28 潜水艦
リナとナフセにはひとまず、アジダハーカ素材の錬金作業用の耐呪防具作成のために宝物庫から黄昏石を一つ持ち出して、この場から離れてもらっている。
残っているのは俺、クローディア、イングリットの三人。
そしてこの三人でやっているのは、呪い返しのスキルレベリングだ。
「はぁはぁ、マジで死ぬ、これヤバい」
大口を叩き、そしてやれると豪語した身としては順調な光景を、心配しながら見つめる二人に見せたかったところだが、俺は呪いから退避できる避難場所で座り込み、肩で息をして少しでも落ち着きを取り戻そうとしていた。
呪い返しのスキルレベリングのやり方は、呪い防御用の水槽の一部をパーシーに作ってもらった少し特殊な形状の物と組み替えて、そこから体の一部、今回は腕を差し込んでアジダハーカの呪いに耐えるだけの、やること自体は簡単な作業。
FBO時代には、思いっきり呪いの中に体を放り込んでいたのだから、それと比べたらだいぶマイルドなやり方であるが、実際やってみるとゲームと現実は違う。
「当然です、呪いの中に体を浸しているようなものですよ。まったく、こんな方法で訓練する人なんてあなたくらいです」
「リベルタ様、聖水です」
「ありがとう」
自分で大きなことを言って実行しているのだから、誰にも文句を言うことはできないけど、現実でアジダハーカの呪いを浴びることを体験するのは、想像以上の苦痛だった。
「片腕だけで、これかよ」
自分の腕が得体のしれない何かに浸食されている感触というのは、得も言われぬ不快感が走るものだった。
ゲームではHPゲージがメリメリと減っていく様を見ながら、ほんのりとした不快感に耐えるというゲームの感覚でできたことが、現実だと、本気で命を削られているという感覚に変わっている。
指先が触れただけで、これはマズいと本能が警告を発し、それを無視してスキルを発動しながら腕を突っ込んだ瞬間、体を蝕む呪いが肌に噛みつき、背筋に冷や汗が噴き出し全身の肌に鳥肌を立たせる。
最初は数秒も突っ込んでいられず、本能が命の危機を訴える危険信号に従ってすぐに腕を引き戻した。
その結果は肌が若干赤みがかっただけで、それ以上の変化はなかったしクローディアが回復してくれたから痕も残っていない。
だが、アジダハーカの素材から発せられる呪いが溜め込まれた空間に手を突っ込んだ不快な感触はまだまだ生々しく残っている。
その生々しさを体験し、そういう物だと認識してから十秒、二十秒と時間を伸ばし、何回も挑戦して、腕を突っ込める時間を伸ばしていると時間などあっという間に過ぎる。
「イングリット、どれくらい時間が経った?」
冷えた聖水を飲み欲し、さらに念のためにと桶の中に満たした聖水の中に腕を突っ込みながら、この宝物庫でスキル上げの作業を始めてどれくらい時間が経ったかイングリットに確認する。
「一時間ほどです」
体には異常はない、適宜治療し呪いを祓っているからそうなるのは当然だ。
「一時間か。それでクラス1のレベル30・・・・・早いな」
しかし、レベルの上がり具合を見るとどれだけ恐ろしい呪いなのか、痛感する。
さすがアジダハーカというべきか、通常では考えられないような異常なレベルの上昇速度。
呪い系統のスキルはレベリングのしにくさから、強力だが育成が難しいことで有名なのだ。
「早いと言いながら物足りないという表情は止めてください。慣れ始めたら全身で呪いの中に体を潜り込ませそうなのであえて言いますが、これでもペース的には十分に早いですよ。普通、スキルのレベル上げは一朝一夕でできるモノではありません。あなたが挑戦しているレベリング環境がおかしいんですよ」
しかし、その難しさを凌駕できるのがさすがアジダハーカの素材というべきか。
クラス9の怪物級の呪いは伊達ではなく、クラス8のステータスを持つ俺の体を冗談抜きで蝕み、呪ってくるおかげでスキルレベルはガンガン上がっている。
ゲームでは味わえない、本能的な不快感。これは呪い系統のスキルを使ってくる敵と今後相対するときは、もっと警戒しないといけないとあらためて思わせる。
