3 揚陸準備
「見えたぞ!!西の大陸だ!!」
二週間の航海、長くも短くも感じたその時間。
暇という名の強敵と戦う日々に、終止符が打たれたことを告げる船員の叫び声。
潜水艦は浮上していないから潜望鏡で見ているのだろう。
そしてよほど嬉しかったのか、その声は艦内に響き渡り食堂でカードに興じていた俺たちの耳にまで届いた。
「西の大陸が見えたって!!」
「どんな景色なのかしら?アミナ!見に行きましょう!!」
「行っても、ごった返しになってるだけだから大人しくしていなさい」
海面下の閉鎖空間に二週間も缶詰にされているのだから、新しい光景を見たくてうずうずしてしまうネルたちの気持ちもわかる。
だけど、潜望鏡を覗ける人数は限られているから、この叫び声に誘われて見に行ったとしても、同じようなことをしようとしている人で混みあっていて、すぐに西の大陸を見られるわけでもないだろう。
ネルとアミナが飛び出さないように、肩を押さえると二人の不満そうな顔がこちらを向く。
「観光に来たわけじゃないんだ。ここからは、時間との勝負。上陸したら一気に拠点を作ってクラリスと合流しないといけないんだ。忙しくなるぞ」
元々、西の大陸には危機に陥っているクラリスたちの救援のために来ているのだ。
ここまで暇だった分の反動が間違いなく来る。
「それに、明日になれば嫌って言うほど見ることになるんだ。いま慌てなくても大丈夫だ」
ともすれば暇を持て余した、この二週間の退屈な航海の時間が恋しく思えるくらいに、後々忙しくなるのがわかっている俺は、その忙しなさが少しでも改善するように席を立つ。
「どこ行くの?」
「格納庫。たぶん作業員が上陸の準備を始めているだろうし、確認がてら行って手伝ってくる」
「私も行く!」
「僕も!」
「それじゃ、一緒に行くか」
西の大陸に着いたからと言ってすぐさま上陸というわけではないだろうが、それでも準備は必要だ。
上陸作戦の準備と段取りはしっかりと組んであるが、現地でいざやるとなると、予定と何かが違うという時もある。
なにか困っていることはないかなと思って、格納庫の方に向かったのだが。
「すでに準備は完了しておりますわ。航海中の二週間で何度確認できる時間があるとお思いですの?」
「あ、はい」
向かった格納庫の方で最終確認をしていたエスメラルダと合流すると、あっさりと上陸準備の完了を知らされる。
そりゃあれだけ暇な時間があれば、彼女のことだから何度も確認くらいはするか。
揚陸艇の準備をしていた船員など、最早目を瞑っていても作業ができるのではというくらいにシミュレーションを繰り返してきたので余裕の表情をしている。
格納庫に収まっている揚陸艇は、いつでも発艦できるように荷物の積み込みも完了している。
「あとは二番艦水鯨と三番艦空鯨とで連携して、予定地点に拠点を作るだけですわ」
「もうそこまで、連絡が済んでいるわけね。となると、あとは作戦開始の時間合わせだけか」
せっかく足を運んだのに徒労に終わり、肩の力も抜ける。
「狙い時は日の出前でしたわね」
「ああ、精霊の活動時間を踏まえるとその時間帯が狙い時だ。夜は闇の精霊が活発だし、日が昇るといろいろな精霊が活動し始める。夜が明けきらない時間帯、その時が一番監視の目が薄くなる」
しかし、完全に無駄足というわけではなく。
俺たちもこの揚陸艇に乗って上陸するのだからここに待機することにした。
「あのような難所に上陸するとは、だれも考えませんもの。精霊の監視の目も少ないはずですわ」
上陸する地点は、事前に手に入れていたこの世界での西の大陸の詳細地図を参考にして決定した岬。
浜辺はあるが、硬い岩場が散見されて見通しが悪い。
「今回の俺たちはお忍びでの上陸だからな、できるだけ人目は避けないと」
「お忍びの規模がおかしいと思うのは私だけですの?」
「大丈夫よ、私もそう思うわ」
「僕も!」
「ハハハハ!もう、非常識だと言われるのは俺も慣れたな!」
そこに隠れ家的な拠点と、潜水艦を収容できる隠れドックを作ろうとフライハイトで提案したときに向けられた、幹部連中の呆れた視線は今でも忘れない。
そんな大規模な拠点を秘密裡になど普通なら作れるわけもないが、俺だから作れるのだろうというイリュージョニストを観るような感情が向けられていた。
実際フライハイト建設した際に使ったゴーレム軍団を駆使すれば、隠れドックくらいあっという間に作れる。
一夜城を建てた豊臣秀吉も真っ青になるほどの堅牢な拠点を、作ってご覧にいれようではないか。
「そう思うのでしたら、もう少し手加減という物を覚えてください。毎度あなたの突飛な発想に付き合っていると驚かされて、心臓がいくつあっても足りないのですから」
「クローディアも来たのか」
「ええ、船長から伝言です。トルマンディさんは無事に西の大陸に上陸し、エンターテイナーに護衛されてクラリスさんとの接触に向かったそうです」
「そうか」
しかし、その拠点づくりもただ勝手に進めていいわけではない。
重要なのは、俺たちが関与しているという情報をギリギリまで秘匿すること。
そのためには隠れ蓑が必要なのだ。
そう、この西の大陸で元老院への反抗勢力として活動している、西の大陸の神託の英雄、クラリス・ノーランドという大きな隠れ蓑が。
「クラリスさんとの連絡はどれくらいで着きますの?」
「早くて2日、遅くとも5日ってところだろうな。エンターテイナーたちがいるからトルマンディの護衛は問題ないだろうし、トルマンディの案内があるなら砂漠越えも問題ないと思うし」
