30 EX 次代の神 17
その日の天界の庭園の空気は少し変だった。
「西の」
前回は南の大陸の使徒の女神であり、知恵の女神であるケフェリが不機嫌であったので、皆が気を使っていたのだが、今回は違う。
「この漫画はお勧めだ。読め」
「・・・・・はい」
庭園の一角、そこにキノコが生えるのではと思うくらいにじめじめとして暗く、そして『ズーン』という効果音が付きそうなほど落ち込んでいる女神がいた。
西の大陸の使徒の女神であり、調停の女神であるメーテル。
普段は凛として、責任感溢れる女神であるのだが、その彼女にしては珍しく落ち込み、覇気がない。
それは、普段ならあまりコミュニケーションを取ろうとしないケフェリが、自分の読んできた漫画の中でも思わずクスっと笑ってしまうほどにお気に入りの、桃色の髪の超能力者の少年が主人公の漫画を、そっと勧めてしまうほどだ。
素直にそれを受け取り、そして静かに読み始める姿も普段よりもしょんぼりとしていて、悲し気だ。
「いや、ここまで落ち込むとは」
「メーテルが落ち込むのも仕方ないのである、さすがに西の大陸の現状は笑えないのである」
「そうですねぇ、私もこの状況だとショックで食欲が落ちるかもしれませんねぇ」
西の大陸の現状は、神々の目から見てもヤバいと第一印象を抱くほど悪化している。
「最初は大丈夫よってメーテルは言ってたけど、日に日に元気がなくなってきてたよね」
北の大陸の使徒の神、そして戦闘の神でもあるアカムは、少年の姿らしからぬ親身な同情の視線をメーテルに向けている。
それは日ごろ迷惑をかけている女神故に、主神の座を競うライバルの不幸を喜ぶことが出来なくて、むしろ切磋琢磨で競い合うライバルが脱落しないか不安に思っているのだ。
「これも、勝負の常だと考えれば当たり前なのであるが・・・・・さすがに」
その隣で今日は漫画を読まず、落ち込んでいるメーテルの姿を見てもどうしようもないという表情で顔を横に振り、東の大陸の使徒の神である商売の神、ゴルドスは言葉を選ぶ。
「まさか、西の大陸の元老院があそこまで考えなしだとは思わなかったですねぇ」
そして困り顔で苦笑を浮かべるのは、今は南の大陸で公爵家に仕える愛の使徒の女神であり、愛を司るパッフルだ。
「精霊への感染拡大は鈍化しても止まることはせず、この調子でいけば西の大陸が滅ぶのも時間の問題だな」
「西のも残りの神託を全部使って対処しようとはしたから、いくらかマシにはなったけど解決はできなかったね」
「うむ、まさか元老院が西の大陸の英雄と神殿との対立を選ぶとは思わなかったのである」
メーテルが落ち込んでいるのは、西の大陸の情勢が想像以上に悪化の一途をたどっているからだ。
とある日、というよりは南の大陸で修業をして強くなってきた西の大陸の英雄であるクラリスが故郷に凱旋して帰ってきたことがきっかけだ。
クラリスは元々女神が選んだ使徒ということで民衆から支持があり知名度があった。
その点を、元老院という権力者層はあまり面白く思っていなかった。
神から神器とも言える武装と蔵を与えられていることだけでも、西の大陸を支配し続けていた権力者たちからしたら許しがたい現実だ。
しかし、制御できる存在であるならまだ良かった。
実力的にも、政治的権力的にも、まだまだ扱えて利用できる。
その間に首輪をはめて完全に制御できるようにしようと考えていたら、とんでもない実力を着けて南の大陸から帰ってきてしまった。
「精霊信仰を利用して、半分以上の民衆を味方につけた手腕はすごいけど・・・・・これって神罰対象にならないの?」
「今の吾輩たちの法ではならないのである。神罰はあくまで神が介在した事象のみが対象であるな。決闘での宣誓や契約がそれにあたるのである。人同士の争いに吾輩らが介入し神罰を下すのは難しいのである」
