2 航海道中
ゲームとかで初めての船旅というと、何らかのイベントが起きるものとゲーム脳の俺は考えてしまうのだが。
「ねぇ、リベルタ」
「なんだ?」
「暇よ」
そこら辺のフラグをしっかりとへし折るために構成した潜水艦艦隊がいるからよっぽどのこと、それこそ、海中にいるワールドモンスターでも出てこない限り問題はない。
当然、運に見放された俺がそんなことを口にすればワールドモンスターが近寄ってきそうな気がするので間違っても口にはせず、今は、西の大陸に向かっている航海の最中で、暇を持て余すネルに向き合う。
潜水艦の中が広いとはいえ、それはこの世界の船の中では比較的広いと言うだけ。
生活する分には問題はないけど、運動で体を動かすといった面では十分なスペースを確保することはできない。
食堂が一番広いが、かといってそこで運動をするわけにも行かず、水中で補給を受けることが難しいことから嗜好品の飲食も制限されている。
「チェスでもするか?」
「それも飽きたわ」
潜航して、すでに三日目。
潜水艦内の新鮮さはなくなり、そして海の中という景色を見るにしても同じような景色はさすがに飽きる。
時々、現在地を確認するために浮上する以外は基本的に潜航して西の大陸を目指しているから、トラブルが発生しない限り真新しさという物は皆無になる。
航海が順調ではあるが故の退屈。この潜水艦の巡航速度は10ノット程度、時速で換算すれば18キロメートルくらいになる。
海流に乗れるともっと速いが、動力源である魔石の魔力量を考えるとこの速度が妥当だ。
戦闘モードになるともっと速くできるけど、その分だけ当然魔道発動機の魔力消費が増えるし、他の設備へ回す魔力の余裕もなくなる。
一般的な帆船と違い、動力を持って自由自在に航行できるから、この世界の普通の商船などと比べると随分と速いからこの速度で十分ということもある。
そんな我らが潜水艦であるが、順調な航行故に西の大陸に着くまで二週間ほどが暇な時間ということになる。
半月も潜水艦の中に拘束されるとなれば、時間を持て余すのも無理はない。
個人の持ち込める荷物にも制限があるから、娯楽と呼べる物はそこまで多くはない。
俺が指さした方向では、休憩中の船員がチェスを指したり、読書をしたりしている。
ここにいない人の中には、自室で仮眠をとって休んでいたり、あるいは、部屋の中で仲間と話していたりと、各々の手段で暇な時間を潰している者もいる。
御庭番衆は武具の手入れや、瞑想といった鍛錬をしたり、エンターテイナーたちは余った時間を使って西の大陸の地図を広げて偵察の段取りをしていたりもする。
「それじゃ、西の大陸に関して勉強でもするか?」
「勉強?する!」
そんな空間にいるのは俺とネル、そしてアミナだけだ。
クローディアは自室で自重トレーニング、イングリットは厨房でこの後の食事の準備、エスメラルダは補給物資の確認で倉庫の方に行っている。
俺は何かしなくていいのかと言う話だが、俺も報告書や航行が順調かどうかの確認はしている。
逆を返せばそれくらいしかやることがないとも言えるが。
「アミナは・・・・・まぁ、いいか」
「さっきまで飛び回ってたから、疲れてよく寝てるわね」
三人で固まってはいるが、残りの一人であるアミナはついさっき浮上した際に、海上を思いっきり飛び回っていたからその疲れも相まって俺の隣でテーブルでうつぶせになって寝ている。
騒がしいほどではないが、静かでもない食堂で安らかに眠っている寝顔を見て起こすのはかわいそうだと思い、起こさないことにして俺はネルと向き合う。
起きていたら起きていたで、勉強と聞いてアミナがどういう反応をするかどうかわかっている俺たちは互いに笑い合う。
