29 西への旅立ち
呪い返しのレベリングと潜水艦建造に集中していると、フライハイトという都市は退屈と無縁の都市だと証明するかの如く、忙しない日常はあっという間に時間を消費させる。
アジダハーカの素材と命懸けで戯れて、呪い返しのスキルのレベリングをする傍らに地下鉄の伸延工事の進捗具合を確認、先行して造成した沿岸部の土地での港の建設具合を確認して、完成した造船所で突貫作業で作られている実験艦の潜水艦の報告書を読み、さらに西の大陸への支援物資を確保するとか色々とやっていたら。
「いやぁ、最近時間が経つのが本当に早い」
気づいたら三カ月の月日が過ぎていた。
その間クラリスは大丈夫なのかと不安になって、エンターテイナーたちにこっそりと西の大陸の情勢を調べてもらったが、冒険者でも気軽に渡航できない状態、所謂鎖国状態に突入していて、人員を送ることができなかった。
情報が入ってこないと言うのは不安が解消できないということ、しかし、まったく情報源がないというわけではない。
人は無理でも精霊からの情報があったからだ。
あれから精霊界には西の大陸から避難してきた精霊が何人もいて、その全員を精霊王は自ら出迎え、検査と聴取をした。
そこから俺たちにも、少しづつだけどクラリスたちの現状と西の大陸の情報が入ってきたのだ。
精霊たちの情報は断片的かつ、偏っているが、それでもクラリスたちがまだ持ちこたえているというのが確信できる程度の情報は入ってくる。
それと同時に、西の大陸の情勢が芳しくないという情報も入ってくる。
精霊からの情報、それも西の大陸で活動していた精霊の情報の取り扱いは難しいが、精霊王の検査によって禁呪の痕跡はなかったことは判明している。
だが、念のためということで静養目的で隔離用の村を作りそこにまとめている。
西の大陸で精霊の被害は確実に広がっていて、俺たちの行動も急かされているのだが。
そんなこともありつつ、西の大陸への出発準備を大至急で進めているのだが、時間がいくらあっても足りないと嘆きつつも、それでも時間は過ぎていく。
「ハハハハ!!見てくれ!リベルタ君!!僕の最高傑作だ!!」
その時間経過の中で、徹夜のハイテンションで海に浮かぶ潜水艦を指さす男は、このフライハイトで日夜腕を磨く職人たちの筆頭、元パーシー工房の主であり、今では闇の精霊のナフセとともにお互い切磋琢磨し錬金の能力を上げ続けることに人生を捧げているパーシーだ。
「見事ですね。実働試験もしっかりとパスして、二週間の連続航海を終えても問題が出なかった。よく二カ月で仕上げてくれました」
最近では忙しすぎて、無精ひげが目立って、目の下にクマもできている。
服が綺麗なのはパーシーが家に帰ることがなくても、愛妻のフェルトさんが甲斐甲斐しく工房まで通い、身の回りの世話をしているから。
それを見た俺は、他の工房職員たちだと世帯の有無がもろに生活環境の差に直結していると分かって、慌ててテレサさんたちに応援を頼んで工房の職員たちの衣食住の環境を整えた。
楽しいことに熱中して、他のことがおろそかになるのは良いことなのか悪いことか。
少なくとも、潜水艦建造という一大プロジェクトにも関わらず、その完成にかなり難しい期日を切った俺が言うのもなんだけど、それをさらに前倒しで完成させてみせた職人たちの根性には敬意を表する。
その集大成である、海に浮かぶ巨大な影。
この世界には存在しなかったハイテク満載の潜水艦が現実の物体として顕現した。
「ハハハ!こんな楽しいことを他の人に渡したくなかった職人としての意地だよ!!もうテンションがおかしくなってね」
「ちなみに何日寝てないですか?」
「総点検をするために今日で三日目だ!!」
「・・・・・これが終わったら絶対に寝てくださいね」
「そうするよ!!」
いかにレベリングで肉体を強化していると言っても、睡眠が不要になるわけではない。
徹夜をすればするほど、きちんと脳にも身体にも疲労が蓄積して、身体スペックは低下する。
この世界にはエナドリという便利な物は存在しないが、それ以上に便利なポーションという魔法薬によって、ここまでテンション爆上げで疲労をフッ飛ばして仕事をしてくれた。頑張った職人たちに臨時ボーナスを出そうと心の中で決める。
「性能試験は御覧の通りだよ!書類は読んでくれたかな!?読んでくれなかったらキレるよ!」
「読みましたよ、隅から隅まで、きちんと。スペックを把握しないで使うなんて恐ろしいことはしませんって」
「それなら良し!」
そんな徹夜に続く徹夜をしてハイテンションのパーシーの相手は俺しかしていない。
ネルとアミナは、目が血走っているパーシーが怖くてそっと距離を置き、海に浮かぶ潜水艦を見ている。
クローディアは今日は神殿の方に行っていて、ここにはいない。
エスメラルダはこの潜水艦に積み込む物資に関してバミューダとジンクさんと話している。
イングリットは、俺の背後に静かに佇んでいる。
「急ごしらえとはいえ、僕たちの持てる技術を全て結集させた船だ!君の要望にはすべて応えた!」
「たしかに、人員輸送も、物資輸送も、十分に行えるスペックが揃ってますね」
いつも通りのパーシーなら、ネルたちも話しかけるのだけど、今日のテンションはおかしいので、仕方ないかと苦笑しつつ、あらかじめ渡されていた書類を取り出す。
それはパーシーがまとめてくれた潜水艦のスペック表と、試験航行の結果だ。