「今回の精霊族の方々の行為はあくまで西の大陸の治安維持という名目ですし、神殿と敵対したからと言っても、信徒を拘束はしていますけど、処刑などはしていません。神殿を破壊しているわけでもありませんし、神像の管理もしていますからぁ。神罰を下すことも難しいですねぇ」
それによって神に指名された新しい西の大陸の長として民衆がクラリスを見るようになり、元老院の地位そのものを脅かす存在としてクラリスは成長してしまった。
それによって権力者たちが起こす行動はただ一つ、保身だ。
自分たちが支配者として当然のように振りかざし、行使できていた剣を受け止めはじき返せるような存在が生まれた。
その存在は、神という自分たちよりも絶対的に立場の上の存在から支持を受けている。
危機意識を持つには十分だ。
「でも、今回の件に関しては神界としても神罰を下すべきじゃないかって意見もあるんだよね」
「しかし、ここで西の大陸の元老院に神界として神罰を下すのなら、同様に邪神側の勢力にも神罰を下さざるを得ないのである」
「そうなると、私たちがすべて解決することになって人間は自由を失っちゃいます。そうなると人同士の戦いではなくて神々同士の戦いになってしまうんですよねぇ」
その結果、元老院たちがやったことは何か。
遥か昔、西の大陸の最高権力として元老院が設立されるよりも昔に、過去の英雄たちが封印したとある存在。
その存在の力を利用し始めたのは、現在の元老院の権力者たちの親世代。
使える力があるのなら少しでも使おうと考える。
封印できた存在であるなら、自分たちよりも力が劣っているはずだ。
『夢幻のオヴェイロン』
なによりこの存在が持っている力が魅力的過ぎた。
アジダハーカと違い、あちこちに無差別に呪いを振りまくのではなく、ある程度指向性を持たせてその力を使用することができ、一定の管理ができる。
その効果の対象は様々な種族に及ぶが、殊更、精霊には効果てきめんな能力なのがよろしくなかった。
人は禁忌だとわかっていても自分に都合がよければ使いたくなる生き物だ。
「そうなった結果は、僕たちの先輩たちが知る通りになっちゃったわけだ」
「神同士の戦によって、人は滅びかけ、信仰を得られなくなった神々は消滅の危機に陥ったのである」
「そこからですねぇ、神同士の戦いに規則が設けられたのは」
必要だから、有用だから、危険だから知る必要がある。
理由は様々、心持も様々、正も邪も関係なく人は行動を起こし、正しい行いもすれば間違った行いもする。
西の大陸で『夢幻のオヴェイロン』のことを調べようとし始めたのは正しい行いで、いつか未来に、封印ではなく倒すために必要だからという理由で調査は始まった。
だが、その正しい心が永遠に続くわけではない。
時代が重なり、平和が続き、何もないことにより、知識が集まり、その知識の使い道を考える猶予が生まれる。
「主神選定の儀の原型もこのころに作られたのであるな」
「そうそう、僕たち同士で戦って決めると、世界の方が持たない。だったら、信仰をまとめられて、導ける神を決めてしまった方が結果として僕たち神にも有用で、重要だったってこと」
猶予ができることは悪いことではない、しかし、同時に猶予が生まれた時に邪な考えを抱く機会が生まれるのもまた事実。
仮に、目の前に凶暴な獣がいて、食い殺されそうだという時に邪な考えを思い浮かべる輩は少ないだろう。
人ならば、まずは命の危機を感じどうやって生き残るかと考えるか、もしくは必死に助けを請うだろう。
しかし、その危機的状況を脱却して凶暴な獣の脅威がなくなった場所ならどうなるだろうか、心に余裕ができると、その凶暴な獣から得られる利益のことを考えることができる。
最初はその凶暴な獣の危険性を考え、どうにか倒す方法を考える。