「と言っても、ネルもある程度は西の大陸については勉強しただろ?」
「そうね、アミナと一緒にエスメラルダさんに教わったわ」
「となると、まずは基礎的な部分の確認から始めるか」
そんなアミナと比べて、世界を渡る商人を目指すネルは学ぶことに対して貪欲だ。
フライハイトにいるときは、暇な時があればジンクさんと一緒にフライハイトの運営について学んでいる。
コツコツと知識を身に着け、貪欲に学び、そしてそれを自分の糧にしている。
それを苦と思っていないのは、勉強と聞いてなおご機嫌そうに揺れる尻尾と耳が物語っている。
「じゃあ、いつも通りクイズ形式で行こうか。西の大陸の一番の特徴と言えば?」
「大陸のほとんどを砂漠で覆われていることね。例外は世界樹と呼ばれる大きな木の周辺だけ、その木が水を生み出して、砂漠の浸食を防いでいるからその木の周りに生活圏ができている」
「正解。そう、西の大陸の生活は全て世界樹の側で完結している。例外的なのは、他国から来る船を迎える港町とか、魚を獲る漁村とかだ」
学ぶことを楽しんでいる、その結果がすらすらと出てくる知識だ。
「ゆえに、西の大陸の生活圏での土地の価値は他の大陸と比べて高い。生活できる土地が他の大陸と比べて少ないのだから当然といえば当然だ」
実際、この潜水艦に教科書を載せていたらそれを暇な時間の消費に宛てて知識を吸収していただろう。
「次の質問だ。西の大陸での都市間の移動手段はなにが使われている?」
「砂船ね。砂漠を滑走できる特殊な船で、帆を張って進む船もあれば、魔道具で動く船もあるわ。一般的なのは前者で、お金に余裕のある人や有名な冒険者は後者の砂船を使うわね」
「正解、他にもモンスターを使役してそのモンスターに乗って移動するケースもあるけどそれは例外だな」
ニコニコと、この質疑を楽しむ彼女の尾はこの時間を楽しんでいるとわかりやすく示し、テンポよくさっきから揺れている。
「じゃぁ、次だな。その西の大陸でのモンスターの特徴は?」
「飢えていることね。他の大陸と比べて飢えによる凶暴性が増しているわ。だから、襲い掛かって来たら滅多なことでは逃げたりしないわ。あと、獲物を見つけた時はしつこく追いかけてくるわ。対処法は追いかけられない速度で逃げるか、全滅させるしかない」
「正解、よく勉強しているな」
「これくらい当然ね!」
こうやって、質疑を繰り返すのは俺の中の知識の確認になって、俺からしても助かるから、ネルと二人になるとよくやる。
遊びの延長線上になるような行為だけど、こういうなんとなく役立つ時間が日常に紛れるのは幸せなことだ。
胸を張り、笑顔を浮かべるネル。
真剣な表情から一転、無邪気な笑顔を浮かべられると、つい、心の中では可愛いと思ってしまう自分がいる。
「次はちょっと難しいぞ」
「大丈夫!ドンと来なさい!」
「それじゃ、西の大陸の歴史の問題だ。西の大陸の昔、そうだな、約千年ほど前の姿はどんな姿だった?」
「千年前?えっと、確か」
そんな彼女に意地悪するつもりはないが、西の大陸で活動するにあたって、必要な知識のために出題した問題。
ネルはその問題を必死に考え始めるが、解答にはたどり着くのに時間がかかり。
「・・・・・自然豊かな大陸だった?」
少し自信なさげに、答える。
そんな彼女へ俺はサムズアップを向ける。
「正解だ。西の大陸は元から砂漠の大陸だったわけじゃない。その昔にあった大災害の所為で砂漠化した大陸なんだ」
その仕草に安堵したネル、しかし、この部分に関しては記憶があいまいであったようだ。
「大災害のことは勉強しているか?」
「そこまでは間に合わなかったわ。エスメラルダさんとクローディア様に教えてもらったのは、経済面とか風土とかの話ばかりだから」