この二つを見比べることで、潜水艦の性能をある程度把握することができる。
「リベルタ君に言われたスペックは百人以上を運べることと、救援物資を運べること、さらに拠点設営ができる揚陸艇を収容できること、あとは自衛ができる程度の武装だったけど」
その性能表を見て、俺の口元には思わず苦笑が浮かぶ。
なにせ、その性能表に書かれているスペックが、俺が要求した物よりもはるかに優れているからだ。
「その程度で僕ら職人が満足できるわけないよね!!」
「いや、俺の要求スペックって結構やばかったはずなんだけど」
「ハハハハ!!職人は常に探求とともにあり!!好奇心の前にカタログスペックなんて言葉は何の役にも立たないのさ!!」
海上に浮かぶ潜水艦。
その大きさは、当初予定したサイズよりも大きいのだ。
と言っても、莫大に大きくなったのではなく、サイズとしては一回りほどだ。
それでも十分なサイズアップなのだが、それでも潜水艦として必要な要素を一切損なっていないところにパーシーの職人としてのプライドが垣間見える。
「君の要求してきたスペックの二割増しってところだね。潜航も問題なくできたし、水中のモンスターへの迎撃対応もできた。揚陸艇の方も十分に活躍できるはずだよ。もう少し時間があれば、もう二隻は追加で作れたんだけど」
「五隻もあれば十分ですよ」
そしてスペックに妥協しないまま、量産すら達成してしまっている段階で、俺の中でパーシーさんのスペック評価が上方修正されまくった。
当初の計画であれば三隻もあれば十分な潜水艦が五隻も用意されて、さらにスペックも上がっている。
「これなら航路を開拓すれば、定期的に物資の運搬ができる」
「なら、こっちの方の開発費用も・・・・・」
「そこはジンクさんとバミューダに話を通してください」
「・・・・・はい」
そのおかげで、当初の計画だったら西の大陸に向かった三隻で橋頭堡を作り、そしてそこを整備してクラリスたちを呼び寄せ、そこを西の大陸におけるクラリスたちの活動拠点にするつもりだったのだが。
しかし、想定外にパーシーが頑張ってくれたおかげで、さらに別の手段もとれそうだというのがわかった。
こっそりと持参してきたパーシーさんの要望書に苦笑を浮かべ、手順を守るように指示する。そして俺は追加で作った二隻の運用方法を考える。
「一応、俺の方からジンクさんとバミューダには精査するように言っておくので、悪いようにはしませんよ」
「!本当かい!?なら、今日は枕を高くして眠れるよ!」
「そんなことしたら首を痛めますよ!」
「ハハハ!すでにそこら中の関節が痛むから、今さら首の一つや二つ!」
「とにかく、今日はもうパーシーさんは寝た方が良いのはわかりました」
妥当なのはエンターテイナーたちに使わせて、情報収集だけど、それだけでは面白くない。
「お言葉に甘えて、眠らせてもらうよ。正直、眠気が大変でね。少しでも明るく振る舞わないと持たなかったのさ」
あの老害たちを相手にするなら、もっと派手に、そして効果的な妨害工作が必要だ。
「ええ、ゆっくりと休んでください」
となれば、何が必要になるか。
パーシーさんがふらふらと危なっかしい足取りで立ち去るのを見守っていたフェルトさんが俺たちに頭を下げてから、彼を支えて家に帰るのを見送る。
「うーん、最近やってないから、久しぶりにジュデスたちにはっちゃけさせるのが効果的か?」
ぱっと思いついたのは、怪盗稼業だ。
あれは悪徳な権力者にはかなり刺さる。
義賊騒動として民衆の方にも知れ渡るし、火消しのために向こう側の警備力のリソースを存分に削ることができる。
最近はジュデスたちに、裏方の仕事ばかりさせていたからここいらで一つ、表舞台ならぬ裏の舞台ではしゃいでもらってガス抜きをするのも悪くはないか。
「うん、そうと決まれば、そっちの方面で計画を練っておくか」
仕事が忙しすぎて、宴会の度に全裸になってストレスを発散している集団。
その台風のようなノリを西の大陸に先遣隊として送り込み、クラリスの援護にするか。
「だけど、それだけじゃ物足りないよなぁ」
それだけでも西の老害たちには十分なインパクトがあるだろうが、なんだか物足りないと思ってしまうのはゲーマーな俺の性なのだろう。
他にも何かないか、いいアイディアが思いつかないかと頭を捻らし。
ふと、懐かしい記憶を思い出す。
それはFBOをプレイしていた時、仲間内でネタとして思いついた作戦だけど、思いのほか西の大陸では刺さりまくっていた対老害専用の作戦があった。
「うん、久しぶりにあれをやるか」
その過去を思い出した時の俺の口元は三日月のような笑みを浮かべていただろう。
「リベルタ様、少々人前に見せられないような笑みを浮かべております」
「おっと、いけないいけない」
イングリットに指摘されて慌てて元に戻したが、それでもわずかに口元に笑みが浮かんでいるのがわかる。
「なになに、リベルタ君、また変なことをしようとしてるの?」
「でも楽しそうね」
その笑みに引き寄せられてネルとアミナもやってくる。
「そうだな、楽しみではあるな」
なにをするにしてもまずは準備、西の大陸に行くのが楽しみになっている俺は、そっと西の方角を見る。
ここから大陸が見えるわけではない。それでも
「ああ、楽しみだ」
「リベルタ君の楽しみって、なんだか怖いよね」
「そうね」
なんとなくそっちを見たくなったのだ。