戦闘中にあの不快感をまともに浴びてしまったら、恐怖で動きが止まってしまう可能性がある。
「難易度の高い環境で危険を見極めて、紙一重の安全を確保してレベリングできてこそ一流ですよ」
「そういう発想は普通はしないのだと言っているのです」
今後の訓練メニューに組み込むべきかと悩むところだが、その有効性を知れば組み込むべきだと確信してしまった今回の経験を放っておくことはできず、とりあえず女性陣は後回しするとしても主力の男性陣、ゲンジロウ、ジュデス、シャリア、バミューダ辺りには施すかと密かに心の中で決める。
「ですが、そういうリベルタ様だからこそ、西の大陸に行く術を〝水中〟を進み確実にたどり着くという発想が出てくるのでは?」
「・・・・・そうですね。私たちの発想では、通常であれば海路、船に乗り西の大陸に渡るのが常道です。緊急性が高いとか速度を重視するならば屈強な飛竜などを用意して渡る方法もありますが、大勢の人員を運ぶとなれば船での渡航が妥当です」
一時間もぶっ通しで呪いを浴びているので、ここで少しだけ休憩という空気になった。
その際の話題として挙がったのは、現在進行形で建設している港の造船所で作っている潜水艦だ。
潜水艦。現代世界でも防衛だけではなく、戦略的に用いられる兵器だ。
他にも海底探査船として使われることもあるが、俺たちの用途を考えると、兵器としての潜水艦の方が意味合いが近い。
「船での渡航では西の大陸の陣営に見つかり、後々面倒なことになるのは明白なので、見つからないように配慮することまでは理解できました。ですが水中を航行して大陸間を渡るなんて誰が考えるのですか?確かに理屈的には意味は理解できます。ですが、実現できるかどうかという話は別です」
「実際に設計図を見せて、作っているじゃないですか。小型の実験機に関してはすでにできていてデータ取りも始まっていますし」
この世界に潜水艦なんて代物はまず存在しない。
いや、正確には古代文明の遺産みたいな品の中には存在するが、この世界のどこにあるかは俺でもわからない。
こっちの方はFBOでもランダム配置だから、探すのだけでも一苦労。
なので、作った方が早いのだ。
ここで作れるのかという疑問が生まれるのは理解できる。
日本だけではなく、世界各国で最先端技術を集結させて作っているのが潜水艦だ。
いかに変態揃いのFBOプレイヤーだとしてもそう簡単に潜水艦なんて作れるかという話だ。
結論を先に言うなら、変態の熱意を舐めるなということだ。
潜水艦の要素を極端に絞るのなら、まず大前提で水に潜って航行できる動力がある。
これが出来なければ、潜水艦ではない。
次に水中に深く潜っても水圧に耐えられる。
これも当然だ、水中に潜って進むことができても潜っている最中に水圧で潰されたら意味がない。
他に何が思いつくかと言えば、空気を確保できるかという話になる。
水中という空気のない空間で酸素と言うか、陸上の生き物が呼吸できる空気が手に入るかどうかは死活問題だと言って良い。
ここまでの条件が揃えば、水中に潜って進めて、水圧で潰されず、呼吸する空気が確保できる潜水艦という乗物が爆誕する。
「クローディア様、リベルタ様のご用意するモノは私たちでは計り知れない物ばかりですので、毎回驚いていては身が持ちません」
「わかっています。理解はできています。しかし、納得ができないだけです」
そこに加えて、移動している最中に気づかれないようにするための静粛性、兵士などの人員を運ぶための居住性、物資を運ぶための積載性、兵器としてなら武装もぶち込まないといけない。
さらに、通信設備やらなんやらと欲しい要素をつぎ込んだ結果生まれるのがFBOプレイヤーの変態技術の結晶である潜水艦だ。
おおざっぱに挙げただけでもこれだけの要素が必要なのだから、当然だけど素人が作ろうとして作れる代物ではない。
だけど、この世界にはこんなおおざっぱな設計でも現代の最先端技術を実現できてしまう不条理な代物が数多く存在する。
「つくづく便利ですよね。弱者の証」