「歴史の方はそこまで深堀りしなかった感じか」
その理由は、時間が無かったゆえに後回しにしていたから。
歴史という分野は、この世界では知識として伝承されてはいるが、一般的には昔話のように語られるケースが多い。
それ故に系統立てて整理されていないので幅広く、内容も多い。
すべてをピックアップしていては時間はいくらあっても足りず、専門家であってもすべてを網羅しているわけではない。
日本の教科書のようにわかりやすくまとめた書物があるわけでもなく。
そうなってくると教える側も難しいというわけだ。
「それに、大災害って自然災害のことじゃないの?私も自分で調べてみたけど、いきなり自然が枯れ始めて、その災害を防ぐために西の大陸の偉い巫女様が大精霊様に祈りをささげたことで世界樹が育って生きることができたって、ほとんどの書物に書いてあったけど」
そもそもの話、その歴史書そのものに改ざんを施されたら真実を知る機会もなくなる。
「その内容がすべて間違っているってわけじゃないけど、正確でもないんだよね」
「そうなの?リベルタはなにを知っているの?」
西の大陸の老害こと、元老院を構成する議員たちの種族はエルフやドワーフと統一はされていないが、その全ての議員には共通している血筋がある。
それは、エルフはハイエルフ、ドワーフはエルダードワーフと呼ばれる一つ上の種族の末裔だということ。
通常のエルフやドワーフと比べると長寿という特徴と、その長寿を生かして歴史の真実を知ることによって西の大陸を支配している。
「大災害は自然災害ではなく、人災ということがまず始めだ」
「人災?」
「ああ、西の大陸の自然を奪った元凶は『夢幻のオヴェイロン』と呼ばれるモンスターなんだよ」
「それって、リベルタが倒そうとしているモンスターの名前よね?」
「そうそう、元は西の大陸にいる小さなモンスターである『幻幼虫』という弱小モンスターだったんだけど、そのモンスターがとある一人のハイエルフに出会ったことが事の発端でな」
その真実を表に出せば、元老院の老害たちの地位は危うくなり、いずれは身の破滅を招く。
そんなことを望んでいない老害たちは、当然だが真実の秘匿と証拠の隠滅に奔走する。
そうして彼らによって捏造された歴史というのは耳当たりの良い物語ばかりで、それが長い年月語り継がれたらそれが真実だということになる。
俺はFBOでその真実を知る。歴史家のNPCであるエルフとドワーフの夫婦によって紡がれた西の大陸の歴史を知っているし、その歴史を今でも語る存在も知っている。
「話が長くなるから端折るけど、この幻幼虫っていうモンスターが奇跡的な巡り合わせの結果、『夢幻のオヴェイロン』って呼ばれるアジダハーカ級のワールドモンスターに進化しちゃったんだよ。その進化って言うのがとんでもない魔力を必要とするから、その魔力を得るために西の大陸の森の魔力を根こそぎ吸ってしまった結果」
「・・・・・大陸中の森が枯れちゃったの?」
「その通り」
FBOのストーリーで発生する災害は基本的に人災。
西の大陸でもそれは例外ではなく、大陸が砂漠化した根本的原因は過去のエルフの不始末とも言える。
夢幻のオヴェイロンの誕生秘話というと、聞こえはいいかもしれないがぶっちゃけて真実は胸糞の連続だ。
その話を聞いて、ネルの尻尾の揺れが止まる。
「そしてそれは今も続いている。地下で眠る『夢幻のオヴェイロン』は今も世界樹経由で大地から魔力を吸い続けている。『夢幻のオヴェイロン』を倒さない限り、あの大陸は永遠に砂漠のままなんだよ」
真実というのは時に残酷な現実を突きつける。
知ることは楽しいことばかりではない、そのことを知ってはいるが、やはりテンションは下がるのであった。




