい』
それは精霊王の精霊石。
七色に輝く、特殊な精霊石だ。
その石の内包する魔力は、他の精霊が持つことのない、特殊な波長の魔力を放っている。
精霊であれば、この精霊石の魔力の波長に気づくことができる上に、それを持つ俺が精霊王の精霊回廊に入ることのできる人間という特殊な立場だというのも察することができる。
『・・・・・もしかして、カイチョウ?』
「え?まぁ、そうだけど。どこでそれを?」
『やっぱり!お兄ちゃんが言ってた!アミナチャンっていう、すっごくお歌が上手な子がいるんだって!その、アミナチャンのお友達にカイチョウって人がいて、そのカイチョウが王様と仲良しだって言ってた!!』
しかし、そんな直感的な感覚よりもアミナファンクラブの方で気づいてくれるとは思いもしなかった。
さっきまでの不安そうな顔とは打って変わって、キラキラとした目で俺を見つめる小さな精霊。
髪の毛の色から察するに、風の精霊っぽい。
そんな小さな精霊から、いまクローディアと戦っている水の精霊がファンクラブの会員である可能性を聞かされた。
「まさか、ファンクラブがこういう形で役に立つとは」
西の大陸の精霊から信頼を得るために精霊王から手渡された精霊石だったのだが、その信頼を得るための手段としてアミナファンクラブが別の大陸で役に立つと誰が考えるか。
『あ、お兄ちゃん!』
そんなことを考えている間に、背後の戦いも決着がついたようだ。
小さな精霊の言葉に振り向けば、水の精霊を地面のある場所に引き摺り出してチョークスリーパーをしかけ、意識を締め落としているクローディアの姿を見ることになるのであった。
今回も楽しんでいただけたのなら幸いです。
そして誤字の指摘ありがとうございます。
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