「ええ、そうですね。本当にあれが、今まではずれアイテムとして見向きもされていなかったのが不思議で仕方ありません」
その最たる物が弱者の証だろうな。
これさえあれば、まず船体が水圧で潰される心配がないのだから。
気密性と密閉空間を作るための技術もゴーレムの技術の応用でどうにかなる。
「パーシーさんたちの作品も大いに役立ってますし」
「そうですね。空気を生成する魔道具など、地下鉱山での換気を確保できない場所での道具でしたが、海中でも使用用途があると気づけたことをパーシー様も喜んでおりました」
「海中専用の形に設計し直していましたね」
さらに空気の確保も既存の魔道具を改造するだけで、用意できる。
「視界の効かない暗所などで活動するための探知の魔道具で海中でも周囲を視認できるようになるし、動力の方も魔石で駆動する魔道発動機で何とかなりそうなのは良かった良かった」
というよりも、魔道具の応用の幅が広すぎる。
日常で使う魔道具の中から、特殊用途にも応用できるような魔道具をかき集めると、なんと潜水艦のようなハイテク満載な代物を作れる要素のパーツが集まるのだ。
FBOの変態たちも、NPCが扱う魔道具を手に入れたり自力で細かい魔道具を作り出し潜水艦の要素を集めた。
「実験の方も水の精霊たちが周囲を見守って、安全性を確保できて、さらに精霊たちの気づきでデータがすごい勢いで集まるから、パーシーたちも助かるって言ってたなぁ」
そしてプレイヤーたちはキャラを使っての死に戻りによるトライ&エラーを繰り返して潜水艦を作り上げたのに対して、こっちは水の中でもあたり前に活動できる水の精霊たちが協力して、実働実験を実施。生の情報を集めることができるようになっている。
精霊たちの協力は、実験の精度をさらに高めることになっている。
水の精霊は、水中で動く存在の知識が深く、潜水艦の船体の理想の形状をなんとなくだが教えてくれるし、水漏れを発見してくれる。
風の精霊は、気密性と潜水艦内の空気の流れを把握し、艦内の換気システムの理想の形を感覚ではあるが教えてくれる。
火の精霊は、潜水艦内での火を扱う方法を考えて、危険が無い方法を直感で教えてくれる。
地の精霊は、潜水艦の建造に適した金属素材を考え、経験に従って教えてくれる。
地水火風の精霊がいるだけでもこれだけの成果があるのだ。
彼らが協力してくれるのは、西の大陸での精霊たちの現状を知った精霊王の言葉もあるだろうが、俺が作っている物に興味を持ち、好奇心も相まって新しい物の完成を心待ちにして、協力してくれるからというのもある。
「人だけでは絶対にできないと思われることを、ここフライハイトでは平気で成し遂げてしまう。つくづくあなたは規格外だと思い知らされます」
「クローディア様、僭越ながらリベルタ様なので今さらかと」
「・・・・・そうですね」
つくづく、FBO時代に精霊関連が発展しなかったのが悔やまれる。
もし仮に、今ほど精霊との関係が深まっていたら、FBO時代ではもっととんでもない物が爆誕していたのに違いない。
それくらい、精霊という存在は破格なのだ。
「もう何度も言われているから、そこはツッコまないよっと。休憩もしたしそろそろレベリングを再開するかな」
「あれほど呪われたというのに元気ですね。ここまでスキルレベルが上がったのなら、あの苦しさを思えばもう十分だと普通なら思うものですが」
潜水艦のデータの蓄積が、予想を上回る速度で集まっている。
パーシーさんたち曰く、予定よりも早く完成して、造船できる潜水艦の数も増やせるかもと言っていた。
「クローディアは強くなれるとわかっていて、余裕があるのに修行を止めるのか?」
「・・・・・止めませんね」
「そういうこと」
数を増やす方向よりも、正確かつ安全を確保して作る速度を上げてくれと頼んでおいた。
そっちの方が都合がいいからだ。
そんなことを考えていたら、体の調子も良くなった。
腕を回し、違和感がなくなったので訓練を笑顔で再開し、クローディアに溜息を吐かれ、イングリットに聖水の準備をされるのであった。