それができなければ安全に撃退する方法を考える。
そして安全に撃退できる方法が確立し、捕獲ができるようになったら。
凶暴な獣の毛皮が美しかった、あの毛皮を売ることができればどれだけの利益が出るのだろうかという考えが生み出される。
「実際、その通りですよねぇ。私たちが争うよりも人の営みを見守った方が私たちの力になりますし」
「中には、完全に人間を管理した方が良いってやつもいるけどね」
「そ奴らが生み出した世界がどうなったか知らないわけでもないであろう?」
「ああ、死後の世界も真っ青な虚無の世界だよ。作業的に祈り、感情を無くして、神のために生きる世界。僕も一度だけその世界を見ることができたけど、その世界で得た信仰の感覚は味気なかったよ」
危険なのは百も承知、しかし、その毛皮の美しさに憑りつかれた人間はそれを欲し、それを売りさばくことで得られる利益に目がくらむ。
正しい行いではない、だけど、仕方ないと言い訳して、その利益に手を伸ばす。
その手を凶暴な獣は容赦なく噛み砕こうとする。
しかし、人間は噛まれないように対策をして大丈夫だと認識する。
安全だ、安心だ、これなら問題ないと自分たちの技術を過信する。
「自由を奪い、祈るためだけの世界は秩序があるけど、何もない世界だよ。だから僕たちは、必要最低限の干渉で、僕たち神に心地よい信仰を捧げてもらう世界の方が都合がいいんだよ」
凶暴な獣が、ただただ本能に任せて襲ってくるだけならそれでもよかったのかもしれない。
しかし、もし、その凶暴な獣に人間以上の知性があり、凶暴に見せかけ暴れるだけしか能のない獣だと思い込ませることが目的だとしたら。
獣の美しい毛皮も、それによって人間を引き寄せるための餌だとしたら?
捕まることで、安全だと思い込ませて、襲われないというポジションを確保するための作戦だとしたら?
人間は気づかぬうちに、毒を懐に入れ、安全だと思い込んで着々と毒を染み渡らせられている。
認識できない事実は、気づくまで無抵抗で被害を受ける。
「北の、もう少し言葉を選ぶのである」
「事実だよ?」
「事実だとしても、吾輩はそういう言葉はあまり好きではないのである」
「商売の神なのに?利用し利用されるのが商売だって、僕は思っているんだけど」
「それも事実である。商売だからこそ冷徹な判断が必要なのは確かであるが、それと同時に人情も大事なのである。吾輩の司る商売は、人と人が繋がらないとできないモノである。だからこそ、都合を押し付けるだけで良き商売はできないのである。北の、あなたは戦闘の神であるがゆえに常に相手を敵と認識しているのである。あなたの認識は吾輩たちであっても、好敵手か、難敵かという括りで分かれているのである」
美しい獣の皮が実は毒放つ品だと気づいていたとしても、体調が変化しないから問題ないと考えそれを身に纏い続ける。
後戻りが出来なくなるその日まで、毛皮を利用し、身に纏い続けたのが今の元老院。
「ねぇ、東の」
「なんであるか?」
「そのセリフ、どこの漫画の受け売り?似合ってないよ?」
「べ、別にそういうわけではないのである!!吾輩が考えた言葉であるぞ!!」
その元老院にとって、転換期はいらない。
欲しいのは堕ちていると気づかぬ、緩やかな現状。
自分たちの時代が安全ならいいという、緩やかな衰退。
それが封印されているはずの存在により作り出されているものと知るのは、神々だけ、そしてそれに気づいて元老院に反抗しているのが英雄と言う存在。
「おい、なんで私だけがこいつを慰めているんだ。お前たちもこの空気をどうにかするのを手伝え」
しかし、その英雄も窮地に立たされている。それは神であるメーテルが切り札である神託を使い切るほど。
そんな窮地の場所に向けて南の大陸から潜水艦の船団が出港したのを、この騒ぎで神々が見逃すのであった。