俺たちの活動が、元老院に知られるのはできるだけ遅い方が良い。
情報は秘匿できる期間が長ければ長いだけ、こっちに有利になる。
存在するはずのない戦力に対しては、どうやっても対策を打つことなどできない。
その間に、こっちは毒を仕込む。
元老院たちが長い年月をかけて作り上げた砂上の楼閣を粉々に打ち砕くための毒。
「クラリスを俺たちのところに引っ張り出して、これから作る拠点の表側の所有者をクラリスにする。そこからが俺たちの本番だからな」
「世界樹の伐採・・・・・最初に聞いたときは耳を疑いましたが、あの世界樹が砂漠を作る原因となればそれもやむなしですね」
世界樹という名の、トレント系ボスモンスター、ワールドツリーの討伐だ。
超大型モンスターの中でも指折りの巨体を持ち、その強さはクラス8とレイニーデビルと同格なのだ。
街のライフラインを担って、住民たちの生活の命綱にもなっている。
普通に考えて、それを倒してしまうことは住民の生活の困窮に繋がる。
そうなれば住民から反感と恨みを買うことになる。
「しっかりと、復旧プランも用意しているから問題ないよ。そもそも、世界樹を伐採しないで『夢幻のオヴェイロン』とことを構えたくないし」
西の大陸の住民全体を敵にまわすリスクを背負ってでも、やらないといけない。
むしろ、そのリスクの先にしか『夢幻のオヴェイロン』に挑む俺たちに勝ち目はない。
もし仮に、世界樹を伐採せずに『夢幻のオヴェイロン』が地上に顕現したらどうなるか。
それは大陸という無限とも言える養分を持った状態で、世界樹から供給される膨大な魔力を持った『夢幻のオヴェイロン』と相対することになる。
プレイヤーの中には、その状態での『夢幻のオヴェイロン』と戦い勝って見せる人物もいるが、今の俺たちにはそれをやれるほどの戦力はない。
そうなってくると、現実的に相手を弱体化させる手段を講じる必要が出てくる。
「あとは、元老院の動きを封じておかないと。あいつらを放っておくと本当に余計なことばかりやるんだから」
この西の大陸でのボス戦を説明するなら、ギミック系ボスと言えばいいだろう。
ギミックを一つ解除するたびに、ボスが弱体化する。
逆にギミックを一切合切解除しないとボスがとんでもなく強いのだ。
アジダハーカも中々理不尽な性能を持っていたが、この西の大陸のラスボスこと『夢幻のオヴェイロン』も中々えぐい性能をしている。
そのオヴェイロンの後援をしているのが元老院という組織だ。
「その事ですが、エンターテイナーたちが義賊活動を開始して元老院と住民の目がそちらを向いている間にこちらの行動を起こすのですよね?」
「ああ、まずは元老院の権力地盤を崩す」
元老院のことを俺たちFBOプレイヤーは総じて老害と呼称していた。
やっていることが、本当にクズ過ぎて、こっちもFBOの裏技を駆使して完封することが礼儀だと思えるくらいにクズっぷりを披露してくれている。
情け?容赦?温情?何それ美味しいの?と真顔で宣うFBOガチプレイヤーたちの元老院攻略手段が俺の頭の中に入っている。
「離間の計ですわね」
「そうそう、ただでさえ権力争いで足を引っ張り合ってる元老院だもん。裏で怪しいことをしているのが日常の彼らの仲を引き裂けばどうなるか、火を見るよりも明らかだよ」
クツクツと笑いがこみ上げてきて、今の俺はきっと悪い笑顔を浮かべている。
「彼らも日常的に使っている言葉だよ。弱味を見せた方が悪いって。ああ、そうさ、その通りだよ。だからその言葉に倣うよ。弱味を見せている元老院が悪い」
「うわぁ、リベルタ君が悪い顔をしているよ」
「こうなると、リベルタは止まらないのよねぇ」
FBOでは、初見だったときに散々痛い目にあってきた経験があるから、元老院は俺の中では完全な敵認定だ。
敵の弱点をさらすという部分においては、おそらく他の大陸のクエストと比べても、一番手間を掛けて調べた大陸だといっても過言ではない。
「あとは、クラリスたち以外のレジスタンス組織にも接触して、繋がりを作って、主要都市の中で市民に真実を伝えて」
指折りじゃ足りないくらいに、やるべきことが多い。
やっていることは完全に悪役の国家転覆のテロ行為なのだが、この大陸だけはこれくらいやらねばならないのだ。
本気の本気で、この国の体制はもう根っこから腐ってしまっている。
「リベルタ、そろそろ戻ってきてください。話が進みません」
「おっと、悪い悪い」
それを改善するには、この大地を一度完全に〝洗い流す〟しかない。
それはもう、砂漠が潤い、新たな命が生み出されるくらいのことはしないとな。
クローディアに呼び戻されて、興奮を一旦鎮火させて、意識を元に戻すと呆れたような眼でこっちを見る彼女たちの顔が見える。
「リベルタ様、艦長様から伝言で揚陸艇が出発できる海域までの侵入が完了したとのこと。周囲に敵影無し、精霊の監視網も見当たらないそうです。そして二番艦水鯨、三番艦空鯨から通達がありました。準備完了と。これより各船員に交代で休息を取らせ明日払暁の作戦開始に備えるとのことです」
「了解、それなら俺たちも装備の準備をしたら休もう」
そのタイミングで、格納庫にイングリットがやって来て伝言を受ける。
明日はついに、砂漠の大陸に乗り込む。
寝不足では作戦にも支障をきたすかもしれない。
準備を万全にした俺たちは、そのまま休息に入るのであった。




